故郷≪新潟≫の日々

満65歳で中国・黒龍江大学を定年退職した後、生まれ故郷の新潟に戻り、日々の生活を写真とともに日記風に綴っていくもの。

No.546 「朝の散歩」のお話。

2015年06月30日 | 日記

前日の夕食は懐かしい友人と久しぶりの再会で話も弾み、十分過ぎるほど新潟の地酒を楽しんだ。美味しいお酒の影響もあり、私は熟眠することができた。しかし習慣とは恐ろしいもので、いつものように午前5時には目が覚めた。大浴場で身体を温めた後、私はホテル周辺を散歩することにした。

 

ホテルの従業員の方にお聞きすると、対岸の広場に「足湯」を楽しめる場所があるという。親切にも「足湯」で濡れた足を拭くためのタオルを私に渡してくれた。ホテルを出るとすぐに神を祀った小さな“ほこら”が目に止まった。ここでも旅の安全を祈願した。橋の上から下を流れる川を見た。

 

鮎の生息する清流は澄んでおり、急な流れとなっていた。更に階段を登ると共同浴場「雪華の湯」と「足湯」の看板が目に入ってきた。「足湯」に設置された正方形の緑色の“説明看板”には次のように書かれていた。「住民と訪れる人々が縁側や足湯で交流を図る所です。足湯では石をマメになでたり踏んだりすることで、健康祈願できます。」

 

早朝のためか、少しぬるいお湯であったが、住民と交流する機会もなく、閑静な中、私1人でゆっくりと「足湯」を楽しんだ。

 

ホテルを出るとすぐに神を祀った小さな“ほこら”が目に止まった。

鮎の住む川の水は綺麗で急流となっていた。

「足湯」に設置された緑色の看板。

 

 

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No.545 「懇親会」のお話。

2015年06月29日 | 日記

「開山堂」で幕末の巨匠といわれた“石川雲蝶”の迫力ある彫刻を鑑賞した後、私達はここから車で40分程のところにある新潟県魚沼市の「大湯温泉」へと向かった。この温泉にゆったりと入り、日頃のストレスを汗で流し、リラックスすることになった。宿泊するホテルは“源泉湯の宿”「かいり」という。

 

「かいり」は漢字で「峡里」と書く。私の辞書には「峡里」はなかったが「峡(かい)」として《 動詞「か(交)う」の連用形「交い」から。交差するところの意。両側に山が迫っている所。 山と山の間。》と説明されていた。「峡」に「里」が付く「峡里」とは自然とともに育まれた山あいの懐かしい山里のことを指す。

 

早速、私達はこの「かいり」の温泉を楽しむことにした。平日のためか宿泊客は少なく、大浴場も借り切りの状態であった。たっぷりと汗を流した後、荒張さん、日下部さん、笹原さんと私の4人で再会を祝して“生ビール”で乾杯した。13品もある料理を味わいながら、地元の地酒である“鶴齢”と“緑川”を湯上りで水分不足の身体に補給(?)した。

 

温泉で手足を伸ばし身体を温めた後、新潟の地酒を旧友と一緒に楽しむという、至福の時を過ごすことができた。

 

4人で再会を祝して“生ビール”で乾杯した。

私達が宿泊したホテルの「峡里(かいり)」

地元の地酒“鶴齢”と“緑川”を汗を出した身体に補給(?)した。

 

 

 

 

 

 

 

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No.544 「西福寺・開山堂」のお話。

2015年06月28日 | 日記

小千谷市の「錦鯉の里」を見学した後、私達は魚沼市にある「西福寺・開山堂」へ向かった。時間と相談しながら次の“目的地”を決めるという極めて計画性のない気ままな旅であった。開山堂に到着し、玄関に入ると「本日の参観受付は終了しました。」との看板が掛けられていた。しかし私達は親切な受付嬢の特別なご配慮により、参観することができた。

 

配布されたパンフレットには「西福寺開山堂」(日光開山堂)は、正式には「赤城山西福寺」といい、曹洞宗の寺院とのこと。 人々に開祖道元禅師様の教えを伝え、心豊かな生活を送ることをお手伝いしている。また、開山堂には、幕末の名匠・石川雲蝶が手がけた彫刻や絵画などの仏教的な文化財が多数あり、心の安らぎを求めて、日々多くの方々が拝観に訪れている、と書かれていた。

 

「開山堂」の中に入ると、既にこの日最後の観光客が10人ほど座って天井にある石川雲蝶の彫刻を眺めていた。この迫力ある大彫刻は「道元禅師猛虎調伏の図」と呼ばれ、説明員はおらずカセットテープから流れている解説を聴くようになっていた。説明員がいないため、私達はテープが終わった後、再度、最初からテープを聴き直した。

 

それにしてもスケールの大きな彫刻で、天井に向かって首を曲げ、いろいろな箇所を鑑賞したため、私は首の付け根が痛くなった。残念なことに、この「開山堂」の彫刻も館内撮影禁止のため、皆さんに紹介することができない。

 

天井の大彫刻は「道元禅師猛虎調伏の図」と呼ばれている。(撮影禁止のため、パンフの写真を掲載。)

彫刻に感動したが、寺の廊下に飾られていたこの「色紙」の言葉にも共感を覚えた。

豪雪地帯のため、「開山堂」は鉄骨の屋根に覆われていた。

 

 

 

 

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No.543 「錦鯉の里」のお話。

2015年06月27日 | 日記

私達は長岡市の「松籟閣」を後に、車で35分ほど走って小千谷市の「錦鯉の里」に到着した。駐車場には1台の大型バスが駐車していた。私の想像していたとおり、観光客の間から中国語が聞こえてきた。そして展示室のビデオには中国語での説明が流されていた。私は観光客の一人に中国語で訪ねてみた。

 

香港から来られたという。どうして観光地としてこの「錦鯉の里」を選んだのか更に聞いてみた。“錦鯉”は香港でも人気があり、観賞用として飼っている人もおられるという。観光客は既に3~4回、日本に来ている人が多く、これまでは東京などの大都会を中心に観光してきた。

 

そこで今回は地方都市を見学に来た。このあと長野県に行き、1泊して東京に戻られるという。私は「日本で楽しい旅が続くように!!」と言ってお別れした。この「錦鯉の里」の鑑賞池には長さが1mを超える大きな鯉が悠然として泳いでいた。錦鯉の原産地だけあって、優秀鯉15品種、200尾余りが飼育されていた。

 

ここでも《 泳ぐ宝石 》と言われている“錦鯉”を見て、私は目の保養をさせてもらった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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No.542 「松籟閣」のお話。

2015年06月26日 | 日記

朝日酒造の次に訪れた場所は「松籟閣」。朝日酒造の土地に隣接した場所にある「松籟閣」の“松籟”を電子辞書で調べると『 松の梢に吹く風。また、その音。』と説明されている。お酒の名前としては全国版の“久保田”。その創業者である平澤與之助が住んでいた住居がこの「松籟閣」である。

 

創業者は松の梢に吹く風の音を聴きながら、多くの人に愛される酒造りに専念していたのだろうか。昭和の初期に建てられた立派な邸宅は、現在、国の登録有形文化財となっており、表門・母屋・寝室・応接室の4棟から構成されている。表門を入ると庭の手入れをされているご婦人から「こんにちは」と声をかけられた。

 

昭和初期の最先端技術が施された建物の内部は、欅(けやき)一枚板を使った廊下や、凝った細工の障子戸など、重厚な趣向を凝らした邸宅となっている。特に和風の建物のほか洋館もある。そこには日本家屋には見られないシャンデリアやどっしりとしたソファなどが設置され、和洋折衷の空間が広がっていた。

 

「松籟閣」の管理人のご婦人も来客者一人ひとりに対し、入口まで出向き、丁寧に応対していた姿が印象的であった。

 

 

 

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No.541 「朝日神社と朝日酒造」のお話。

2015年06月25日 | 日記

続いて私達は新潟県を代表する酒造メーカーのひとつである長岡市朝日にある「朝日酒造」を見学した。私の好きな清酒“久保田”“越州”“朝日山”などは全国にその名が知られている。昼食時間に到着したため「あさひ山・蛍庵」で地元・越路産のそば粉を使った「へぎそば」を注文した。

 

食後の運動として裏山にある「朝日神社」を見学することにした。細長い参道の石段を登る途中の葉の上に止まっている「トンボ」を見つけた。暑いはずである。ここでは早くも「トンボ」の季節が到来していた。背の高い木々に囲まれた「朝日神社」の拝殿に向かい、旅の安全を祈願した。

 

“久保田”などの仕込みに使われている水は、この「朝日神社」から湧き出る地下水を利用している。約3.000mの地層を通り抜け、長い年月をかけて濾過された水はこれまで一度も枯れたことがない。これが口当たりがよく、キレのある味わいを生み出しているという。

 

歴史を感じる「朝日神社」の帰り道、最新のコンピュータ化されたロボットなどを導入した「朝日酒造」の工場を見学させてもらった。工場内は写真撮影禁止のため、1時間に4.000本を製造する酒造工程を皆さんにお見せすることができないのが残念である。

 

地元・越路産のそば粉を使った「へぎそば」を注文した。

昼食会場となった「あさひ山・蛍庵」の入口。

 食堂の裏山にある「朝日神社」の入口。

参道の石段を登る途中の葉の上に止まっている「トンボ」を見つけた。

近代的な「朝日酒造」の工場を見学させてもらった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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No.540 「English Garden」のお話。

2015年06月24日 | 日記

この日、午前9時に荒張さんが宿泊した「ホテル東横イン新潟古町」に東京で一緒に働いていた日下部さんが阿賀野市から車で迎えに来てくれた。これから見附市役所に向かい、当時、一緒に働いていた仲間を尋ねることになった。私達は約束の面会時刻に少し遅れて市役所の駐車場に到着した。

 

市役所では久しぶりに笹原さんと吉原さんにお会いすることができた。しばらく懇談した後、私達は笹原さんの大きな車に乗り換え、近くにある「English Garden」に向かった。ここではイギリスの歴史と文化が育んだ“癒し”と“やすらぎ”のある自然風の景観が楽しめる。

 

パンフによると1.000種類を超える植物が植えられ、四季それぞれに表情を変え、訪れる人々に感動を与えてくれているという。この日も観光バスや自家用車で中高年の人々を中心に多くの見学者が訪れていた。景観を楽しむ、植物の多様性を楽しむ、香りを楽しむ、ベンチに座ってリラックスする、等々この庭園の楽しみ方はいろいろある。

 

私は園内に咲き誇る「バラ」の甘い香りを鼻で楽しみながら、紫・白・ピンク・青・オレンジ、黄色など綺麗で珍しいイギリスの花々を目でも楽しむことができた。

 

「みつけEnglish Garden」に咲くバラ。

「みつけEnglish Garden」の入口。

見附市役所前で記念写真。 

 

 

 

 

 

 

 

 

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No.539 「寿司割烹 いかだ」のお話。

2015年06月23日 | 日記

新潟市で人気のお寿司屋さんである「寿司割烹 いかだ」に総勢4名の懐かしい人々が集まった。荒張さんと一緒に東京で働いた仲間である。最初に再会を祝して生ビールで乾杯した後、新潟の地酒で乾杯を重ねた。この日「いかだ」で飲んだ地酒は、私の記憶によると6種類であった。

 

翌日、聞いてみたら7種類は飲んだことになっていた。因みに私が覚えていた地酒の6種類は「壱醸」「月不見の池」「緑川」「鶴の友」「〆張鶴」「久保田」であった。4人での久しぶりの懇談会では仕事、健康、友達、家族、スポーツなど話題は多岐にわたった。

 

いつものことではあるが、後半に飲んだ4番目以降の地酒の味はサッパリ覚えていないのである。残念であったが、参加する予定の仲間が急用のため「欠席」となった。結局、4人で地酒を味わいながら新鮮な魚や野菜を使った郷土料理を楽しんだ。楽しい時間はアッという間に過ぎるものである。

 

荒張さんとの再会を約束してお開きとなった。

 

新鮮な魚や野菜を使った郷土料理を楽しんだ。

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No.538 「湊稲荷神社と金刀比羅神社」のお話。

2015年06月22日 | 日記

新潟市文化財の「旧小沢家住宅」を見学した後、時間調整のために見学先の候補地としてあげていた神社が「湊稲荷神社」と「金刀比羅神社」の2つの神社である。夕食までに少し時間があったので、私達は最初に「湊稲荷神社」を訪れた。ここの主役は新潟市民俗文化財に指定されている“願掛け高麗犬”である。

 

狛犬である“願掛け高麗犬”の石像が回転するようになっており、自分の願いごとを念じながら“高麗犬”を回転させると願いが叶うと言われている。荒張さんもかなり重いこの石像を回転させることに挑戦した。無事に1回転させることに成功したが、回転させることに専念し、願いごとを念じなかったという。

 

再度、願いごとを念じながら再挑戦してもらった。次の見学先は、この神社から車で数分のところにある「金刀比羅神社」。船の遭難を救ってくれた香川県の「金刀比羅神社」の神霊に感謝し、新潟の回船問屋が建立した神社である。この境内には有名な「足止め狛犬」が2体ある。

 

麻ひもをこの狛犬の足に縛り付け、商売繁盛や酒断ちなどの願いを叶えてもらう珍しい狛犬である。私はこの小さな2つの神社で“健康”と“旅の安全”を祈願した。

 

「湊稲荷神社」の願掛け高麗犬を回転する荒張さん。

「金刀比羅神社」この境内には2体の「足止め狛犬」がある。

 

 

 

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No.537 「旧小澤家住宅」のお話。

2015年06月21日 | 日記

次に私達は新潟市文化財に指定され“北前船の時代館”と言われている「旧小澤家住宅」を訪れた。小澤家は江戸時代後期から新潟で活躍していた商家で、米穀商を営んでいた。その後、運送・倉庫業、回米問屋、地主経営、石油商などの事業に進出し、新潟を代表する商家のひとつとなった。

 

玄関を入ると細長い土間があり「蔵」に続いていた。私達は「茶の間」「仏間」「藤の間」「百合の間」などの畳の部屋を拝見させてもらった。続いて和風の庭園に回り、枝ぶりのいい黒松や藤棚、ツツジや百合など、手入れの行き届いた木々や草花をゆっくりと観賞した。

 

庭園内には大きな“紀州石”や“御影石”、それに佐渡から持ってきた“赤玉石”などが随所に配置されていた。また、立派な石灯篭や京都の陶工・清水六兵衛の作品とされる陶製の灯籠もあり、なかなか見応えのある庭園であった。紅葉の時期や雪の積もった庭園などのスライド写真も「百合の間」で見ることができた。

 

荒張さんの新潟訪問のお陰で、私も我が家の近くにある文化財「旧小澤家住宅」を、久しぶりにジックリと拝見させてもらった。

 

 

 

 

 

 

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No.536 「新潟市郷土資料館」のお話。

2015年06月20日 | 日記

荒張さんが近くにある“日本海”を見てみたいということで、車を海岸まで走らせた。そこには荒波で削られ、砂浜のないコンクリート製の護岸があった。海岸を見た後、私達は予定どおり「新潟市郷土資料館」へと向かった。資料館に到着して信濃川を見ると、丁度“佐渡汽船”の大型フェリーが着岸するところであった。

 

さらに幸運なことに“新日本海フェリー”の白い大型客船も後を追うように着岸するところであった。2艘の大型船を近くで見た後、資料館に入った。「郷土の水と人々の歩み」をテーマに、海と川に育まれた新潟市域の人々の歴史を、港町、農村の二つの側面から、ジオラマや映像で分りやすく紹介していた。

 

続いて同じ敷地内にある国の重要文化財に指定されている「旧新潟税関」の建物を見学することにした。3年前に荒張さんがここを訪問した時は“休館日”で、中に入ることができなかったとのこと。今回は“なまこ壁”や“きんちゃく型ガラス窓”など、この建造物の特徴をジックリと見学することができた。

 

 砂浜がなくなり、コンクリート製の護岸を見ることができた。

丁度、佐渡汽船の大型フェリーが着岸するところであった。

新日本海フェリーの白い大型客船も後を追うように着岸するところであった。

大型船を近くで見た後「新潟市郷土資料館」に入館した。

国の重要文化財に指定されている「旧新潟税関」の建物。

“なまこ壁”や“きんちゃく型ガラス窓”などを見学した。  

 

 

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No.535 「新潟県護国神社」のお話。

2015年06月19日 | 日記

見学できるコーナーが豊富にある「新潟ふるさと村」でかなりの時間を取られたため、当初、予定していた「関屋分水展望台」での見学をカットし、私達は広大な松林に囲まれた「新潟県護国神社」へと向かった。神社正面の石で作られた大きな鳥居をくぐり、約200mもあるS字型にくねっている長い参道を歩き始めた。

 

「何故この参道は一直線になっていないのか?」と荒張さんに聞かれたが、私は答えることができなかった。参道の右側の松林を登ると新潟市出身で近代日本文学を代表する作家・坂口安吾の「ふるさとは語ることなし」と刻まれた石碑の前に到着した。私が子供の頃、この斜面を利用してスキーを楽しんだことを思い出した。

 

ここから約50mほど神社側に向かって歩くと、詩人で童謡作家である北原白秋の「すなやま」の碑が見えてきた。ここで荒張さんとこの歌を一緒に口ずさんだ。このあと拝殿の右側にある明治大学戦没学徒の「忠霊殿」を参拝した。大東亜戦争の際、学徒出陣をした明治大学の学生は2000名余とも3700名余とも言われている。

 

私は「新潟県護国神社」の立派な拝殿の前で、今回の旅の安全と世界平和を祈願した。 

 

鈴を鳴らす荒張さん。

 

 

 

 

 

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No.534 「新潟ふるさと村」のお話。

2015年06月18日 | 日記

 「新潟ふるさと村」にはアピール館とバザール館がある。アピール館は新潟県の歴史・文化・最新観光情報の発信拠点となっている。広い駐車場は観光バスを始め、多くの自家用車で埋まっていた。昼食時間に到着したため、私達は新潟県が全国に誇る酒・米・魚などが展示・即売されているバザール館へ向かった。

 

2階の食堂街で新潟名物の“へぎそば”を注文した。新潟の味を楽しんだ後、試食・試飲コーナーへ足を運んだ。荒張さんは佐渡の地酒である“天領盃”の辛口のお酒を試飲した。私は運転手につき、アルコール度「0%」の甘酒を頂戴した。隣りのコーナーでは人気の“安田のヨーグルト”を試飲することができた。

 

新潟名物“笹団子”を購入し、1個を2つに割ってもらい、荒張さんと美味しくいただいた。続いてバザール館を尋ねた。ここで「ふるさと新潟と暮らしの変遷」の展示コーナーに立ち寄り、明治~大正~昭和への移り変わりを見学してきた。最後に泳ぐダイヤと言われている美しい「錦鯉」と、「ダリア」など季節の花が咲き乱れている手入れの行き届いた広い庭園を鑑賞して 「新潟ふるさと村」を後にした。 

 

ジックリと「新潟ふるさと村」を見学するには、時間がいくらあっても足りないくらい見ごたえのある観光スポットであった。

 

 2階の食堂街で食べた新潟名物の“へぎそば”。

新潟名物“笹団子”2つに割ってもらい、荒張さんと美味しくいただいた。

新潟県が全国に誇る酒・米・魚などが展示・即売されているバザール館。

佐渡の地酒である“天領盃”の辛口のお酒を試飲した。

天井から本物の「雪」が降ってくる。

「ふるさと新潟と暮らしの変遷」の展示コーナー。

泳ぐダイヤと言われている美しい「錦鯉」。

「ダリア」など季節の花が咲き乱れている手入れの行き届いた広い庭園。

 

 

 

 

 

 

 

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No.533 「懐かしい人」のお話。

2015年06月17日 | 日記

先日、私は「懐かしい人」と再会した。私が東京に勤務していた時、公私にわたりいろいろな面でご指導を受けた荒張さんであった。大手都市銀行を退職した後、私と同じ職場に勤務され一緒に働いた。3年前に新潟で再会した後、久しぶりにお会いすることができた。

 

荒張さんは以前から私の「ブログ」の愛読者であり、節目、節目に激励のコメントを頂戴してきた。初日の新潟市での案内は私が引き受けることになった。私は新潟駅で荒張さんの昔と変わらない元気で、にこやかなお顔を拝見できた。新潟市の日程は「新潟ふるさと村」⇒「新潟県護国神社」⇒「新潟市歴史博物館」⇒「旧小澤家住宅」などの順番で私の車で移動することになった。

 

最初「新潟ふるさと村」へ行く途中に懐かしい「新潟県庁」へ立ち寄ることにした。18階の展望回廊から新潟市内を見学することにした。この日は曇り空であったが、雨上がりの後ということもあって、西側を展望すると幸運にも日本海に浮かぶ“佐渡”や“粟島”の姿を見ることができた。

 

東側には飯豊連峰、南側には弥彦山や角田山の美しい山並みが見られた。明日から荒張さんとの「小さな旅」の模様をお伝えしたい。

 

日本海に浮かぶ“佐渡”の姿を見ることができた。

幸運にも“粟島”の姿を見ることができた。

弥彦山や角田山の美しい光景が見られた。

 

 

 

 

 

 

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No.532 「初収穫」のお話。

2015年06月16日 | 日記

先日、友人の畑に野菜の苗を植えた話を私のブログ(5月25日付けNo.510号の「家庭菜園」)で紹介した。その中で「ナス」と「ピーマン」に花が咲き、早くも実がなった。少ないが「ナス」1個と「ピーマン」4個を初めて収穫することができた。また「トマト」も薄い緑色の実をつけ始めた。

 

この実が赤く色づく頃、収穫の時期を迎える。また「スイカ」の苗も大きく地面に張り出してきた。これからワラを敷き、花か咲く時期を待つことになる。ただ「食用菊」の苗は植え替えをしてから、あまり大きく成長していない。中には枯れた苗も出てきた。枯れた苗を取り除き、再度、元気のいい「食用菊」の苗を植えてきた。

 

また「トマト」の苗が植えられた場所には、大きく育っても苗が倒れないようにするため、支柱を補強してきた。畑の隅に植えられた「フキ」も大きな葉を茂らせてきたため、20数本収穫してきた。「葉」を取り除き、収穫した「茎」を3cmほどに切り醤油と一緒に煮込んだ。勿論、翌日には我が家の食卓に上がった。

 

 

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