ボクは広告です

CMから考える広告の教科書

グーグル・ブックスと著作権を考える

2017-05-16 16:56:45 | 広告/ニュース
(こちらの記事は=ボクは雑草です=と重複しています。同じものですのでご了承ください。)
14日(日本時間11月15日)ニューヨークの連邦地裁は、「グーグル・ブックス」は著作権法に違反したとする作家団体の訴えを棄却しました。グーグルは書籍をスキャンするに当たって著作権保持者の許可を得ていなかったが、そうした懸念よりも重要な項目がある。「グーグル・ブックス」によって学者は大量のデータを分析し、書籍へのアクセスを保持、拡大することが可能になり、新しい読者層を生みだし、作家や出版社に新たな収入源をもたらすと述べ「グーグル・ブックスは公益に大きく貢献すると思う」と記しています。つまりグーグルの取り組みは著作権法の下での「正当な利用(フェアユース)」に値する。というものでした。 
2003年に計画が発表されて以来10年、大きな節目の判決になりました。そもそも「グーグル・ブックス」ってなに?と思われる方におさらいです。「グーグル・ブックス」は世界中のすべての書籍をデジタル化、つまりデジタルブックとしてインターネット上に公開、誰でも世界中の書籍が読める仕組みです。著作権の切れたものは全文を、著作権の生きているものは一部をすでに公開しています。その数2000万冊以上というから驚きです。今回の判決は著作権保持者には納得のいかないものかもしれませんが、著作権と公益のどちらが重いかを示すひとつの目安となる判決ですね。
日本にも「青空文庫」があります。今年8月に61才で亡くなった富田倫生(みちお)さんが呼びかけ人となってつくられたデジタルブックで日本の書籍およそ1万2000点を自由に読むことができます。「青空文庫」の場合は著作権の切れたものに限定しています。
ところで一般的に著作権のあるもの著作権のないものという言い方をしますが、著作権は作家の死後何年後まで残るものなのでしょう?実は日本と欧米では違います。日本は作家の死後50年とされていますが、アメリカや欧州では70年です。もともとアメリカも日本同様50年でしたが1998年に延長され今は70年とする国が多くなっています。この著作権保護期間については現在交渉が始まっているTPPでも議題となることは必至です。
では70年と50年ではどう違うのでしょう?アメリカが世界で稼ぐ印税は年間1200億ドル(12兆円)とも言われ自動車や農産物を上回る金額です。これを50年に戻すとアメリカの国際収支は大きく下がります。ディズニーのミッキーマウスや「くまのプーさん」やハリウッド映画が世界で稼ぐ著作権料は桁外れに大きいからです。そのためアメリカは政治的判断により70年に延長しそれを守りたいのです。TPPはすべての参加国の自由化を目指していますから当然日本にも70年の保護期間を迫ってくるでしょうね。
では、日本が70年になるとどう変わってくるのでしょう?日本の著作権使用料の国際収支は年間5800億円もの赤字と言われています。日本の赤字がさらに増えます。「青空文庫」で読める書籍が増えません。吉川栄治さんの作品が読めません。50年と70年では20年も違います。その間に必要な文化の発展が阻害されてしまいます。古い作品に基づく新しい創作もできません。つまり「公益」が大きくブロックされてしまうことになるのです。「青空文庫」の富田さんの思い描いた著作権の切れた作品を広く無料で公開することにより多くの作品に触れてほしいと言う夢がしぼんでしまいます。
ボクは以前からアメリカの70年はどう考えても長い、日本の50年でも長い、もっと保護期間を短くしてより多くの人が本と接し誰もが文化を知ることができるようになればと思っていました。大正や昭和のはじめの話をされてももうみんなその頃を忘れてしまっています。でも20年や30年前のことだったら覚えていますね。伊勢神宮の遷宮も20年に一度です。それは文化の継承ができるぎりぎりの年数なのです。アメリカの裁判所が「公益」を重視するならTPPでも「公益」にかなう交渉に乗ってほしいものですね。

2013/11/21

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ベトナムロケハン記お休みです。

2013-11-20 02:08:55 | 広告/ニュース

ちょっと間が空いてしまいました。ベトナムロケハン記はあまりにも内容が多くやはりまとめ切れませんでした。またベトナムに特化するのもこのブログにはそぐわないと考え本来の形に戻します。ベトナムにはこれからも行くことが多くなりそうです。その都度アップすることにします。この間に広告は進化しました。目新しい手法はないのですが、flash mobをはじめ広告のグローバル化が進んでいます。日本だけのガラパゴス状態からやっと抜け出す、そんな気配がしてきました。世界を意識する広告展開についてこれから書きたいと思います。このブログは主に大学生向けに書いています。今まで多くの大学生から参考になったとメールをいただいています。また一部の大学の教材としても使われています。時代と共に変化する広告の半歩先を見据えて分かりやすく解説する~ボクは広告です~は今後も続けていきます。良かったら読んでください。

2013/05/31

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ベトナム農村への道その5~茶畑~

2013-04-02 19:54:53 | 広告/ニュース
上り坂が続いて少し道が水平になってきました。どうやら街のようです。もしかしてここがダラット?と思いながら街に入ると茶葉とコーヒー豆を売っている大きな店があります。「ここから先が茶畑です。ここは農園が経営しているお店です。」クアンさんの紹介で店の中へ入りました。予定より遅れているので試飲用のお茶を飲んですぐに出ました。まわりを見たら随分大きな街です。店が並びホテルもあります。車やバイクが行き交っています。ホーチミン市の避暑地といった感じです。でもホテルもほかの建物もほとんど傾いていました。色あせたコンクリートにはひびが入っていて今にも倒れそうです。アオザイで着飾った若い女性がバイクをぬって道路を渡っています。間口6mぐらい4階建てコンクリートのマッチ箱のようなホテルが1泊10万ドンと書かれていました。
いよいよ茶畑です。まわりが緑一色になってきました。「右はすべて茶畑で左はコーヒーです」クアンさんが説明してくれました。これがベトナムの茶畑か。想像以上に広いのです。日本の茶畑とはまるでスケールが違います。「お茶の生産量は世界一です。コーヒーの生産もブラジルについで世界二位です。」ベトナム恐るべし。「でもほとんどが中国系企業の経営です。ここは台湾です。」華僑恐るべし。しかしここで茶畑を見ている訳にはいきません。茶摘みをしている人を探さなくてはなりません。時計を見るともう午後3時を回っています。早くしないと茶摘みが終わってしまいます。しばらく行くと、いました。道路の右側です。大勢で茶摘みをしています。絶好のタイミング。20人いや30人でしょうか。女の人がやや多く。みんな若い。そう見えました。さっそく車を止め降りました。道路を渡り茶畑に入りました。作業中ですからじゃまになってはいけません。入口で止まり見渡すとずっと向こうの丘の上まで全部茶畑のようです。真っ黒に日焼けした若い男たちが摘んだ葉の入った大きな袋をかつぎ一箇所に集めているところでした。女の人も担いでいます。
カメラを持って歩いて行くとみんなこちらを気にしています。クアンさんが手前の人に近づいて何か話しています。聞くと「この人は日本から来た実業家でベトナム茶の買い付けのため視察に来た。」なるほどそう言う言い方もあるのかと感心して近づきました。親戚一同が集まって作業をしているようですが雇われている人もいるようです。作業を終えて集まっている人たちに寄って行きました。ボクが手を振ると手を振って来ました。お母さんらしい人とその娘さんたち、お母さんは40代、娘は10代の後半です。とびきり可愛いい女の子がいました。くったくのない笑顔、陽気なしぐさ。化粧なんか全然していないのに天使のように輝いていました。お願いしてアップを撮らせてもらいました。見たこともない純粋な笑顔でした。ボクはクアンさんを呼び少し離れてこう言いました。「素晴らしい家族です。もう一度来るからあの5~6人で茶摘み風景を撮らせてもらえませんか?もちろん、お礼はします。」「撮影場所は?」「このあたりで。」「じゃあちょっと聞いてみますから、車に戻って中で待っていてください。」クアンさんが再び近づいていきました、ボクとドライバーは車に戻りました。車の中から様子を見ていたらクアンさんが急ぎ足で車に戻ってきます。「どうでした?」「OKですよ。OKです!」クアンさんの声が弾んでいました。「で、お礼の方は?」「ノム・ラーと服を買うお金を今日渡しましょう。あとは当日でいいそうです。」「CMのことは?」「いま全部話しました。あの人は実は日本から来たコマーシャルを作っている人で茶摘み風景に是非出演して欲しい、と言ったら、みんな大喜びでした。いまお金用意できますか?」クアンさんの顔は紅潮しています。「ではお願いしてください。」と言ってお金を渡し「2週間ぐらい後で都合のいい日を聞いてください。」クアンさんは大急ぎで茶畑へ戻りました。見ているといろいろと説明しているようでした。そのうちみんなが飛び上がって喜びこちらへ向かって大きく手を振りました。交渉成立です。クアンさんが戻ってきて「日本のテレビに出られると大喜びでした。」これでもう完成したようなものです。(つづく)

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ベトナム農村への道その4~丸太ドロボー~

2013-04-01 22:22:41 | 広告/ニュース
再び車に乗り込みめざすはダラットです。牛のいるところを抜けると見渡す限り水田です。あちらこちら遠くで田植えをしています。手持ちのズームではとても安定した撮影はできません。ボクが「三脚持ってくれば良かったなあ。あれでは遠すぎます。杖のような丸太のようなものがあれば三脚の代わりになるんだけど・・」とつぶやくと、クアンさんが「どのくらいの長さですか?」と聞いてきました。ボクは「1メートルか1メートル半・・。」「太さは?」「10センチから20センチです。その上にカメラを置けば三脚の代わりになります。」と言いながら窓を見ると家の庭先にちょうどそんな丸太が積まれていました。「そう、あんな感じのものです。」と言いました。しばらく走ると車が止まりました。クアンさんとドライバーが何やら話しています。ドライバーが降りました。すると別の庭先に積んである丸太をひょいと持ち上げそのまま持ってきちゃいました。クアンさんがすかさず後ろのドアを開けドライバーはまるで自分の物のようにホイと投げ入れました。ドアをバタンと閉めふたりは急いで車に戻り急発進。ボクは驚いて「いいんですか?これ?」ふたりは黙っていました。「これって泥棒じゃないですか?」ふたりはまだ黙っています。しばらく走って普通の速度に落としクアンさんが言いました。「大丈夫です。」
さて、ここから先は盗んだ丸太の大活躍です。丸太の上にカメラを載せ田植え風景をいっぱい撮りました。水平は保てませんが手持ちとは段違いです。田植えをしている人のアップまで寄れました。と、ここまでは良かったのですが喜んであちこち寄り道したおかげで予定より大幅に遅れてしまいました。それに気づいたドライバーはがんがん飛ばします。スピードオーバーなんてもんじゃない、反対側車線にも平気で飛び出し次々と車を追い越します。舗装が十分ではない道路です。シートからお尻が浮きます。ボクは思わず取手にしがみつきました。それでもビュンビュン飛ばします。もう車は壊れそう、ボクは死にそう。と思ったら目の前になんと警察です。警察のワゴン車が2台止まっていて一斉検問。見事に捕まりました。ドライバーは言い訳のしようがありません。でも後ろを見たら真っ赤な顔して必死になって抗議しています。このドライバーはすごいと思っていたら、車に戻ってきてクアンさんにささやきお金を借りていました。20万ドン持って警察と交渉です。しばらくして戻ってきました。さらに20万ドンを借りていきました。
警察との交渉を終え、再び出発です。これからはもう普通の運転に戻るだろうと思いきや、なんのなんのいままで以上に飛ばします。ボクは“このドライバー只者ではない”と思いました。
ダラットまであと1時間のところにドライブインのような休憩所がありました。予定より相当遅れているので今日中に帰れないかもしれません。トイレ休憩だけしてすぐに出発です。相当飛ばしてきたのでこの間にずいぶん山道を登ってきたことになります。車を降りたとき思わずゾクッとしました。寒いのです。ホーチミンを出たときは汗が吹き出る暑さでしたが、やはり山に入ると違います。ボクは昨日あまりにも暑かったので今日は半ズボン。失敗でした。寒くてたまりません。近くにズボンを売っているところはないかとクアンさんに聞いたらダラットの街にあるかもで帰りに買うことにしました。
さあて、いよいよあとすこしでダラットの茶畑に着きます。(つづく)

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ベトナム農村への道その3~牛のおじさん~

2013-04-01 22:20:01 | 広告/ニュース
朝7時、ロビーに下りたらすでにクアンさんが待っていました。車もホテルの前です。すぐに乗り込み出発です。ホテルのまわりは昨日よりずっと多いバイク、バイク、バイク、道路がバイクで埋まっています。「すげえ・・」バイクもすごいけどみんなの熱気がすごいのです。出勤ラッシュの時間でした。こんな熱気はいままで感じたことがありません。車の窓を突き刺す勢いです。「ベトナム恐るべし。」を実感した瞬間でした。
ホテル街を抜け広い道路に出ました。今日は長旅です。クアンさんがいきなり「日本では原発はどのくらいの人が賛成しているんですか?」あまりにも唐突でしたので「う~ん。原発で利益のある人は賛成だけどほとんどの人が反対ですよ。あんな事故がありましたからね。」「何パーセントぐらいの人が賛成ですか?」「う~ん。賛成は10パーセントで反対が90パーセントかな・・」と答えました。クアンさんはこのことをドライバーに長い時間をかけて通訳していました。ボクはなんでこんなことを聞くのだろうとその時は気にしていませんでしたが、後でこれが今のベトナムを知る大きな事柄だと分かる事になるのです。しばらく走ると郊外へ抜けるきれいな道路に出ました。高速道路へ入る道です。クアンさんが「この道路とその先にある川をくぐるトンネルは日本のODAで作られました。」日本とベトナムの友好関係といった話をしたかったようです。たしかにトンネルと道路は素晴らしいものでしたがすぐに終わってしまいました。このトンネルのためにものすごい税金が使われたと思うと何とも無駄な気がしてなりません。ボクがあまり嬉しくない表情をしたらクアンさんがバツの悪い顔になりました。ちょっとまずかったと反省しました。
高速道路を抜けてしばらくすると工業地帯に入ります。トヨタ、ホンダ、マツダ、Panasonicなど日本のメーカーの文字が並びます。韓国の現代やサムスンもあります。まだ朝の通勤時間帯ですからどの工場も門の入口は入っていくバイクでぎゅうぎゅうです。巨大なバキュームに吸い込まれるように従業員バイクが次々と飲み込まれていきます。ものすごい労働人口です。ベトナムの成長力と猛烈なエネルギーを目の当たりにさせられました。
工場地帯の広い道路を抜けいよいよ山道へ入ります。「この道はハノイまで続きます。北へまっすぐ行くとハノイです。」クアンさんが教えてくれました。道は少しデコボコですがハノイとホーチミンを結ぶベトナムの幹線道路です。そのため長距離の大きなトラックが行き交います。どれも古くてガタガタ、荷物をいっぱい積んでいてその先が見えません、しかもとても遅い、後ろについたら大変。追い抜くのも大変です。ときどきサイレンを鳴らして走るワゴン車が来ます。聞けば長距離の高速バスだそうです。どんどん車を追い抜いていきます。このバスは乗る人がいなければノンストップでダナンとホーチミンを往復しているそうです。1000キロ以上の距離ですから運転手は途中で交代します。それにしてもものすごいスピード、ものすごい活気です。トラックを見てバスを見て再び「ベトナム恐るべし。」
しばらく行くとまわりが田園風景に変わりました。車が突然止まりました。見るとたくさんの牛をトラックの荷台に載せているところでした。「牛がいっぱい。」とドライバーが促したのでボクは「ありがとう。」と言ってカメラを手に降りました。近づくと牛が十数頭いました。60才ぐらいのおじさんが荷台に載せようとしています。向こうでは30代の男性がふたり。牛を引っ張っています。真っ黒に日焼けしたおじさんがニコニコ笑って、日本からきたのか?と聞きます。ボクが笑顔でうなずくと、もっと近くで撮ってもいいよと手招きしました。ボクはカメラのモニターを見ながら近づきました。夢中で近づくと突然大きな声がしました。「あぶない!」と言っていたようです。ボクは言葉が分からないのでさらに近づきました。おじさんがボクの腕を掴みました。ハッとカメラから目線を上げると目の前1センチのところに牛の角がありました。おじさんは思いっきり力を入れてボクを離しました。間一髪あわやでした。間近で見るとおじさんの顔は真っ黒で深いシワが無数にありました。でもやられなくて良かったとニコニコしています。まるで日本の昔、どこにでもいた農家のおじさんでした。ここは日本だ。本当の日本だ。そう思いました。ボクがお礼に握手をしようと手を差し出したら、おじさんは手を後ろに回してダメだと言うしぐさをしました。なんで?と思ったら照れくさそうに手を前に出し「こんなに汚い手だから握手をしたらお前の手とカメラが汚れる。」とクアンさんが通訳してくれました。ボクは手を合わせてお礼を言いました。真っ黒でゴツゴツで松の木のようなおじさんの手、ボクは握手したって構わないと本当に思いました。(つづく)

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ベトナム農村への道その2~はじめてのベトナム~

2013-04-01 17:21:00 | 広告/ニュース
空港には通訳のクアンさんとドライバーが来てくれていました。その車でホテルへ直行です。思ったより道路がきれい、なぜか外国へ来た気持ちになれません。日本にいるような空気感なのです。まるで日本の地方都市といった感じです。バイクが多い事に驚いていると「ベトナムの人はまだ車が買えません。だからバイクです。7万円ぐらいです。」と説明してくれました。「この車は?」と聞くと「これはベトナムでいま一番人気のベトナム製トヨタで、300万円ぐらいです。」「高いですね。」と言って道路を見ると300万円の車がいっぱい走っています。「お金持ちもいっぱい。」とその時は思いました。
チェックインして部屋に入りセーフティーボックスの使用方法を見たら読めません。思いっきり小さな英語です。困りました。メガネを忘れてきたのです。買わなくてはとクアンさんに言ったら、「では行きましょう。」とホテル前からタクシーです。メガネを買うのにタクシー?と思いましたが車はもう帰していましたから仕方ありません。どうやら街はずれのホテルだったようです。タクシーでダウンタウンに出ました。小さなお店が並んでいます。オースラリアかヨーロッパからか白人の若い男女が歩道に座り込んでいます。聞けばバックパッカーだそうです。いっぱいいます。ニコッと笑ったら笑い返してきます、彼らも同じ外国人の旅人です。ジロジロ見ることは出来ません。メガネ店に入り度数を言ったら引き出しから店員が出してきました。いくらですか?とクアンさんが聞いたら15万ドンと言います。ボクはびっくり。15万円?そりゃあ高い、もう少し安いものでと言ったらクアンさんが小さな声で「600円です。」と言いました。このとき両替レートは1円が250ドン。いやいやこれは慣れるのに時間がかかりそうです。
一夜明けていよいよロケハン開始です。今回の目的はベトナムの農家や市場で働くことの原点を探すことです。急いで来たのには理由があります。ベトナムの南部は三期作で三期目の田植えが9月初旬に終わってしまうと聞いたからです。朝8時にホテルを出てまず近くの水田を見ました。ほとんどの水田はすでに田植えが終わっています。やはり遅かったのではと思いつつもう少し遠くまで行くことにしました。途中わりと大きな川があります。「この川は魚の養殖をしています。」と言ってドライバーが止まったので橋の上から見るとちょうど網の引き上げをしています。これも働く姿です。ボクはカメラを持って堤防を駆け下りました。真っ黒に日焼けしたお父さんがニコニコ笑っています。お母さんもいます。10代の子供が3人、堤防の上から20才ぐらいの女の子がお弁当を持って見ています。ボクが撮ってもいい?とカメラを指さしたらもっと近くへ寄りなという仕草をしてくれました。寄ればお父さんの顔は深いシワがいっぱい。夢中になったボクはもっと近くで撮りたいと回り込みました。するとみんなが一斉にボクに叫んでいます。ベトナム語が分からないボクはクアンさんを見ました。堤防の上からクアンさんが大きな声で「それ以上下がったら川に落ちるぞ。」みんなで思いっきり笑いました。家族総出で働く、すばらしいワンショットになりました。
いよいよ明日は今回のハイライト、ホーチミンから車で5時間、北へ350キロ離れたダラットの茶畑へ向かいます。(つづく)

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ベトナムロケハン記掲載のお詫び

2013-03-29 10:32:45 | 広告/ニュース

すみません、ロケハン記はあまりにも長い連載になってしまいそうです。ブログにはそぐわないのでダイジェストにまとめます。しばらくお待ちください。

2013/03/29

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ベトナム農村への道その1~機内~

2013-03-26 19:17:04 | 広告/ニュース
なぜかボクはチャイナエアラインに初めて乗りました。倒産しかかった頃のJALで台北までは何度も来たことがありますが、乗り継いでベトナムへ行くのは初めてだったのです。
機内に入り座ったとたんに乗務員(女性)ともめました。今回のベトナム行きはコマーシャルに使う風景撮影のためやや高級なビデオカメラを機内に持ち込んだからです。カメラをバッグに入れひざの下に立てて置きました。乗務員は上の棚かもしくは前の座席の下に入れろ、と言ってきました。座席の下は横にするとほんの少しバッグが大きくて入りません、それとボクはできれば横に寝かせたくなくて上の棚に入れたくなかったのです。バッグにはiPadも入れてありました。再び乗務員が来てもうすぐテイクオフだから棚に入れろとやや強い口調に変りました。ボクはバッグを開けて見せ棚に入れたくない理由を話しました。ここまでは彼女は英語でボクは日本語です。イラついた乗務員はいよいよ警備の男性を呼びました。ボクが英語が分からないと思ったのか警備の男性は彼女の言っていることを通訳しようとしました。これ以上もめると他の乗客の迷惑になると思い、ボクは英語でカメラとiPadの話をしました。ひざの下に置かせてほしいと警備の男性にも言いました。警備の男性は仕方がないと帰っていきましたがイラついた乗務員は収まりません。ボクを降ろす構えになってきたのでボクも仕方なくiPadだけ出して上の棚へ乗せました。ボクは通路側の比較的の前の座席でしたので乗務員がテイクオフのときに座るとまともに顔と顔があってしまいます。「こいつは飛行機に乗るのは初めてか・」てな見下げた目線をボクに送ります。ボクはボクで「30過ぎの独身女め、お前のような性格ではあと10年は結婚できないぞ、ざまあみろ・」的な視線で返しました。
険悪なムードのまま台北まで来ました。ここで乗り継いでホーチミンへ行きます。2時間もありましたが、先ほどの深化粧の乗務員のおかげで台湾人が嫌いになっていたボクは台湾料理を食べる気分にもなれず、スタバのようなコーヒーはないかと探しましたがなにもありません。マッサージをするところがあり、その横が待合場所のようになっていましたのでひとまず座りました。マッサージが嫌いなボクはここで座っているしかありません。しかし2時間はちょっと長い。ケイタイを台湾モードに変えて少し電話をしましたがまだ1時間もあります。仕方なくあたりをウロウロして待ちました。
いよいよ台北からホーチミンへの飛行機です。搭乗口はずらりと並んでいます。満席かなと思いゆっくり進んで間近になったとき、どこからともなくやまぶき色の法衣をまとった僧侶が3人ボクの前に入りました。「コラ、並んでいるのに割り込みかよ。」と思い、まわりを見ると3人ではありません。10人とも15人ともの僧侶たちが前からも後ろからもどんどん割り込んでくるではありませんか。「いやはや。」と思い機内に入ると、先ほどの僧侶たちは次々と入ってきてバラバラに座りました。少し落ち着いてまわりを見ると、台北までの機内と乗客が違います。ビジネスっぽい人はいません。着ているものも上等ではありません。「そうか、いよいよ貧しい国へ行くんだ。」最初はそう思いましたが、慣れてくるとそれはすぐに変わりました。とても居心地がいいのです。台北までと違いなんとなく温かい人間味を感じるのです。癒されるのです。「貧しいほうがいいのかも。」などと余計なことを考えひとりで落ち着きました。
飛行機が安定して機内食の時間です。例のガチャガチャとうるさいカーゴが来ません。なんと乗務員が機内食を手で持って先ほどの僧侶たちに配り始めたのです。バラバラに座っているので時間がかかります。それでもていねいにひとりずつ運びます。「そうか、仏教の国だ。」およそ僧侶たちが食べ終わったころボクのところへカーゴが来ました。降りるときも同じです。僧侶たちはなにも持っていないので飛行機が止まったらすぐに立ち上がり出口へ向かいます。乗客はみんな道を開けます。僧侶はすべて最優先、僧侶が一番先に食べそのあとにボクたちがいただく。一体この僧侶たちは、台湾か?ベトナムか?それとも?いずれにしてもThis is 仏教だ。ボクはそう思ってホーチミンの空港ロビーに出ました。(つづく)

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ベトナムロケハン記

2013-03-26 18:51:38 | 広告/ニュース

昨年9月CM撮影のためベトナムの農村へ行きました。これからの連載はそのロケハン記です。ロケハンとは言っても田植えシーンの撮影が必要で時期的に田植えが終わってしまうという情報があり大急ぎでひとり飛んで行った時のものです。右も左も分からないはじめてのベトナムでの混乱ぶりと、ロケハンについての基本など参考になればと思い公開することにしました。ベトナムの急速な発展ぶりと日本にはない猛烈なエネルギーを感じ、これをきっかけにその後何度もベトナムへ行くことになります。

2013/03/26

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ちょっとブレイク「阿部寛さんの話です。」

2013-01-21 22:27:49 | 広告/ニュース



すみません、ブレイクが多すぎますね。作者がちょっと忙しく軽い話しかできません。今日は今や大スターと言っても過言ではない阿部寛さんの話です。長くCMを作っているといろんなタレントさんと仕事をします。その中で一番印象に残っているタレントと言えばやはり阿部寛さんですね。今から20年ほど前、ボクはコンタクトレンズメーカーの新CMの企画でイメージタレントを探していました。メーカーにとっては社運をかけた新製品なので他社のCMはもちろん今までCMに出ていない新鮮なタレントでしかも必ず有名になることが必須条件でした。あらゆる雑誌を買い集め多くのタレント事務所へ問い合わせ探しましたがなかなか見つかりません。そんな時本屋に立ち寄って一番目につくところに置いてあったのがメンズノンノという雑誌でその表紙を飾っていたのが阿部ちゃんでした。何気なく手に取りパラパラとめくるとモデルやタレントの写真が多く載っていました。まあ、これも参考になるだろうぐらいのつもりで買い、事務所に戻って置いておきました。翌日、事務所に出てきた若い女の子が「わあ、阿部ちゃんだあ、カッコイー!」次の女の子も同じく「かっこいい~~!」ボクは聞きました。「今、人気なの?」すると口を揃えて「みんな知ってますよ。阿部ちゃん、いいなあ~。」などと雑誌を手に手に大騒ぎしています。ボクはもう一度表紙をよく見ました。確かに今までにない存在感です。「阿部ちゃんか・・顔長いなあ。背高っ。」などとちゃかしていると女の子たちは「将来有名になるかも!いや絶対なる!」などと再び大騒ぎ。爽やかな感じは今回の企画に合ってはいるけどまだそれほど有名ではないしモデルだし、と半信半疑でしたが、ちょっと調べてみることにしました。するとやはり女の子たちが騒ぐだけのトップモデルでした。その時すでに30名ほどの候補がいました。歌手、タレント、俳優、みんなCMの分野では新人ばかりです。「一応候補に入れようか。」と言って雑誌社へ問い合わせ所属事務所を聞きました。事務所に企画の内容を話すとマネージャーは大乗り気です。「これならいけそう・・」しかしこの人をメインで押すには裏付けが必要でした。将来有名になることが条件でしたからそうなることをクライアントに説明しなくてはなりません。「今一番人気のモデルで将来タレントや役者になって映画やテレビに必ず出る。」ボクはメンズノンノの表紙だけでそこまで言い切らなくてはなりません。あらゆる資料を調べ自信を持ったボクはプレゼンで言い切りました。結果、新しいイメージキャクターは阿部寛さんに決まりました。決め手は“まだCMに出ていないこと、爽やかなイメージ、強烈な印象、女の子に人気。”でした。しかしボクは本人に会っていません。コンセプトは”フレッシュデビュー”とし、新製品の新発売と阿部寛のCMデビューを合わせ白を基調としたワンカットCMとしました。日本でトップクラスの監督とカメラマンにお願いして打ち合わせを二人に任せました。いよいよ撮影当日、クライアント、代理店の人と共に横浜へ向かいました。出来たばかりのベイブリッジが撮影場所です。撮影準備がほぼ終わり本人を待つばかり。するとスタッフの一人が「阿部ちゃんです!」ボクは中華街の方向を見ました。大勢の人々の中、頭ひとつ抜けている背の高い若者が歩いてきます。遠くからでもすぐに分かりました。阿部ちゃんです。あいさつするとやはり爽やか!写真よりずっといいのです。イヤミがなくどこから見ても好青年、「すごい新人になるぞ。」ボクの第一印象でした。こうしてできたのが阿部ちゃん初CMです。その後第二第三と続編が続き阿部ちゃんは役者の道へ進むことになりました。

※貴重なお宝映像です阿部ちゃん初CM

2013/01/21


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ちょっとブレイク「CMギャラの話です。」

2012-12-21 19:27:24 | 広告/ニュース
いよいよ2012年もあとわずかです。今年はロンドンオリンピックで特に若い選手が金メダルや銀メダルでおおいに盛り上がりました。メダルの総数も史上最多。でも良かったのはそのぐらいであとは良いニュースがありません。相変わらずのデフレスパイラルで日本の景気は悪くなるばかり昨年の津波による原発事故はいまだに収束の兆しすら見えません。と、思ったら年末には衆議院議員の総選挙です。予想通り民主党の大敗で票の行きどころがなく自民党の圧勝でした。すべて民主党のせいとは言えませんが経済の低迷はCM業界も直撃しました。毎年12月には週刊誌の話題として一年のタレントCM起用社数ランキングやCMギャラが取り上げられます。しかし今年は「女性自身」が一誌取り上げたぐらいでその額もびっくりするほど多いものではありませんでした。
ニホンモニターによるとギャラのランキングでは女性トップはサッカー澤穂希さんの4000万円+チーム協賛金2000万円で2位は歌手安室奈美恵さん5000万円、3位は同じくサッカー川澄奈緒実さん同5000万円。男子ではゴルフ石川遼さんの8000万円、2位は嵐の相葉雅紀さん大野智さんのともに5000万円、と言ったところでした。子役の芦田愛菜ちゃんの2500万がすごいと思うぐらいです。1億円を超す大物タレントが姿を消してしまったのは何ともさびしい実情です。
仕方がないので今日はこのCMギャラって一体なんなの?内訳はどうなっているの?と言った話をしてみたいと思います。
CMギャラ5000万円と言いますが、一般的には契約金額のことです。半年契約とか1年契約がありますが、まれには複数年契約をする場合もあります。広告主と契約するとそのタレントは同業他社には出演しないとかイメージダウンになる行為があった場合は契約金を返納するとかが契約書に書かれています。いわばスポンサーのシバリのようなもので、タレント側も価値を高める必要があり契約をしないと出演しないというのが一般的です。また、この中に出演ギャラは含まれていないので撮影するたびにスポンサーはCMギャラとは別に支払うことも契約書には書かれています。出演ギャラはCMギャラの10%で交通費は別途と言うのがよくあるケースです。たとえば5000万円で1年契約したタレントを年に2回撮影したとすると契約ギャラとは別に10%の出演ギャラ500万円が2回で計1000万円プラス交通費をタレント側に支払うことになります。出演ギャラは日当で契約ギャラは肖像権の使用料と考えると分かりやすくなりますね。
これはあくまでも有名人とかタレントの場合で、有名ではないモデルや声優、ナレーターはどうなっているのでしょう。そうした出演者の方が実際には圧倒的に多いので付記しておきます。
有名でないモデルと言っても事務所に所属している場合は基本的には有名タレントと同じです。ただギャラの金額は大変低いので契約書を交わしてもせいぜい放送エリアと放送期間を確認するぐらいの簡素なものです。ギャラが10万円とか3万円と言った場合は契約ギャラと出演ギャラに分けられませんし、モデル側にしてみればその金額で同業他社に出られなくなっては生活ができません。そのため有名でないモデルやナレーターはソフトバンクとAUのようなあからさまな同業でないかぎり仕事があれば出演します。
モデルやタレントのギャラで一番多くの間違いがCMギャラは撮影時の日当と思われていることです。CMギャラはあくまでも肖像権の使用料で日当ではありません。そのため放送期間と放送範囲を決めてギャラを決めます。特にギャラの低い地方では取り決めた放送期間を過ぎても使用していたり、新たなギャラを払うことなく3年前のCMを使用したりするケースもあります。楽しくCMを作るにはスポンサーのモラルと制作社の知識が重要ですね。

2012/12/21

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コマーシャルの企画

2012-12-05 22:28:43 | 広告/ニュース
CMプランナーという仕事が以前もてはやされた時代がありました。まさに言葉通りコマーシャルの企画をする人です。この場合は企画をするのが専門ですから、新しいことやみんながびっくりすることを考えていれば良かったのですが、今は企画だけでは仕事になりません。また企画する人は予算や効果を考えてトータルで一番良い物を提案しなくてはなりません。そのため、撮影や編集まで考えられる人でないとできません。良い企画でも予算がなくては企画通りのものができないからです。プランナーが演出をするケースも増えてきました。クリエイティブディレクターなどという言葉がでてきたのはこのためです。
企画をするとき、まず考えるのが商品(企業イメージの場合は企業)です。新商品であれば特徴とかどういう人にこの商品を使ってほしいとかの商品コンセプトです。そのため広告したい商品を徹底的に研究します。また同じようなものが他社から出ている場合は徹底的に比較します。もちろんコマーシャルもすべてチェックします。そのうえでこの商品が世の中でどのようなスタンスにあるかを考えます。こどものおこずかいで買えるぐらいのものと家のように大きな買い物ではスタンスが違うからです。
商品の研究が十分にできたところで、ターゲットを絞ります。携帯電話のように広い年齢層に訴える場合と、女性だけ若者だけこどもだけといったように一部の層に絞る場合があります。企業イメージではあまりターゲットは絞りません。ターゲットが絞られたらそのターゲットの趣味嗜好を徹底的に研究します。
商品の特徴が分かり、訴求対象が決まったら、いよいよ企画をします。このときに一番大切なことがあります。それはトレンドです。コマーシャルは流行歌のようなものと言うことは前にもお話しましたが、いくら良い企画でもトレンドに乗っていないと視聴者の心に響かないのです。古いものでもいけませんし逆に新しすぎても見ている人が分からなくて届かないのです。流行の半歩先ぐらいがちょうどいいのです。この半歩先というのが実は企画の中で一番難しいのです。企画をする人は政治、経済、文化など社会情勢に敏感でなくてはなりません。社会のいまを知らないとトレンドが分からないのです。さらにコマーシャルの中にもトレンドがあります。コマーシャルの流行に乗ることも重要です。ところがこれはよく誤解されます。「あのコマーシャルがいい」とか「あの会社のようなコマーシャルを作りたい。」とクライアントや広告会社のクリエイターが言う場合がありますが、それはただの「ものまね」です。二番煎じでは効果は半減です。半歩先を行くには人のしていないことをしなくてはなりません。
と、ここまで話してきましたが、企画には「こうすればできる。」というマニュアルはありません。センスと感がすべてです。つまり覚えようとして覚えられるものでもないし勉強して出来るレベルではありません。センスと感を磨くには生活も含めて社会に敏感でなければ出来ません。そのために必要なことは実は「好奇心」なのです。(つづく)

2012/06/02

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お詫び

2012-08-02 22:04:47 | 広告/ニュース
現在やや忙しく更新できません。もうしばらくお待ちください。

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ちょっとJPEGの話です

2012-05-24 00:56:01 | 広告/ニュース
インターネットを使ってメールで添付画像を送る。いまでは当たり前のことですが、10年前はまだ新鮮な出来事で、送るにも受けるにもずいぶん時間がかかりました。また、大きな写真のようにデータ量が多いと送れませんでした。今は光回線のようなインフラの整備とパソコンのOSが進化し格段に早く送れます。インターネット環境が驚く速さで進化したからです。USTREAMのようなインターネット中継もハイビジョンで配信できます。iPadでのインターネット中継も画像がどんどん鮮明になっています。スマートテレビが普通になればもはやテレビ中継とインターネット中継の区別がつかない時代になりますね。なにもかも速くなった、そもそもは圧縮ファーマットの登場でした。JPEGとかGIFとかいうあれですね。そこで今日はデジタル画像の圧縮についてもう一度振り返ってまとめておきたいと思います。
デジタルとアナログの違いはもうほとんどの人が分かるようになりました。テレビもカメラも印刷まですべての媒体がデジタル化したためです。アナログの時代には出来なかった事がいまではなんでも出来ちゃいます。画像の色を変えるそれも部分的に変える、目の大きさを変える、3秒戻って画像を記録する、え?とか思いますが、これもデジタルなら出来ちゃうのです。まるで魔法のようなデジタルですが、その中でも一番の魔法はやはり圧縮ではないでしょうか。ぎゅっと小さくしてまた元に戻す、一体どうやってするのでしょう。
アナログは見たまんま、デジタルは置き換える、ここまではなんとなく理解できます。ではデジタルは何に置き換えているのでしょう。数字の0と1。はい正解です。では圧縮はどうしているのでしょう。となると、すぐには答えられない人も多いのではないでしょうか。それがJPEGです。と聞けば、なんだJPEGか、いつも使っているよとなりますね。実はこのJPEGというファイルがすごいのです。よくこんなこと考えたものだと言ってもいいぐらい“おりこうさん”なのです。
JPEGは画像ファイルの圧縮に使われます。もともと一枚の画像は画素数とかピクセルとか言われるこまかい点のようなものに区切られ、その色合いによりそれぞれが数字化され見るときはその数字を元の色に戻して見ています。これがデジタル画像です。そのこまかな区切り大きくすれば画像は荒くなり、逆にこまかくすれば画像は鮮明になるしくみです。ここで圧縮と言うのは画像の区切りを荒くしてデータ量を減らすことです。しかしJPEGのすごさはここからです。ただ、全体の区切りを荒くしてデータ量を下げるだけではなく人間の目で見てほとんど分からないところは大きく荒くして、荒くしたらぼやけてしまうところはほとんど元のままというまるで頭脳を持ったような圧縮が出来るのです。たとえば、真っ青な空の画像でしたら、どの青をとっても同じです。その場合はたとえば500万画素の画像でもひとつのピクセルですべての青が表現できます。つまり500万分の1の圧縮をしても画像に変わりはありません。ところが複雑な色で構成されている画像の部分は250万分の1つまり半分にという仕組みです。このJPEGの“頭脳 ”のおかげで今のようにメールで画像を送ったり大量のデータのやり取りが可能になりました。しかも日に日にきれいになっています。もちろん圧縮ファイルはJPEGだけではありません音楽や映像にはそれに合わせた圧縮ファイルがあります。これらの圧縮ファイルもJPEGと同じようにすべてを均一に荒くしているのではなく、荒くしても分からないところは大きく荒く、そうでないところは、少しだけ荒くという“頭脳”を持っているのです。これら圧縮ファイルの登場により音楽や映像のダウンロードを可能にし、圧縮しても良い音に聞こえたり映像もきれいになりました。それらのすべてのはじまりは”おりこうさん”のJPEGだったのです。
今後、デジタル技術は圧縮を含めてますます進化していきます。しかしJPEGの“頭脳”はアナログです。人間が判断するアナログの気持ちがないと良いデジタル画像は出来ない。このことはどんな時代になっても変らないでしょうね。

※ちなみにJPEGはjoint Photographic Experts Group の略です。

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放送禁止CM

2012-04-21 14:55:01 | 広告/ニュース
なにかと話題になるAKB48が先月15日からやっているCM、UHA味覚糖の「ぷっちょ」がBPOで問題視されました。飴を口移しするコマーシャルです。下品とかこどもがまねをするとかで思いっきりブーイングを浴びています。ただちに放送中止をと訴えていました。どうなるかわかりませんが、確かに気持ちの悪いCMです。
そこで今日はどういうCMが放送中止になるかについてすこしまとめてみようと思います。放送基準のところで話しましたが、コマーシャルは作るときに放送局の考査を通ります。そのため完成して放送できないものは本来ないはずなのですが、ときどき完成しても状況が悪く放送できないとか、放送後に問題が起きて中止するという場合があります。いわゆる“放送禁止になったCM”です。古いものではやはりハウス食品のインスタントラーメン「わたし作る人、ぼく食べる人。」でしょうね。1975年(昭和50年)ですからブラウン管のカラーテレビがいきわたりCMが社会現象にもなっている時でした。高度成長期の真っ只中で「OH!モーレツ!!」や「のんびり行こうよ~」などが大流行しました。ところがこちらは放送2ヶ月で中止です。理由は“行動を起こす女たちの会”とかなんとかいう団体が“これは男女の役割を決め付けている。女はいつも作る人で男がいつも食べる人でいいのか”と文句を言った訳です。当時は女性の社会進出が叫ばれ男女同権とかウーマンリブとか言って、女性が強くなり始めた時代です。アメリカのハリウッドでは“クレーマーVSクレーマー”がアカデミー賞を取った時でした。女の子が、訪ねてきた男の子にラーメンを作ってあげてふたりで楽しく食べようとしている場面でのセリフです。ほのぼのとしたコマーシャルでした。目くじらたてるほどのものではないのですが、NHKのニュースでも取り上げられ大きな議論になりました。当時はCMの注目度がそれほど高かったのです。
コマーシャルは流行歌のようなものですから、世相にあわせて作ります。また、世相にあわせて文句も出ます。いまならこんなCMは出来ないでしょう、また放送されても反応もないでしょう。しかしこの時はまじめに議論になりました。いわゆる社会問題になったのです。
それから何十年も経って、テレビが当たり前のものになりインターネットに議論の場が移った今ではちょっと様子が変わってきました。景気が悪くコマーシャルの質が下がった要因もありますが、CMが社会問題になる状況ではありません。2001年から2010年に放送中止になったCMを見てみると(下記URL)ほとんどがテーマのよく分からないものや完成度が低いものなど、見ていて気持ちが悪いものばかりです。気持ちが悪いからやめて!と言うぐらいでメッセージが社会問題になるケースはもうほとんどありません。
この中であえて取り上げるとすれば、日清のカップヌードルぐらいでしょうね。このシリーズは企画の奇抜さとスケールの大きさで一定の評価を得ていたシリーズですが、やはり放送中止になったものがあります。原始人が出てきてマンモスと走っている程度なら良かったのですが“NO BORDER”というシリーズでアフリカの少年兵を登場させ、これが問題となりました。映像的には完成度は高いのですが、文句の中心は少年に銃を持たせるとは何事かというものでした。反面アフリカ問題が分かって良いと言う人もいて賛否両論でした。良い悪いはともかく制作者からみればこれは明らかテーマの間違いです。日清のカップヌードルのおいしさに国境はないというテーマにそぐわないのです。アフリカの紛争地域で小学生の男の子が肩に銃をぶら下げています。周りを戦闘車両が走ります。そして少年が青い海を見て砂浜の木陰にすわり少女とふたりでカップヌードルを食べるというものです。どうみても同シリーズでこれだけは異質です。おいしさに国境はないというよりアフリカの少年兵問題を焦点にしています。これはクリエイターの独りよがりでCMが扱う問題にしては重すぎるのです。良い悪い以前に企画力の問題なのです。
番組やCM制作に携わる人は常識が必要です。特にCM制作は企業のイメージが業績に直接関わってきます。クライアントもクリエイターも常識があるのは当たり前でそのうえ社会を見る能力と知識がないと良い企画になりません。時代は軽くても考えまでも軽くては良いコマーシャルは出来ません。みんなが良いと思うコマーシャルは実はとんでもなく深く考えて作ってあるのです。深く考えたらあのシリーズでは少年兵の登場はありませんね。

2012/04/21

※2001年~2010年放送禁止になったCM集はこちら
※日清カップヌードル少年篇のみはこちら

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