夜と霧

迷える子羊
ーこの場を借りて自分の考え方を確立したいと思っていますー

儲かる農業と儲からない農業

2016-09-19 17:25:55 | Weblog
農業には儲かる農業と儲からない農業がある。
テレビはもうかる農業に焦点を当てる。やりようによっては農業も儲かるではないか、儲からないのは無能な農民が原因である、そんな考えのようである。無能な農民を啓発して儲かるようにすれば問題は解決する、そんな風に聞こえる。
儲かる、儲からないは個々の農家の家計の問題である。個々の農家が解決すべきことである。離農もその解決策の一つである。より儲かる農業を求めて移住する人もいるらしい。商社がやっているというトンガのカボチャも日本農業である。
しかし、問題はそんなところにあるのではない。
小規模農家の作る米である。私たちの暮らす環境である。米作はあまりにも私たちの国になじんでいる。米作は私たちの生活に不都合な動物や昆虫を遠ざける生活環境を用意してくれる。私に即していえば、最近ではしばらく見かけなかった、嫌いな蛇を見ることも出てきた。山行で蛇に会うのは仕方がない。山は彼らの領分であるから。しかし、住宅と田んぼが入り混じるこの地で蛇が闊歩するのは勘弁してほしい。私たち人間のテリトリーである。
私たちの生活環境はそこに住む多くの人の問題である。百姓だけのことではない。これは、普遍して国民共通の問題である。
儲かる農業は、いいとこどりの農業は、経営として成り立つことを優先するゆえに、私たち周辺の小さな耕地に見向きもしない。機械化に不敵な土地を嫌がる。儲かる農業ではこの小さな平野は荒れてしまう。
ウンカは中国大陸に発生するという。大量発生するとジェット気流に乗って日本に至る。そして私たちの国で暴れる時がある。同じように私たちの周辺で発生した害虫がいつか東京を襲うかもしれない。この意味で農業問題は東京の人の問題でもある。食料という消費だけではなく環境という暮らしの問題である。そして今の暮らしをどうするかは儲からない農業をどうするかにかかっている。
儲からない農業は国民の課題である。儲かる農業など放っておけばよい。「儲かっていいなー」と焼きもちを焼けばよい。他人事である。


追記
私の界隈の農業従事者の在り様を考えてみる。
①後期高齢者で東京都の生活保護受給世帯以下の収入。米と野菜は自給しなんとか暮らしていく。子供たちは巣立ち金はあんまり要らない。愉快でない表現であるがもうすぐ絶滅する。
②兼業農家。ボーナスや給料を機械代にまわしサンデー百姓をしている。これもせいぜい50代後半までである。
③私であるが親の土地を勤め人時代の預金などで農業機械を買って耕作している。私は土地は個人のものであるが社会性があり、耕作は所有者の義務と思っている。
儲からない農業①はもうすぐ絶滅する。②はより若い世代は経済的に割り切るゆえに人材が供給されない。
いよいよ環境としての農業は崩壊する。
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