眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

銀の首輪

2017-02-19 | 
黒猫のハルシオンが
 気だるそうに銀のネックレスを悪戯している
  僕は風に吹かれてぼんやりと煙草を吸った
   煙が白線の様に清潔な青い空に流れていった

   こういうのってさ、嫌いなんだよね、おいら。
  
    ハルシオンが不服そうにネックレスを指さした
      なんだかさ、
      縛られているっていう状態がさ、おいららしくないっていうかさ。
       大体、猫って自由さの中にその存在意義が定義されているのにさ、
        甚だ不愉快だよね。

         そう云って黒猫は銀の首輪を外し
          気楽そうに煙草に灯を点けた

           存在意義って?

            少年だった僕に黒猫はしたり顔で話し始めた

             あんたにだってあるだろう?
              薄れゆく記憶の中でどうしても失いたくない大切なものがさ。
               そういうの存在意義って云うのさ。
              
                大切なもの?

                 そう。
                  追い求めて探しあぐねた誰かの影や
                   街角の歌
                    街灯の下の不穏な夢の名残たち
                     サーカスのテント
                      決して訪れはしなかったあのパレード

                      それらはね、銀のネックレスでは到底辿り着けない領域の出来事なのさ
                       
                       ねえ、
                        風の丘への道順は何処へ消えたの?
 
                         僕の問いには答えず黒猫はビールの缶を開けた
                          僕等は風に吹かれ
                           ただ黙ってビールを飲んだ
                            大きな木の下で
                             ただ酔っぱらった
                              それはまるで遠い記憶の様だった

                              あんたの大切なものはなんだい?

                             急に想い出したようにハルシオンが呟いた

                            大切なもの

                           壊れ物

                          僕等の精神の危うい均衡
                         物憂げな物語
                        怠惰で怪訝な日常の羅列たち

                       おいでよ

                      記憶の君がくすくす微笑んだ

                     風の丘
 
                    熱気球に乗って旅立った彼女彼等の物語

                   わずか数秒の中に永遠を夢見たあの日

                  僕等は夜の子供たちだったのだ

                 おいでよ

                他愛の無い造形で

               描写した世界の模倣

              銀の首輪を見つけたのは君だった

             そうしてその鍵は永遠に見つからない

            黒猫が楽しそうに微笑んだ

           行くかい?
          おいらと一緒に
         永遠の旅に

        ワインのボトルと煙草を持って

       我々は旅に出たんだ、きっと

      白い煙がたなびく向こう

     あの永遠の領域に於いて

    旅に出たのだ

   きっと

  繋いだ手を離さないで

 どうか

お願いだから



































                         
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薄紫の花びら

2017-02-08 | 
重力に反比例した朝は
 気だるく薄紫色の意識を開花させる
  花の色彩領域と匂いの気高さに
   泣きたくなる午後のミツバチ
    コケットな仕草の要因で
     三日月が白夜の逃避行を告げる
      朝七時に口にするワインは決して上等ではない
       重力に反比例した朝
        宇宙飛行士の朝ご飯

        駆け出しの新聞記者
       赤いタイプライターで映し出す
      あの二十面相にまつわる奇異なゴシップ
     笑えない活動写真の
    擬似された模倣
   あれは何時か見た貴方の後姿
  ほら
 額に罪びとの印が刻印されている
ごらんよ
 葡萄の木にまつわる午後十二時
  エピソードが始まる
   あの薄明かりの太陽は
    まるで消えかけた懐中電灯の如く
     
     神話が始まる夕暮れ時
      運動場に伸びた長い影の刹那
       永遠に届かない君の影に手のひらを伸ばすのだ
        もう帰れない
         森の深緑に足を踏み入れたのだ
          猫があくびする
           やがて夜が訪れる
            人気の無い街並みはまるで廃墟の様相を呈す

            図書館で調べた議事録に
           君の証言は記載されなかった
          僕は永遠に君を見失う
         運命線の切れ端は
        電波の届かない哀しみ
       だって声が途切れ途切れで
      君の泣き声が聴こえない
     貸し出しカードに誰かの名前が記載されていた
    思い出せない名前の数々
   僕は馬鹿だ
  電波が届かない

薄紫色の花が花瓶に活けられている
僕はその鼻の匂いに記憶をリピートさせ
 届かない夢の末路を想像する
  君の声
   宇宙食の朝ご飯
    ワイン一杯で始まる一日の幻想組曲
     酔いどれた視界の風景の中で
      夢を見る
   
      当惑された意識の境界線

      薄紫色の花びらを眺め

      繰り返す日々に懺悔する

      仏壇の線香の煙が揺れる


       永遠



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冬の日

2017-01-24 | 


あなたどこ帰りますか?

タンブラーグラスのバーボンを飲み干して彼女はそう云った。
カウンターには僕と彼女しか座っていなかった。
朝の四時半だ。仲間達はみんな酔いつぶれ、まるで自分の部屋にいる様に安心しきった寝顔で入り浸った馴染みのバーの床に這いつくばって眠っていた。
僕はウィンストンを吸って黙って店のポスターを眺めていた。
彼女は不思議な生き物を見る様に飽きもせず僕からの答えを探し出そうとしている。僕は考える振りをしてただ煙を吸い込んでいた。
僕は考える事を放棄していたのだ。
何もかもの存在自体が危うく見える時代。僕等はただ酒と音楽に酔いつぶれた。
帰れる所なんて何処にも存在しなかった。だから彼女の質問にも答えられる訳が無かった。

キャンパスの広場のベンチで女の子がギターを弾いていた。
ある寒い日の出来事だった。ショートカットの茶色い頭がリズムに乗って揺れていた。
何人かの学生が耳を傾けつまらなさそうに彼女の歌を聞き流しては去ってゆく。
気が付くと、コートのポケットに手を突っ込んだ僕だけが残された。
曲が終わると彼女は少しだけこちらを見て微笑んだ。
僕は何だか気恥ずかしくなって青い空を見上げた。
歌声が流れた。
スザンヌ・ヴェガの「ルカ」だ。僕はガットギターの音に耳を澄ました。哀しい歌声が終わると彼女は僕の顔を眺めこう云った。

  音楽好きですか?

  僕はうなずいた

そうして彼女はとても嬉しそうに微笑んでギターを僕にそっと手渡した。僕は戸惑いながら適当に頭に浮かんだフレーズを弾いた。とても丁寧に弾き込まれたギターだった。3コードのブルースを引き始めると彼女は英語と日本語が入り混じった歌を即興で歌った。僕等は飽きもせず適当な音楽を歌った。日が暮れる夕方まで僕等はそうしていた。

僕はロンドンからの留学生の彼女を行きつけのバーに連れて行った。
どうしてそうしたのか自分でもよく分からなかった。
彼女はギターケースを抱えて店の中を見回した。
店にはマスターと常連が顔をそろえていた。誰かが口笛を吹き僕等を招き入れた。仲間は何も聞かないで僕等に酒を注いでくれた。外国人だろうが何だろうが仲間達にとっては大した問題ではなかった。テーブルの上にクラッカーやオイルサーディンの缶詰めやら豆のスープが並んだ。彼女は不思議そうに彼等や店の楽器に目をやり満足げにバーボンを舐めた。何だか捨てられた猫の様だった。仲間達は入れ替わり立ち代りドラムを叩いたりベースを悪戯している。フリーの「ウィシングウェル」が流れた。酔っ払ったギターが狂ったように速弾きを始めた。みんな可笑しな即興を始めた。
いつもの風景。
だけど僕には何か気になる事があった。彼女は何も食べ物を口にしないのだ。ただお酒だけを舐めている。緑のセーターからのぞく彼女の腕はとてもとても細かった。
試しにフライドポテトを薦めたが、彼女はめんどくさそうに首を振って拒否した。
ただお酒と音楽に身を浸していた。
彼女はそれからたまに店に顔を出すようになった。
二ヶ月がたった。

ピーナッツを何粒か口にして咀嚼した。
かりっと音がした。

 ねえ、食べる?

 いらない。でもありがと。

僕はとても哀しく想った。
彼女は講義にも出ていなかった。広場のベンチか店で嬉しそうにただ歌を歌っていた。
何度か大学病院のバス停で彼女を見かけたと誰かが教えてくれた。
僕は「チムチムチェリー」を弾き「ロンドンデリー」を弾き「マルセリーノの唄」を弾いた。彼女はお酒を舐めながら楽しそうに身体を揺らしていた。
僕は何も訊かなかった。

あなたどこ帰りますか?

突然彼女が尋ねた。
僕は一瞬なにを訊かれたのか理解できなかった。

何処に?

わたし今度の土曜日に家に帰ります。先生もパパとママも帰りなさいいいます。
だからわたし帰ることにしました。

あなたどこ帰りますか?

失われた場所が一瞬僕の頭を駆け巡った
それから僕はウィンストンを吸って黙って店のポスターを眺めた。
彼女は飽きもせず僕の答えを待った。
僕は黙り込んで煙草を吸った。

  音楽好きですか?

彼女が尋ねた。うん、と僕は答えた。

  いつまでも?

  うん。
 
  よかったです。

彼女はそう云ってカウンターから立ち上がりギターを弾いて歌った。
僕はとてもとても哀しかった。

彼女はいつまでも歌い続けた。

終わらない物語のように。

誰にもわからない歌を歌った。


土曜日が来て日曜日が去った

 広場のベンチにはいくら探しても彼女の姿はなかった

  煙草を取り出して火を点けた

   白い煙がゆらゆらと立ち昇る

    やるせない虚無に向かって

     行き場の無い哀しさ

    
     僕は考える振りをしている





      行き場の無い




      僕自身の存在



      いつかの



       冬の日




メリークリスマス























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音楽室

2017-01-18 | 
青い月の夜
 少女はワインを舐めながらぼんやりと
  窓の外の世界を眺めていた
   僕は彼女の横顔を見てそれから青い月を眺めた
    空気が冷たかったので僕らはお酒を飲み続けた
     灰色の世界に青い光が降り注ぐ
      まるで誰かの涙の様だった
       アスファルトの路上で猫があくびをする
        そんな夜
         
        ある雨の日の音楽室で
         少年の僕は窓からぼんやりと外の景色を眺めていた
          少し早めに訪れた音楽室には
           ピアノのほかに誰もいなかった
            ポケットに手を突っ込み
             窓から零れる雨の粒子を目で追った
              清潔すぎるくらい静かだった
               僕は目を開けたり閉じたりしていた
                やがて雨が雪に変わった

                物思いにふけっているんですか?
               声の行方を辿ると
              初老の音楽の先生が僕の横に立っていた
             いえ、そういう訳でもないんです。
            僕は窓の外を眺め続けながらそう答えた
           君は少々個性的だね。
          先生はくすくす微笑みながらそう云った
         職員室で君のクラスの担任の先生が話題にしてたよ。
        別にとりたてて変わったとこなんてないですよ。
       それに、
      それにあの担任とはどうしても気が合わないんです。
   苦笑しながら先生は杖を使って右足を引きずりながらピアノに向かった
  そうつとピアノの蓋を開きそれからAの音を鳴らした
 君は音楽は好きですか?
わりと。先生は音楽が好きだから音楽の教師になったんですか?
 うーん。私にはピアノしかなかったんだよ。足がわるいからね、
  兵隊さんになれなかった、体が弱くて他の仕事にもつけなかったんだ。
   指もあまりまわらないしね。
    君はどんな音楽が好きなんですか?
    少し悩んで僕はこう答えた
     キングクリムゾンとかピンクフロイドとか。
      聴いたことがないな。
       先生は首を傾げた
        私はね、こういう音楽が好きなんだ。
         そういって丁寧に「赤い靴」を弾いた
          
          赤い靴
           履いてた女の子
            異人さんに連れられて行っちゃった

             窓の外で雪が降り続けていた


              清潔な空気の中で


              ピアノの音色が柔らかに優しかった


               
         
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誕生日

2016-12-29 | 
何処の国の民族楽器なのか
 得体の知れない弦楽器を少女は
  古楽器屋で飽きもせず眺め続けている
   展覧された弦楽器は
    幾分チェロに似た形をしていた
     僕はそんな楽器と少女を見比べ
      煙草をポケットから引っ張り出して火をつけた
       黒猫が寄ってきてそうっと僕の足元に座り
        あくびをしながら憐れむような目つきで僕を眺めている
         少女が振り向く
          僕はあきらめて財布の中身を調べた
           店主が会計の準備を始める
            冬の日の午後
             空はとても青く澄んでいた

            部屋にたどり着くと
           少女はマフラーも取らずにすぐに梱包された楽器を開封した
          彼女のあたらしい友人が増えたのだ
         僕はコンロでお湯を沸かし
        手早く珈琲を淹れ
       街の店で買ったチョコチップクッキーを齧った
      少女は見るからに古めかしい弦楽器を抱え
     とても満足げに眺め続けている
    僕はクッキーを齧りながら
   無残にも消え去った生活費と
  残された日々の食事のことを考え
 頭が痛くなって飲み残しのワインのボトルのコルクを抜き
煙草を吸いながらグラスに注いで舐めた

 少女の誕生日のプレゼントを買いに行く為に
  僕等は今にも壊れそうな愛車で街に出かけた
   少し暖かくなってはきたけれど
    外の空気は幾分冷え切っていた
     僕等はカーステレオから流れる正体不明なポップスを聴きながら
      街への路を蛇行しながら進んだ
       街までには少なくとも2時間はかかる
        久しぶりに聴く最新のヒットチャートは
         余りにも異質で
          何処の誰がこの様な音楽を好んで買い込むのか
           全くもって不可思議だった
            つぶれかけの銀巴里に突然訪れた
             坂本龍一くらい先進的な音楽だった
              そしてそのいちいちに
               僕はどうしても馴染めず
                諦めてイーグルスのアルバムを流した
                 ドン・ヘンリーが切ない声で
                  ホテル・カリフォルニアを歌った
                   少女は助手席で
                    皮の手袋を悪戯しながら
                     可笑しそうに僕の顔を眺め
                      1969年物のワイン美味しいのかな?
                       と皮肉に付け加えた

                    街角のカフェでドーナツを齧り
                   酸味の強い珈琲を飲みながら
                  僕等は誕生日について話した
                 僕には僕の誕生日が分からず
                少女には果たして誕生日が或るのかさえ疑問だった
               彼女は朝目覚めると
              朝食のベーコンエッグを食べながらこう云った

             ねえ
            あたしは今日が誕生日だといいわ。

           突然どうしたの?

          今日は空気が澄んでいてとても綺麗なの
         だからお誕生日は今日みたいな日がいいの。
        可笑しい?

      少女の意見には全く同感だった
     人は自分の好きな日に気に入った誕生日であればいいのだ
    誰にも文句を云われる筋合いも無いし
   それに自分自身が気に入った素敵な日を祝う事に
  なんの問題も無い様な気がした
 それで僕等は彼女のプレゼントを手に入れる為に
街角の片隅でドーナツを齧り珈琲を飲んでいるのだ

 梱包を解かれた楽器は
  新しい国に少し戸惑って見えた
   少女は弦楽器を丹念に布で撫でながら呟いた

    ね、貴方何処の国の生まれなの?
     心配しないで、
      あたしは貴方を大切にするし
       此処だってそう悪くないわ。

       黒いケースには弓がついていた
        
       弓で弾くのかな?

      試しに僕が弓で音を出すと
     楽器が悲鳴を上げるように雑音を叫んだ

    無理やり無茶なことしないで

   弦楽器を僕から取り上げ
  少女は優しく指で弦を弾いた
 優しくて深い音色が流れた

調弦はどうすればいいんだろうね?

 僕の質問には答えず
  彼女は楽器にささやく様に
   ゆっくりとペグを回し
    それから確かめるように音階を弾いて
     嬉しそうに曲らしきものを奏で始めた
      エリック・サティのジムノぺディだ
       楽器が呼吸を思い出した様に歌った
        僕はその優しい音色に包まれながら
         緑色のソファーでワインを飲んだ

         その子は僕等を気に入ってくれたのかな?

        多分ね。
       ゆっくり仲良しになればいいわ。

      ゆっくり

     わたしとあなたみたいにね。

   

   空が澄み切っている


  こんな日が誕生日だといいなとぼんやりと想った


 きっと知らない国の知らない人の誕生日は


きっとこんな日なのだろう



 空気が澄み切った

   
  優しくて綺麗な空気の日


   僕はグラスに残ったワインで


    何処かの国の彼らに乾杯の挨拶をした


     素敵な日だ


      祝祭された日常


       ある日の

       
        午後のお話










 
              
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プレゼント

2016-12-19 | 
あの日あの時間違えた別れ道で
 僕はいつだって憂い
  煙草を吹かせて哀し気に微笑んだ
   何時かの微笑
    困惑した世界の中心点で黒猫があくびする
 
     ねえハルシオン
      どうして僕は現世にいるのだろう?
       もう誰も居なくなってしまった世界で
        どうして僕は楽器を弾いているんだろう?

        黒猫は何も答えずに優美に紙煙草を嗜んだ
         それから一枚のタロットをめくった
          「道化」
           くすくす微笑んで
            黒猫は楽しそうにワインをグラスに注いだ
             僕は途方に暮れて空を見上げた
              あの日に少しだけ似た
               重く垂れ込めた灰色の世界
                地団太の孤独
                 少年時代から出遅れた足音
                  オルゴールが鳴り始め
                   世界が終焉を迎える頃
                    あの日あの時の一瞬
      
                    僕はギターを弾いていた
                     カルリの練習曲を弾き
                      回らない指でジュリアーニの楽譜をさらっていた
                       中庭の卓球台で試合を楽しんでいた男性が
                        お調子者らしく
                         エリック・クラプトンは弾かないのかい?
                          と口笛を吹いた
                           「ティアーズ・イン・ヘブン」
                            その頃
                             みんなこの曲に浮かれていた
                              僕は黙って
                               ランディーローズの「Dee」を弾いた
                                退屈そうにみんな中庭を去った
                                 僕は黙々と楽器を弾いていた
                                  とてもとても寒い冬の日だった

                                  寒くないの?
                                 声に驚いて顔を上げると
                                先生が優しそうに珈琲カップを僕に手渡した
                               口にした珈琲がとても暖かかった
                              寒くないの?
                             彼女はもう一度確かめるように尋ねた
        
                            寒いですよ、もちろん。

                           手袋をすればいいのに。

                          手袋をしたらギターが弾けないんです。
                         僕の答えに彼女は
                        それもそうね。
                       と呟いて巻いていた緑色のマフラーを取って
                      僕の首に巻いてくれた

                     暖かいよ、それ。

                    でも先生が寒いでしょう?

                   大丈夫。医局は暖房が暑いくらいなの。
                  それに素敵な音楽で気持ちが暖かくなったから大丈夫。
                 あとね、
                煙草は控えめにね。

               そう云って彼女は建物の中に姿を消した
              残された緑色のマフラーはいい匂いがした

             先生は忙しそうにカルテを抱えて歩き回っていたけれど
            僕がギターを弾き始めると何処からか現れて
           曲が終わるまで興味深そうに聴いていた
          それから
         また聴かせてね、と云ってすぐに何処かに消えた
        不思議な先生だった
       でも僕はその先生となんとなく気が合った

      こんにちは。

    そう云って先生が中庭のベンチの僕の隣に座った

   今日は忙しくないんですか?

  私、今日お休みなの。

 休日出勤ですか?

そんなところ。
 ね、良かったら何か聴かせて。

  僕は魔女の宅急便の「海の見える街」を弾いた
   曲が終わると先生は満足そうに微笑んだ
    それからキャンデーを僕にくれた
     煙草のかわり。
      そう云って自分の口にもキャンデーを放り込んだ

       不思議よね。
        どうしてそんなに指が動くのかしら?
         私の指も練習したらそんなに動くのかな?

          出来ると想いますよ。

           彼女は笑って無理よと呟いた。

           私、不器用なの。手術もそんなに上手じゃないし。
            
           僕はなんて云ったらいいのか分からず黙り込んだ

          先生は悪戯っぽく、嘘よと微笑んだ。
         僕等は二人でくすくす笑った

        先生は他の先生たちと飲みに行ったりしないんですか?

       どうして?

      いつも此処にいるから。

     そうね。人が多い処が苦手なの。それに。
    それに他の先生たちとは大学が違うから

   そういうの関係あるんですか?

  それはやっぱり人間関係だから。

 なんだかままならないですね。

そうね。ままならないわ。
 そこにいつも貴方のギターが流れてくるのよ。
  花を見つけた蜜蜂みたく吸い寄せられるの。
   お陰で仕事が溜まって休日出勤なの。

    ごめんなさい。
     僕が謝ると、
      嘘よ。信じないで。
       と可笑しそうにくすくす微笑んだ

        此処を出たら大学に戻るの?

         キャンデーを舐めながら先生が尋ねた
          僕は途方に暮れて空を眺めた
           
           あなたはたぶんもう大丈夫。
            何処に行ってもね。

             僕は先生にマフラーを返そうとした

              いいの。あげる。

               いいんですか?

                うん。
                 あなた今日何の日か知ってる?

                  知りません。此処にいると時間や日にちが曖昧になって。

                   クリスマスよ。
        
                    プレゼント。それ。
                     いつもギターを聴かせてくれたお礼に。
                      

                      ね、いつか私にも教えてくれる?


                       何をです?

 
                       ギター。


                      教えてね。


                     そう云って先生は建物の中に入っていった

      
                    三日後


                   僕は其処を去った


                  先生に挨拶をする事は叶わなかった


                 ねえハルシオン。


                先生ギター弾いているかな?


               懐かしそうな目で黒猫は空を眺めた


              冬の日


             掠れかけた記憶の残像


            クリスマスプレゼントの想い出
























         
                        
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風に吹かれて

2016-12-04 | 
ストーブの前に座り込み
 少女はソーダで割ったウイスキーを舐めている
  僕はそうっと昔のレコードを流した
   ボブ・ディランが「風に吹かれて」を唄った
    どれだけ時が流れたのだろう
     僕はただぼんやりと天井を眺めていた
      
     どうしたの?

     少女が呟く
    僕は答えずにストレートでウイスキーを喉に流し込んだ
   少女はそれ以上何も云わず
  黙ってはっか煙草に灯をつけた
 明かりを落とした部屋に煙がゆらゆらと立ち昇る
少女の呼吸に合わせて煙がたなびく
まるで過ぎ去った記憶の残像の様に
 僕等は黙って煙の行方を眺めていた

  君の後姿を忘れない
   寒い冬の夜
    僕等は石畳の坂道の途中にいた
     君は僕を見つめてこう云った

     何も出来ないから応援だけするよ

     それだけ呟いて
    君は面倒臭そうに吸いかけの煙草を咥えて
   コートに片手を突っ込んで歩き出した
  僕は黙って君の後姿を見送った
 最後に
君は片手を上げてひらひらと手を振った
 雨がぽつりぽつりと落ちてきた
  僕は一歩も動けずに消えてしまった君の残像を必死で探した
   それが最後だった
    雨音が
     どんな哀しい音楽よりも
      僕の心を痛めつけ暖めてくれた
       何もかもが夢だった
        夢が終わりを告げる
         それは哀しくて苦しくても誰もが経験しなくてはならない儀式だ
          あの時
           僕らの時代は永遠に封印されたのだ

           お酒が飲めない君は
          薬が回るとろれつが回らない舌で
         何度も昔の話をした
        そうしてしばらくすると床の上で寝息を立てた
       君が苦しみから解放されて眠りにつく時だけ
      僕は安心して酒を飲んだ
     喉元を通り過ぎる酒が胃を焼いた
    僕は君の寝息を観察しながら
   空っぽの胃袋に酒を流し込んだ
  やるせない気持ちと迫りくる時の流れに混乱していた
 毛布に包まり
黙って酒を飲んだ

 僕には僕らの暮らしを解体して修理することが出来なかった
  必要とされる部品や道具もなかったし
   僕等はどうしようもなく壊れ物で
    まるで修理の施しようが無かった
     誰かがどうにかしろよと責め立てた
      そんなんじゃ駄目になると
       心配のあまり声を荒げた
        君は何も云わなかった
         ずうっと黙っていた
          僕は苦しくて部屋の隅っこで永遠を想った

          ラジオからボブ・ディランが流れていた

          僕には君にしてあげられることが何も無かった
         それが苦しくてやりきれなくて
        滅茶苦茶に酒を煽った
       朝まで酔いが回り
      青い月夜になる頃パンを齧った
     遠い記憶
    決して消えない記憶
   咀嚼しきれない哀しみは
  いつか懺悔しなくてはね
 君の後姿が闇夜に消えた
僕はただ何時までも立ち尽くしていた

 暮らしは流れるのだ
  日常が容赦なくその後の人生を羅列し因数分解した
   公式を忘れた僕は
    休日には酒を飲み惰眠を貪った
     疲れたのだ
      呆れるほど続く日常や
       記憶を探す深夜三時の孤独に
        いつも同じ時間に頭痛が止まない
         ボルタレンをお菓子代わりに酒を飲んだ
          君がいないから
           いくら酔っ払っても安心だった
            そんな自分に自己嫌悪して何度も吐いた
             ただ切なくて消えた君を想った


             ね、
            歌ってあげる。

           少女が古ぼけたギターを調弦した
          僕はマールボロを口にして
         紫の煙を深く深く吸い込んだ
        少女が小さな声で歌った
       まるでいつかの雨音のように優しくて切ない歌声だった

      あれからどれくらいの時が流れたのだろう

     青い月と少女の優しい声

    記憶の断層に足を取られる時

   いつだって酒と煙草と音楽に塗れた

  
  君は大切な友達だった


 僕は僕の人生と君の人生を区別できないんだ


ねえ

 苦しいよ


  君の後姿を忘れない



   けっして


    煙草に灯を点ける


     煙が風に吹かれた


      容赦なく


   
        ごめんね


           
         許されはしないけれども



          救って



          壊れそうだ


























































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白い記憶の断片

2016-11-23 | 
静かな水面
 深い井戸の底には
  きっと鳥の化石が眠っている
   我々はあの時
    夢や希望をそこに封じ込めたのだ
     いつかまた出会えることを願って
      そうして
       そうしてそれから長い年月がたった
        青い月が浮かび
         赤い月が沈んだ
          もう
           井戸の場所さえ想い出せない
            彼らは其れ等を記憶と名付け
             僕等は其れを永遠と想った

             不確かな残り香を頼りに深夜の街を徘徊した
              何時間歩いても
               途切れなく続く石畳の道は終わりを指示さない
                僕は始まりを失ってしまったのだろうか?
                 だからそれは報いで
                  哀しいくらいひとりぼっちで深夜三時にバーボンを舐めるのだろうか?
                   この現実世界で空想ばかりしている
                    君と暮らした街の空を想って

                    街の空はいつだって曇り空だった
                     重く垂れこめた雲が僕等の空想を鎮圧した
                      コイン数枚だけポケットに握りしめ
                       僕等はあるだけのワインを飲み干し
                        煙草を咥えて
                         ギターを弾いた
                          僕が伴奏を弾き
                           君がメロディーを奏でた
                            ある時はブルースで  
                             ある時はジブシースイングジャズで
                              ある時には
                               まるでコード進行を無視した前衛的な手法で
                                荒唐無稽な歌を歌った
                                 煙草とお酒が無くなるまで
                                  僕等は楽器を離さなかった
                                   窓から見える冬の空は
                                    やはり重く垂れこめた灰色だった

                                     ねえ


                                   君が煙草を咥えながらくすくす微笑んだ

                                  井戸の底には何があるか知っているかい?

                                 井戸?
                                そんなもの何処にあるのさ?

                               あの森の深い場所だよ。

                             井戸の底には鳥の化石がねむっているのさ

                            僕は酔いのまわった意識で
                           ぼんやりと君の声を聴いていた

                          いつか君が其処に辿り着いたら
                         また会おうね

                        君はそう呟いて哀しそうな目で紫の煙を眺めた
                       僕は動けずにただその声の方を探した
                    
                      全て万物は夢の産物なのさ
                     君はやがてこの眠りから覚める 
                    そうして全ての物語を忘れるんだ
                   この街の風景や
                  煙草を吹かしたこの部屋や
                 僕の存在をね。

                とてもとても哀しかった
 
               だんだんと視界が狭くなっていった

              起きるんだ
       
             誰かが云った

            やがて朝が来た

          



         不慣れな日常はあっという間に過ぎ去った
        いつだって時間の流れは不可思議だった
       起きて顔を洗い歯を磨いて
      アイス珈琲を飲み干して仕事に出た
     仕事が終わると
    ありきたりな食事を済ませお酒を飲んだ
   たまに黒いギターケースから楽器を取り出し
  古い映画音楽を弾いて煙草を吸った
 何気ない時間の流れ
日常と呼ばれる空気の胎動

 月夜に縁側に出てワインを飲んだ
  
  もし

   もしこの月夜の晩に旅に出たら
    あの森の中の井戸に辿り着けるのだろうか?

      もし

        もし


         眠り続けることが出来るのなら


          井戸の底の君に会えるのだろうか?


           白いシーツに包まる僕の耳に

    
            君の声が木霊する


             点滴を早めにしておきますね。
   
             
              看護師さんが事務的に通達する


               

                
                街では明日雪が降るらしい

                 
                 灰色の街に降り積もる白い雪

 
                  白い記憶の断片

















                              

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後輩

2016-11-18 | 
君の哀しみと虚無と絶望に
 僕は答える術を持たなかった
  夕暮れ時の赤い太陽が沈む頃
   黒猫のハルシオンと戯れながらビールを飲んだ
    何気ない日常
     何気ない生活

     切り取られた記憶の一部で君が微笑んでいる
      昨日の作為的に虚飾された現存で
       君が泣いていた様な気がしていた

        先輩、シャワー貸して。

         ショートカットの君が
          いつもの様に深夜に僕のアパートに辿り着いた
           ウイスキーを舐めながらギターを悪戯していた僕は
            半場呆れ返りながら少女の訪問を受諾する

             ご勝手に。

              後輩は勝手知ったシャワールームの温度調節に余念がない
               歯ブラシを咥えながら
                ビートルズのMr、ムーンライトを口笛で吹きながら
                 僕の存在を無視し
                  まるで自分の部屋の様にバスタブにお湯を張った
                   僕にはまるで分らない
                    ネパールの塩という怪しげな物体を湯船に撒き散らかした

                    ねえ、 
                     どうして君はいつもこの部屋にいるのさ?

                      不思議に尋ねる僕に
                       ドライヤーで髪を乾かしながら君は答えた

                       だって
                        寮の門限が早すぎるのよ。
                         おちおちビールも飲めやしないんだから。

                          そう云って勝手に冷蔵庫から冷えたビールを取り出した

                           それに
                            先輩、あたしが来なければまた独りぼっちでお酒飲んでたんでしょう?
                             寂しいよ、それ。
                              大丈夫。
                               あたしが一緒に飲んであげるから。

                                実に勝手な言い分で君は三本目のビールの蓋を開けた

                                 大抵後輩は酔っぱらっていた
                                  もちろん僕も負けずに酔っぱらっていた
                                   ビールを飲みながら
                                    窓から零れる青い月明かりに照らされた

                                    後輩は付き合っている彼氏の文句をぶつぶつ云いながら
                                     僕からギターを奪い取って勝手気ままに弾き始める
                                      中学からクラッシックを習っていた後輩の指先を
                                       感嘆の面持ちで眺めながら
                                        僕はお酒を飲み続けた

                                         後輩はビートルズの曲を
                                          片っ端から弾き飛ばした
                                           当時の僕には理解できない
                                            難解なジャズコードで
                                             信じられないくらい
                                              難解な運指を披露した

                                             どうしてさ、
                                            そんな難しい曲が弾けるのさ?

                                           呆れ返る僕の言葉に
                                          後輩は鼻で笑って、簡単よこんなの。
                                         とすっとぼけてた

                                        ある日の深夜二時の出来事だった
                                       秘蔵のウイスキーのボトルを出して
                                      僕は後輩にレッスンをお願いした
                                     後輩は悪戯っぽく微笑みながら
                                    はっか煙草を口に咥える 
                                   その煙草に愛用のジッポで灯をつけた
                                  美味そうに煙を吸い込み
                                 君は僕にテンションコードの理屈を説明してくれた

                                先輩はどうしてギター弾いてるの?

                               う~ん。
                              他にやることもないし。
                             学校の講義にも興味は惹かれないし。
 
                            それだけ?

                           音楽は好きだよ、わりと。

                          女の子には?

                         どうかな?
                        相手にも相手の都合があるだろうし。

                       先輩、好きな人いないの?

                      後輩は不思議そうに云った

                     いるよ、もちろん。
                    でもしっかり彼氏がいるしね。

                   それでもその人の事、好きなの?

                  割とね。

                 ふ~ん。

                つまらなさそうに後輩は煙に目を細めた
 
               君はどうしていつも一人でギター弾いてるのさ?
              そのくらい腕があるならおいらだったらプロを目指すけどね

             後輩は退屈そうにあくびをした

            プロって職業的音楽家のこと?

           まあ、そうだね。

          興味ない。

         後輩はグラスのウイスキーを一息で飲み干した
        
        あたしの音楽はこんな感じ

      そう云って少女は歌い始めた

     スザンヌ・ヴェガの曲だった

    青い月夜が濡れる

   少女の切ない歌声に包まれた夜

  君は眠れない夜を音楽とお酒で紛らわせていた

 僕が酔い潰れて眠りにつく朝に
君は優しく歌い続けてくれた
 難破船がやっと港にたどり着いく様に
  苦しみを抱いて
   君はこの部屋に辿り着いていたんだ
    
    だから
     眠らない君の記憶の為に
      僕は今でも歌い続けるんだ

       ごめんね

        君の哀しみと虚無と絶望に

         無頓着だった僕を

          どうか許してね

           ごめんね

            ごめんなさい

             青い月夜

              届かない

               記憶の羅列


                何気ない日常

         
                 何気ない夜に






















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11月のある日の出来事

2016-11-01 | 
中庭のベンチで
 食べかけのホットドックを齧ってコーラを飲んだ
  ホットドックを食べ終わると
   その後に何をすべきか数秒悩んで
    やはりポケットからクシャクシャの煙草を引っ張り出し
     何も考えずに火をつけた
      白い煙がゆらゆらと微かな風になびいた
       それが最後の光景だった

        食事というのは頑張って食べる物なの?

        緑色のセーターを着た少女が独り言の様に呟いた

         どうしてさ?

         だって、
          だって此処では皆が頑張って食べなさい、と云うもの。

          彼等の口癖なんじゃないかな?たぶん。

         僕はそう答えた

        あなたも頑張って食べろと云うのかしら?

     緑色のセーターから伸びた白く細い手首を眺めながら僕は苦笑した

      たぶん云わないんじぁないかな、
       だってそんな風に云われると余計に食べたくなくなるよ、僕だって。

       少女は嬉しそうに微笑んだ

     それじゃあ、あなたはわたしの共犯者になれるわ。

    友達じゃなくて?

   僕がそう云うとくすくす微笑んで彼女は煙草をくわえた
  丁寧にマッチをすって僕はその煙草に灯をつけた
 ありがとう、と少女は云って不思議そうに僕の顔を見つめた

どうして困った顔をしているの?

 少女の問いにゆっくり考え込んでから僕は答えた

  たぶん此処でそんな言葉聴いたのが初めてだったからじゃないかな。

   ありがとうの事?

    そう、それ。

     ありがとうって人に云われたのたぶん久しぶりすぎてね。

      ふ~ん。
       そうね、此処ではそんな言葉あまり聴かないものね。

        少女は奇妙に納得して
         ありがとう、どういたしまして、と魔法の言葉の様に繰り返した

          僕等はくすくすと笑った
           食堂のおれんじ色の蛍光灯の下で暖かな紅茶を飲んだ
            少しだけしあわせな気分に浸れた
             優しい夜の空気
              親密な世界が構築された
               それが虚構の産物だったとしても
                それでじゅうぶんだった
                 だって世界は虚構そのものだったから
                  僕等は好きな世界を選んだのだ
                   たとえ誰かが頑張れと云ったとしても
                    それがどれ程までに無慈悲な想いなのか
                     嫌というほど味わって
                      僕等は此処に辿り着いたのだから

         少し肌寒くなってきた中庭で
        ベンチに腰かけ僕はギターを弾いていた
       退屈すると煙草を吸い
      それからまたギターを悪戯した
     ぱちぱちと小さな拍手に驚いて顔を上げると
    正面に座り込んだ緑色のセーターを着た少女がこう告げた

   あなた音楽好き?

  たぶんね。

 なにか弾いて。

少女はそう云って目をつむった
 僕はバッハのプレリュードを弾いた
  少し調弦が狂っていたけれど
   少女は気持ちよさそうに身体を揺らした
    それからヴェルヴェト・アンダーグランドの
     スィート・ジェーンを弾いた
      少女は楽しそうにギターに合わせて口笛を吹いた
       それがいつかの11月のある晴れた日の出来事だった
        少しだけ優しい記憶の11月のある日の出来事だった

         それからたまに中庭でギターを弾いていると
          静かに少女が現れるようになった
           いつもの様に彼女は音楽に身体を揺らしていた
            僕は少女に何も聞かなかった
             彼女も僕に何も聞くことはなかった
              それは此処の暗黙のルールだった
               僕等は深く傷ついていたし
                ひどく混乱していた
                 ただ音楽と煙草と暖かな紅茶があれば満足だった
  
                 それがある日の出来事だったのだ

                 僕はまだひどく混乱している
                  もうあの日の光景がしっかりと想いだせない

                  ある日少女が云った

                  あなたが此処を去る日が決まったわ。

                 どうして君には分るのかい?

                どうしてもよ。
               あなたはあの人たちの面談を受けて
              全てに答える事が出来れば此処を去るのよ。

             僕には全ては答えられないよ。

            大丈夫、今のあなたならね。

           君はどうするの?

          わたしにはまだ此処が必要なの。
         もう少し時間がかかりそうだわ。

        ねえ、いつかまた会おうよ。

       そうすることは出来ないの。決まりなの。
      あなたも分っているように。

     僕は泣きたい気持ちになった

    わたしはあなたのギター好きだったわ。
   たぶんこれからもずっとね。

  ねえ、音楽好き?

 うん。

よかった。

  ね、
   ありがとう。

    少女は静かに立ち上がってそう云った

     彼女の姿を眺めその影が消えるまで見つめた
      それからやはりポケットからクシャクシャの煙草を引っ張り出し
       何も考えずに火をつけた
        白い煙がゆらゆらと微かな風になびいた
         それが最後の光景だった

          それがある日の出来事だった

           
          それがいつかの11月のある晴れた日の出来事だった
        少しだけ優しい記憶の11月のある日の出来事だった



















                         
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