決戦!「愛国教育」vs「自虐史観」 でも「実はそっくりさん?」対決

2017年07月15日 | ちょっとまじめな話
 「愛国心」は自国文化の相対化から生まれる。

 というのは、このあいだ話した(→こちら)私なりの「国を愛する」ための重要事項である。

 相対化というとこむずかしそうだが、平たく言えば、

 「よそさんから見たら、こう見える」

 という視点を持つことであり、その過程を経ずして「国を愛そう」なんて言っても、ただの偏狭なナルシシズムにすぎず、北朝鮮のニュース映像とさして変わらないのではないかといいたかったわけだ。

 こういう話をするとよく、

 「なんだその軟弱な意見は。そんなヤカラがいるから、この国はダメになるんだ!」

 と、怒られるケースと、

 「その通り! 愛国主義など戦争への道まっしぐら。君が代も日の丸も反対です!」

 なんて賛成(?)される場合がある。

 前者は、いわゆる「右寄り」の人で、中でもオラオラ系の人。

 一方後者は、国語の授業で芥川も川端もそっちのけで、「小林多喜二が、いかに凄惨な殺され方をしたか」について教えてくれた、我が母校大阪府立S高校の先生方のような面々だ。

 誤解してほしくないのは、私は別に愛国をはじめ、なにかを愛することにケチをつけているつもりはない。

 「世の中のことのほとんどは、《どっちでもいい》ですませられる」

 という、東海林さだおさんも敬愛するデンマークの哲学者、ノータ・リンバレール先生の思想を重んじる私は、

 「世界の神羅万象は、これすべて『正しいもの』などないのだから、どんな思想に関しても基本的には『あり』だけど、そこに疑いをまったく持たないマッチョな姿勢は、左右問わず暑苦しくてイヤ」

 と言いたいだけ。

 戦争とか虐殺とか、世界の破壊の多くは「嫉妬」「怒り」「偏見」「不寛容」といった感情を「正義」「神の意志」「義憤」「文明化」などなど、外面の良い脅迫的な単語に変換するところから生まれるわけだから、そこさえ気をつけているのなら、あとのことはわりと右だろうが左だろうが、「なんでもあり」である。

 私から見れば、イデオロギーなんて、しょせんは好き嫌いというか趣味みたいなもの。他人の趣味にケチをつけるのは、それこそ趣味ではないのだ。

 ただ怒られついでに思うことは、こういう「思想的主張」がはげしい人と話していて思うのは、

 「極右と極左って、結局のところは同じだよなあ」

 という、今さらながらのこと。

 それを一番感じるのは、昔から続いている「愛国心」と「自虐史観」のバトル。

 かたや「日本は世界に誇れる国だ。なにも他国にペコペコする必要はない!」

 と胸を張り、もう片方は

 「われわれはかつて悪いことをした。謝罪すべきだ」

 半沢直樹ばりの土下座アピール。

 イデオロギー的なことには全然興味のない私だが、そんなスーパーノンポリ野郎からすれば、「愛国教育」と「自虐史観」はチックルチーコのような、一見「似てない」けど、双子のきょうだいに見える。

 「自虐史観」って、要するに「愛国」をくるんと裏返しただけでは。

 あんなに「俺たちはダメだ」「我が国は反省すべきだ」って日本のことばっか考えてるって、かなりなナルシシズムだもの。

 たとえていえば、

 「オレ、自分のこと大っ嫌いだ。生きてるだけでだれかを不幸にする……」

 って頭をかかえる中学生男子とか、

 「みんな、ゴメンネ。アタシは汚れてるの。こんな醜い子はだれにも愛されないから、死んじゃえばいいのよ!」

 ってニコ生とかで放送してる女子高生見たら、本人の悩みはともかく、ハタの人はまあたいてい思いますよね。

 「いやいや、どんだけ自分のこと好きやねん!」

 「自分大好き」が「オラオラ」か「こじらせ」かだけで、ベクトルは真反対だけど、言ってることは似たようなもんというか。

 つまるところ、「右翼」の愛国は「ヤンキー」であり、「左翼」の愛国は「メンヘラ」。

 前者は「オレ最強」なパーティー感が楽しく、後者は「あたしって、そこいらの平凡なやつらとは違う、ちょっと病んでて変わった子」というプライドが満たされる。

 ベクトルがちがうだけで、双方同じことを言っているように見えてしまうわけだ。行き過ぎると、中2感がバリバリになるところも似てる。

 ちなみに過剰な「愛国」に「自虐」はないようだがそんなことはなく、「自虐」しなければならない部分を見たくないから(南京がどうとか関東大震災の後がどうとか)、過剰にふるまってるだけ。

 北村薫先生言うところの、

 「傲慢で居丈高であることと、繊細で傷つきやすいことは、決して矛盾しませんからね」

 攻撃は最大の防御と言うことか。

 パンキッシュに決めている女子とガーリーな女の子が、見た目は真逆だけど「オシャレ」という意味では同じように、

 「日本大好き!」

 では共通しているんだから、仲よくすればいいのにと思うけど、たぶんそれは「近親憎悪」という感情がからんでくるから、無理なのかなあ。


 (「愛国と同調圧力」編に続く→こちら



ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« トーマシュ・ベルディヒ、ウ... | トップ | カラオケの「無理やり一曲歌... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

ちょっとまじめな話」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。