『マネーボール』の「セイバーメトリックス」とは何か? 鳥越規央『9回無死1塁でバントはするな』 その3

2017年03月13日 | スポーツ
 前回(→こちら)に続き、鳥越規央『9回無死1塁でバントはするな』を読む。

 「高校野球はバントしすぎでは」

 という積年の疑問に対して本書が、

 「試合の中でのどんな場面でもバントは損」

 という冷徹な数字で解答をはじき出してくれた話をしたが、そこで思い出したのが、昔読んだあるスポーツノンフィクションのこと。

 『スクイズ、フォーエバー』と題したそれは、『江夏の21球』で有名な山際敦司さんの作品。

 主人公は、北海道にある東海大四高の野球部元監督、三好泰宏さん。

 三好監督の采配には、ある特徴があった。それは、

 「スクイズのサインを出さない」。

 いや、スクイズのみならず、そもそもどんな局面であれ、いっさいバントのサインは出さないのだ。監督曰く、


 「あそこでスクイズをしていれば」なんて評論家はいうが、選手はそんな後ろ向きなことは考えてはいけない。

 スクイズの成功率は良くて50%かそれ以下で、失敗するとダメージも大きいし、選手もつらい。

 取れるのはたった1点だし、1死もあげてしまう、チャンスでスクイズなんかしてて長い人生やっていけるのか、第一バッターは打たせればホームランを打つかもしれないではないか……。



 そう聞くと、三好監督の思想は、まあ正しいように思える。

 ただ、山際さんの筆は「理屈である」「間違ってはいない」としながらも、どこか三好采配に懐疑的である。それを証明するかのように、出してくる例は、たとえば昭和53年の春のセンバツ、対広陵高校戦。

 この試合で2ー4とリードされた8回表、無死1、2塁のチャンス。バッターは2番。
 
 そこで強打を選択した東海大四は凡打の後ヒットが出るも1点止まり。いわゆる

 「送っておけば同点でしたね」

 解説者が、よく残念そうにいう場面だ。

 一方、その裏広陵は1死からランナーを確実にバントで進め、だめ押し点を奪う。

 9回、東海大四は同点にし、さらに1死満塁のチャンスで強打して無得点。

 スクイズしとけば……と、言葉にはならずとも言っているようなものですね。

 意地張らずに、バントしとけよ、と。

 さらに山際さんの筆が意地悪なのは、翌56年の春、対延岡工業戦。

 ここで東海大四は、打力に自信のない延岡工業のバント、バント、スクイズ、スクイズ、スクイズという「5連続犠打」など、徹底したバント作戦に1ー8という大敗を喫する。

 それでも、


 「せめて甲子園に出てきたときぐらいスクイズなしで思い切ったプレイを展開してほしい」


 と語る三好監督に山際さんは、


 「かたくななまでに、監督は自分の野球感を変えなかった」。


 クライマックスは、春のセンバツをかけた秋の大会1回戦。

 1点ビハインドの苦しい局面。ランナーを3塁に置いたところで、苦悩の末とうとう三好監督がスクイズのサインを出してしまうというところで物語終わる。

 なんとか逆転勝ちをおさめたあと、それでも「バントなんて」とこだわる監督。


 「こういう監督が一人くらいいてもいいじゃないか。なあ……」

 つぶやくようにいってみた。

 誰にも聞こえなかったようだ。

 返事はなかった



 とあるのだが、ここまで言えば私がこの作品のことを思い出したわけが、もうおわかりであろう。

 ここで山際さんは、三好監督のことを、

 「自分のこだわりや哲学に準じて損な生き方をしている、ガンコな昔気質の職人」

 として描いている。そしてその様は、言葉は悪いが愚かである。が、その愚かさこそがむしろ美しいのだ。

 といった筆さばきなのであるが、ちょっと待ってくれと。

 そう、セイバーメトリックス的に言えば、三好監督の作戦はべつに間違っていなかったのである。

 損な生き方どころか、ランナーが出たら「確実なバント」をせずに打たせるというのは、「かたくな」どころか、むしろ合理的な選択。勝つために確率の高い作戦なのだ。

 もちろん東海大四は広陵に負けた、延岡工業のバント作戦の前に屈した。

 でもそれは、多くある試合のうちの、たまたまそれが甲子園の舞台にあらわれてしまっただけで、単に一発勝負の勝ち運がなかっただけかもしれない。

 データ的には、采配のせいで負けたわけではない。

 ベストを尽くしたのに負けることもある。でも、それはあくまで「時の運」。長期的な視野に立って見れば、

 「バントより強打」

 こそが、確実に得点を上げる方策なのだ。少なくとも確率的には。

 それを、「高校野球はバント」という「常識」に皆がとらわれていたばっかりに、結果的にとはいえ、合理的でクレバーな考え方をしていた人が、

 「融通の利かないガンコなお人」

 みたいにあつかわれる。たった2試合の敗戦に、なまじインパクトがあっただけに。

 全然ちがうやん!

 むしろ、スクイズよりも強打を優先させたからこそ、東海第四は何度も甲子園の土を踏むことができたのかもしれない。

 それはわからない。いろんな世界の「成功の法則」や「勝利の方程式」が、

 「ランダムネスに支配されまくった、壮大なる結果論」

 であることは、統計や心理学、経済などの本を読めば、よく書いてあることだ。だから、どっちが「正しい」かは判断できない。

 ある意味、だからこそ賛否両論あれ、セイバーメトリクスの価値があるともいえるし、逆に「数字の問題じゃない」ともいえる。

 ランナーが出たらバントで送るべし、3塁にいったらスクイズ、強打は「かたくな」、という「正解」をあらかじめ設定し、そこにすべてを合わせて書かれた山際さんの文は、今の視点で見ると、また別の解釈も可能だ。

 
 

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