小林美希の取材日記(つぶやき)

取材を通して思う素朴な疑問や、日々の出来事を紹介します。 

1999年2月某日

2017-06-13 00:35:26 | Weblog

 1月25日の朝日新聞の1面にあったのか、そんなメモもあり
 「権力への監視と批判は新聞言論の不変の使命」と私のノートに綴られている。


 2月、朝日新聞のセミナーを受けていた。ここで、新妻義輔さんの講義を再び聞くことになる。

 以前、週刊エコノミストの編集後記にも書いた「もがくカエル」は、この日に聞いた話だ。
 当時のノートをここに記す。


 新聞はもう1つの口
 国民と共に、国民の中に根をはる新聞、国民の共有財産が老舗

「もがくカエル」は新聞記者 砂をかむような仕事

 牛乳瓶の中に入ってしまった3匹のカエルがいた
 楽観主義のカエルはただ助を待っていた
 悲観主義のカエルはもうダメだと何もしないでいた
 現実主義のカエルは、じたばたもがいて抜け出そうとしているうちに、牛乳が固まって外に飛び出ることができた

 楽観主義も悲観主義もダメで、現実主義で、もがくこと 身を粉にしてコツコツ動き回る
 努力るす天才であれ

 最高の力を常にいかに発揮するか
 普通の人が気づかないことを一歩先に読み取る

 志、こだわり、勇気

 踏むべき茨の道を踏め
 簡単に挫折、諦めないこと 希望を持ちすぎないこと

 ジャーナリストは当事者ではなく、観察者で静かに事実をつかみ取る
 うけをねらう役者でもなく、雰囲気にのまれてしまう観客でもない

 私憤ではなく、公憤に基づいて考え動く
 
 (自身の経験談)
 1969年、森永ヒ素ミルク事件を追っていた。大阪大の医学部 追跡調査をしていたことスクープ
 記者会見 何%の人が後遺症があったかと質問すると、「「%」で人間をはかるのか、弱者のためは嘘」と言われた。1人でも苦しんでいる人がいたら、それは弱者。

 戦争と軍事はいけない。知性と理性で解決

 戦争ほど新聞にとっての天敵はない
 
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