カルカッタより愛を込めて・・・。

アピア40にて9月6日{水}に歌います。良かったら来てください!

ボランティアのためのミサ。

2017-01-25 18:15:35 | Weblog

昨日は夕方の4時からボランティアのためのミサがあった。
そのミサをジョンがあげた。
ミサの間、亡くなったボランティアの名前が言われて行く中にジュリアンの名前を聞くと、胸に詰まる思いになった。
ジュリアンは素晴らしいプレンダンのボランティアだった。
本国のスペインで列車事故にあい、亡くなったが、それまで何年もの間、プレンダンでボランティアをしていた。
今プレンダンのボランティアのための休憩場にはジュリアンズ スクエアと大きな札がある。
もうその意味を知るボランティアは少ないが、私はそれを見る度、ジュリアンを思い出し、胸を熱くし、ジュリアンのために祈る。
それからアイリッシュのジョンとメリーにモニカハウスの夕食に招待された。
ジョンやカーリーガートで長い間ボランティアをし、今は障害者とともに生活をしていらドイツ人のアンディやファビオ、ファビオの母、パスカーレも来た。
この夜はテレサの最後の夜だった。
テレサはみんなのためにスイーツを用意していてくれた。
モニカハウスの食事は美味しくて少し食べ過ぎたくらいだった。
私と左にファビオがいて、前にパスカーレ、右にジョンがいた。
ファビオとはグジャラート震災の時にカルカッタから一緒に行った、その時のトイレのことで大笑いした。
と言うのは、トイレがないので、みな便をする時は、荒野のような場所を歩いて行き、用をたした。
歩いて行く途中、グットモーニングと挨拶しながら行き、日に日に、そのトイレの場所は新たな場所を探すため、どんどん遠くなって行った。
そして用を足した後はエチケットとして、大きめの石を載せるようにみんなで言い合った。
私はイタリア人のロレンツォにサソリとヘビに気を付けるように言うと、彼は怯えていた、そんな話をみんなにして大笑いした。
後、ファビオはプレンダンのシスターが変わったことでテツはラッキーだと笑っていた。
と言うのは前にいたシスターは患者に触れもせず、運んで来た患者を降ろそうとタクシーのドアをボランティアが開けたが、そのまますぐに締め、駅に返されたりしたらしい、たぶん、それだけではないだろうが、それを聞いて、私はほんとうにラッキーだと思った。
それから、ジョンも交え、ジュリアンの想い出話をした。
多く人から愛されたジュリアンだった、患者たちからはもちろん、ボランティアからも、シスターたちからも愛されていた。
ジュリアンも大きな大きな愛を持った人だった。
出逢えて今もなお、ほんとうに嬉しく思い、感謝している。
テレサとは思いっきりハグをして、写真を一緒に撮った。
良い写真を撮れた。

今日シュシュババンのオリエンテーションは日本人1人、それも2度目の人なので、簡単に話をし、4時にモニカハウスを出て空港に行くテレサを見送りに行った。
ジムとパスカーレがいた。

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