カルカッタより愛を込めて・・・。

アピア40にて9月6日{水}に歌います。良かったら来てください!

キープ クリーン。

2017-04-25 15:50:11 | Weblog

 私は普段から綺麗好きと言えば、綺麗好きであろう、それはインドでも同じにようにしていた。

 仕事から帰ってくれば、必ずシャワーを浴び、服を着替え、なるべくその時に汚れたものは洗濯し、陽の高い内にホテルの屋上に干すようにしていた。

 また日本と同じように外履きと部屋履きを区別もしていた。

 コルカタの路上はどこも日本のトイレ以上に汚れているので地べたにも決して座らないようにし、バッグも置かないようにしていた。

 そのバッグは一週間に一度は必ず洗い、また患者を運んだ日にも洗っていた。

 こうしていつも私が清潔にしていると、いつの間にか同じホテルに住むアメリカ人のケンは自らのバッグを洗っていた。

 ちなみにケンはそのバッグを二ヵ月ぶりに洗ったとのことだった。

 私の綺麗好きはだんだんと周りに知れ渡って行った。

 アメリカ人のメギンもカバンを洗い、綺麗になったカバンを私に見せたりもした。

 アルゼンチン人のイネスは何度注意しても地べたに座っていた、その度、私は「ここがアルゼンチンであれば良いけど、ここはインドだ」と言った。

 そんなイネスもだんだんと私の綺麗好きが移ったのか、夕方まで同じ服を着ているメキシコ人のべッティーに「服を変えていないとTetsuに叱られる」と言ったりしていた。

 またスペイン人のボルカは洗濯物を溜めているとイネスから聞き、彼は私がそれを知ったと知ると、私に会う度、「このTシャツは綺麗なんだ」と言うようになった。

 終いには私がプレムダンの休憩所で日本人の子たちと話している時、私はそこの階段に座っていたことをイネスに密告するボランティアもいて、私とイネスはクスクス笑った。

 ケンは一週間に一度部屋を大掃除する私をまねて一週間に一度ではないが掃除をするようになった。

 ケンのガムチャが一週間以上屋上の干場に見えないので、新しいものを買ってあげ、「二つあれば毎日洗濯出来る」と言うと、「ばれたか」と笑った。

 あとケンは洗濯物を乾いたらすぐに取り込まないので良く風で落ちていた、それを良くまた干してあげもした。

 何度も続くので洗濯バサミを買ってあげ、彼のドアに掛けておいたりもした。

 ただ私は彼の洗濯物が落ちているのを見るのが嫌だったからであった。

 私自身も私の綺麗好きに嫌気がたまにさしたりもしたが、カルカッタではやはり怠け者から病気になっていくことも痛いほど知っているので、毎日休まずにボランティアするために清潔であることは続けた。

 そのお蔭であろうか、私は三ヶ月間一度として病気でボランティアを休むことはなかった、午後のオリエンテーションも日曜の日本人のシェアリングも休まなかった。

 私の希望を神さまは叶えさせてくれた。

 思う存分に働かせてくれた。

 ボルカは私がカルカッタを去る朝、別れのハグをしたあと、「このTシャツは綺麗だから」と最後まで言っていた。
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