カルカッタより愛を込めて・・・。

コルカタより桜咲く日本に帰ってきました。

写真のこと。

2017-04-21 18:08:51 | Weblog

 写真を見る人はどんな風にその写真が撮られたものなのか、そのすべてを知る由はない。

 私がカルカッタにいる時、シアルダーにはMCの修道会ではないフランス人の司祭を良く見た。

 彼には問題があったと聞かされていた。

 彼の問題{警察沙汰}の解決のためにMCのブラザージェフなどは働いたと聞いていた。

 今私がこれから書くのはその問題ではなく、私がいた時にアイリッシュのバーニーが直接彼を国の病院のエマージェンシールームで見かけた時のことである。

 彼は路上から瀕死の患者をそこに運んでいた。

 瀕死の患者と彼の周りには路上の子供たちが数人いて騒いでいた。

 そこで彼はその瀕死の患者の写真を撮りまくっていたとのことだった。

 ジャーナリストであれば、それは良いとは言えないが仕方のないことかも知れないが、司祭である彼が何故そのようなことをする必要があるのか、私にも理解不可能だった。

 もし彼がそうした写真を集めて写真集でも出しているのであれば、それは如何なものであろうか。

 カルカッタの何を伝えようとするのか。

 何も知らない人たちはその瀕死の写真を見て、何を思うのであろうか。

 写真は嘘は付かないが、すべてを語っているとは決して言い切れないと思えないだろうか。

 もちろん、写真がすべて問題であると言っているのではない、ただ疑問を抱いても良い場合もあるのではないかと言いたいだけである。
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