ファーザートムが無事に解放されたが、それはどう無事であったのか、私たちは感じ考えなくてはならない。
MCシスター4人を含む、16人が殺害されたのを目の当たりにし、自らの命もいつ消されるのかも分からずに続いた一年半以上の日々のなかから生まれた無事であると言うことを。
殺害を目の当たりにした日にすでにそれ以前の彼とは違う彼に、良い意味、良くない意味ではなくに関わらず、なってしまったのではないだろうか。
同じ日に自らも死んだ方が良かったとふと考えたことはなかったのだろうか。
テロリストの拘束の日々とは如何なるものか。
その途方もない苦しみの日々に神さまは彼に何を与えたのだろうか。
司祭の居なくなったイエメンにシスターたちのために来た彼のうちの神さまの愛は今もその輝きを放っているのだろうか。
マザーの奇跡を喜ぶと同時に彼のために祈りたい、また新たにマザーに彼のための祈りを乞う。