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立命館の再生を願って

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no68 立命館常任理事ならびに関係各位へ

2017-04-05 22:09:04 | 立命館の再生を願って
NO68常任理事ならびに関係各位へ
この間の学園混乱の経緯を踏まえて、理事選出にあたって確認しておくべきこと
2017年4月6日 ジャーナリスト・元立命館総長理事室室長 鈴木元

※この原稿は、私の立命館問題専用のブログ、インターネットで  スズキ ゲンさんのブログ  と検索すれば出てきます。毎週概ね1000件のアクセスがあります。

(1)現場の批判の声に押されて、陰山英男立命館小学校校長顧問は辞職、蔭山成利学校長は異動ということになった。
1)陰山英男小学校校長顧問は辞職、蔭山成利学校長は異動
立命館小学校におけるハラスメント問題について、陰山英男校長顧問は辞職と言う形式、蔭山成利学校長は附属校一貫教育研究・研修センター長への異動と言う形で実行された。これで少なくともパワハラ実行者が立命館小学校からいなくなったという点では職場の皆さんの願いが実現した。この問題を自らの事として取り上げられた全学の教職員の皆さんの奮闘に敬意を表する。ところで両名への処遇としては、どうなったのか、いずれも「厳重注意」ということで処分されていない。
2)陰山英男氏は、社会的には校長顧問を辞めて、立命館の小学校教育の在り方について総長や理事長に大所高所から意見を述べるとされる、立命館こども顧問委員会に就任することになった。馬鹿げている。この委員会は立命館小学校が創設された時、その社会的な権威づけを行うために設置されたもので、委員は京セラの稲盛和夫会長などの社会的著名人によって構成されている。これだけのパアハラを行ってきた人物に立命館が教育者としての箔をつけてやるというのである。
3)蔭山成利氏は、附属校一貫教育研究・研修センター長、つまり立命館の一貫教育の在り方について研究し方向をだしたり、教員に対する研修を行う部署の責任者である。彼が附属校の教員に対して何を研修するというのか。こういう人事は、いつもの森島朋三専務のやり方である。自分の配下の人物が誤りを犯しても処分せず、異動させ、そのことによって自分に責任を及ばないようにするとともに、ほとぼりが冷めた時に、新たな任務に付ける。そのことによって、より自分に従う人物として確保するというやり方である。今回はこのような措置で見過ごしてはならないだろう。
4)守山の副校長は? 森島朋三専務によって守山中高等学校副校長として配置され、今回、同校教員の不適切な行為に対応したが、その中で保護者の分を含めてプライバシーにかかわるメール情報を大量に流してしまった副校長はどのように扱われるのか明確にされなくてはならない
5)川崎昭治常務、森島朋三専務の責任問題はどうするのか
①川崎昭治常務の解任は避けられない
守山高校事件への対応、立命館小学校パワハラ事件、こうした事件への不手際な対応を繰り返す中で、とどのつまり自ら公開の公式集いの場でセクシャルハラスメント発言をおこない責任を問われている川崎昭治常務への処分はどうするのか。あれこれの理屈をつけてかばいだてする森島朋三専務流人事を追認するのか、長田豊臣理事長の責任が問われている。
②森島朋三専務は懲戒解雇の上、賠償責任を果たさなければならない
一貫教育部門の事実上の最高責任者である森島朋三専務自身はどのように責任を取るのか、これら一連の事件は彼の管理運営責任下で起こった問題であるが問題にされていない。それどころか、彼が、直接執行した長岡京キャンパス購入と土壌汚染問題についてはまったく問題にされていない。この問題については既にNO66ならびにNO67で記しているので同じことは繰り返さない。深草キャンパスの売却にあたっては森島朋三専務のウソにより当初予算より14億円も少ない収入しか入らず、当初予算よりも14億円も余分にかかった。また長岡キャンパスの土壌汚染の除染処理で、支払わなくてもよかった12億円もの費用を余分に支払った。これは懲戒解雇ですむ問題ではなく、立命館に対して賠償責任が問われる問題でもある。現在、立命館は大阪成蹊学園を相手に立命館による土壌汚染除去を根拠に損害賠償請求裁判を起こしている。もともと譲渡一年以内であれば大阪成蹊学園が調査し除染することが義務付けられていた。にもかかわらず立命館はこれを求めず自らのお金を使って鹿島建設に除染させたのである。この裁判は、監査などで12億円の支出について問われた時のために「裁判を起こしています」とのカモフラージュで行ったものと推察される。「勝てば儲けもの」「負ければ、裁判所の判断でそうなりました」と自分たちの責任を逃れるため訴訟にしたものであると考えられる。足羽衣史に対する不当支払いを文部省から止めさせられたのに対して、足羽側からの裁判に敗訴し、裁判所から支払いを命じられて支払ったのと、同様の性格・手口である。
常任理事会の一部には「購入は理事会で決定した」とか「汚染問題の裁判は常任理事会で報告された」とか、彼をかばいだてする意見があるらしい。それは傷をなめ合う意見であり、結果的には誰も責任取らない意見でもある。常任理事会は、この際「膿を出し切る」という点でケジメを付けるべきであろう。
5)一貫教育部門は総長ならびに担当副総長の管轄の下に置く。
長岡京キャンパスを巡る問題をはじめ、この間の附属校を巡る一連の異常事態は、附属校の所轄を総長ではなく理事長・専務の下に置いてきたことが管理運営上の最大の問題であった。この際、現状の制度を改め、附属校の所轄は総長ならびに担当副総長の下に置くべきである。さしあたって川崎昭治常務は解任し、一旦、一貫教育担当常務は空席にすべきであろう。
ただし、これだけ大きな規模となった立命館の附属校体制において、長期にわたって担当の専任常務が居ないということは実態に合わない。したがつて以前に記したことであるが、附属校の教育現場を知る校長会等が、校長経験者の中から一貫教育担当常務理事候補を複数推挙し、総長がその中から1名に絞って理事会に推薦し決定して任命するというやり方に変えるのが妥当だと考えられる。
(2)理事改選にあたって、さしあたって確認しておくべきこと
 7月に理事の改選が行われる、本来、前回、さらに遡れば2007年の理事選挙以降、きちんと改革すべきであったが、まともな検討もされないままに時が過ごされてきた。前回理事選挙の後「役員の在り方検討委員会」が発足した。そこでは事実上、APUからの理事の選出の在り方に議論が終始したが、それも結局、うやむやにされた。理事会の改革を恐れる長田豊臣理事長、森島朋三専務による意図的な時間稼ぎであったと言わざるを得ない。理事選出にあたって、評議員選出などが既定事実のごとく始まろうとしている。したがつて今回の理事選出にあたっては、抜本的な改革は時間的に難しい。しかしこの十年来毎回、長田豊臣理事長や森島朋三専務たちが意図的に「時間がない」というやり方で改革を先延ばしにしてきたことは許されない。一方学園の正常化を求めてきた人々も総長選挙に際しては、選挙規程の改革を求めて闘ってきたが、理事並びに理事長の選出に関しては具体的に改革方向を提示し、その実現を求めてこなかったことについても自己反省すべきであろう。
始まろうとしている評議員選挙において、学園の改革を願う人々は、1人でも多く当選するように努める必要があるだろう。そうした点を押さえた上で、現時点においては以下の2点について明確にしておきたい。
1)理事会における学内優先の原則の復活
立命館の理事会構成の最大の問題は「学内の選挙で選ばれた理事」が、総長と立命館大学の学部長(13名)のみで計14名/41名中である。
立命館は、文部科学省から「理事の数が多すぎる」と指摘されてきた。それは選挙で選ばれていない理事の数を削減することによって解決すべきである。ところが事態の進行は逆で、この間一貫して選挙で選ばれていない理事が増やされてきて、いまではその数が圧倒的多数となっている。
大阪茨木キャンパス(OIC)購入のように、全学構成員の過半数を超える5学部(法学、産社、国際、経済、理工)の教授会・学部長理事が反対していたにもかかわらず、学外理事の数も借りて「多数決」で購入移転が強行された。今またグルーバル教養学部(仮称)設置をめぐって、立命館大学の学部の過半数を超える7学部の教授会・学部長から「慎重にすべき」との意見が出されているにもかかわらず強行しようとしている。OICの場合はサッポロビールならびに竹中工務店との密約、グローバル教養学部(仮称)では安倍首相への大きな「符度」である川口清史前総長の約束を学内意見より上に置くことによって学園に混乱をもたらしている。
OICでは当初からの予測通り、経営学部、政策科学部では多少志願者は増えたが、その程度のために400億円を越える資金を使い、さらに収支プラスマイナスゼロに近いと予測される総合心理学部、そして今、収支でマイナスの危険のある「ANUとの共同学位学部」であるグローバル教養学部(仮称)の創設を進めようとしている。
大阪茨木キャンパスは現在でも維持のために、毎年新たに30億円にもおよぶ支出増が必要となっており、学園財政への負担がボディーブローのように効いてきている。
今回の「役員の在り方検討委員会」などでは、学外理事から「学部長理事などは、あれこれ批判的な論議はするが決定できない」「学外理事にも常任理事会に出席させるべきである」「学部長理事の数を減らすべきである」などの暴論がふりまかれている。それらの主張をしている方々に問い質したい。「貴方がCOEや社長を務めている会社では、社外理事は何人いるのですか、例外的な数しかおられないでしょう」。教育・研究に携わらず、その実情がわからない人が、学内では少数者となっている長田豊臣理事長や森島朋三専務などのいい加減な提案に賛同して多数決で押し切り、学園に混乱をもたらすようなことは止めるべきである。そのためには戦後の立命館の改革の立役者であった末川博総長時代に確立し、2005年まで実行されてきた、学内理事会(常任理事会)の意向を尊重した学園運営に戻すことを確認すべきである。
もう一度、学外理事の役割について考える必要がある。学外理事は、学内において選挙などの基盤をもたない理事長などが恣意的な学園経営を行い、健全な財政運営から逸脱した場合、社会的な立場から責任を質すという役割があると考えられる。にもかかわらず、この間、理事長派のサポート役に徹してきたことを自戒するとともに、より社会性、公正性を発揮するよう求められていると考えるがいかがなものか。
2)理事長と総長に意見の相違が生じた場合は、総長の意思を尊重すること
 教育・研究を使命とする大学の運営は、教学の責任者である総長と経営の責任者である理事長が車の両輪として協力し合って運営にあたる必要がある。しかしそれぞれの選出基盤が異なったり、個人的に判断が違って居たりして、両名の意見が異なることが生ずる場合もある。その場合は大学の目的・性格を踏まえ、理事長は全学の選挙によって選ばれている教学の最高責任者である総長の意見を尊重することが大学を円滑に運営していける方法であることは、全国の大学で歴史的にも確かめられていることである。
 総長、理事長の意見の相違による混乱を避けるためには、予てから関東の主要大学で実施されているように総長に選出された者が理事長を兼ね、それを補佐する形で副理事長や専務理事を配置するようにすべきであろう。2004年に国立大学ならびに公立大学が国や自治体から独立した法人になるにあたって、総長が理事長を兼務するという方式が採用された。
ところが立命館においては2016年1月1日に吉田美喜夫総長が発足するにあたって、吉田美喜夫総長は総長選挙での対立・分裂の傷をいやすために、和解策として総長選挙において自らに対立する形で、長田豊臣理事長・森島朋三専務が担ぎ出した渡辺副総長ならびに是永APU学長(副総長)を4名の副総長の内の2人の副総長とした。ところが吉田美喜夫推総長が推薦した残る2名の副総長候補については、長田豊臣理事長ならびに森島朋三は反対し、理事会において学外理事の数の力も借りて否決した。これば100年を超える立命館大学の歴史上初めての暴挙であった。
その上、総長が任命した学長特別補佐(非理事)については、森島朋三専務等は常任理事会にも出席させず、役員室に机も与えないという妨害を続け、学園改革を足踏みさせてきた。
改めて言う、長田豊臣理事長ならびに森島朋三専務は理事として、どこにも選出基盤は無い。
長田豊臣氏は、文学部学部長や総長に選出されて理事となっていた。しかし総長退任以降はどこにも選出基盤は無くなった。川口清史前総長が総長推薦枠10名の1人として長田豊臣、森島朋三を理事に推薦し、理事会において川口総長が長田豊臣を理事長に推薦し、それに続き長田豊臣理事長が森島朋三を専務理事に推薦した。しかし2010年、2013年の理事長選出に当たり、一時金カットや慰労金倍額などに対する学内からの批判の高まる中で川口清史前総長は長田豊臣氏を理事長に推薦できず、2010年には当時の副総長の1人を理事長に推薦したり、2013年には学部長理事との相談上「当面、私が総長と理事長を兼務する」との提案を行った。ところが森島朋三専務「川口総長の健康が心配です」との一言で、川口総長は提案を翻したために、学部長理事は「任期で学部長を退任するN氏」を急遽理事長候補として推挙した。しかし長田豊臣理事長、森島朋三専務は学外理事の数を頼りに、それもつぶし、学外理事の一人が長田豊臣氏を理事長に推挙したのである。その時、長田豊臣氏に投票した学部長理事は2名/13名のみであった。全学の選挙で選ばれた総長の理事ならびに理事長推薦を尊重すべきである。今回の理事改選にあたって、改めてそのことを公式に確認しておく必要がある。
私は、理事の年齢に関して「高齢者だからダメ」と言う年齢制限論にはかならずしも賛成ではないが、決済権を持つ組織の長については回数制限を設けるべきであると考える。現に立命館においても総長は2期8年、学部長は2期6年を限度としている。ところが理事長そして専務に関しては回数制限が設けられていない。長田豊臣氏はこの10年間、理事長としてあるまじき行動によって学園に様々な混乱をもたらしてきた。本来は今回の理事改選にあたっては、森島朋三専務理事とともにその責任をとつてあらかじめ辞職しておくべきである。その上、彼は総長を2期8年務めた後に、「つなぎ役」を標榜して理事長に就任したが、既に3期9年を務めている。しかもすでに80歳を超えている、全学協議会の席上で熟睡するなと「もはや継続すべきではない」ということは誰の目にも明らかである。にもかかわらず個人の生活のために継続の意思を持っているようであるが、「もういい加減に立命館を私物化するのは、やめなさい」との追及が必要であろう。
こういう事が起こらないようにするためには、国立大学や関東の主要大学と同様に総長・理事長制(総長には回数制限があるので、自動的に理事長にも回数制限が設けられている)に改革すべきであると考えられる。今回の理事改選にはそうした改革が間に合わないので、学内外の理事は協力して、少なくとも川本八郎前理事長時代に行われていた総長の意向を尊重した学園運営に戻すべきである。
川本八郎氏も長田豊臣氏と同様に、どこにも選出基盤は無かった。当時の大南正瑛総長の推薦で理事ならびに理事長に就任した。一見「独裁者」のようにふるまっていた川本八郎前理事長であったが、公開された公式の場において、教職員を前に「総長と理事長の意見が違った場合は、一致するように努めるが、協議の結果一致しない場合は、理事長は総長に従う。それが大学と言う組織の性格であり、総長と理事長の関係である」と明言していた。
森島朋三専務理事は、長田理事長以上に学園に混乱をもたらしてきた。長田理事長は総長時代には、まだ全学の意思を尊重して前向きな改革に一定の役割を果たした。ただ川本八郎前理事長の後を継いだときは「一期だけの中継ぎだ」なとど言っていたが、理事長に就任してみて財政と人(人事)を動かせる「権力の魔力」に取りつかれ、恥をさらしながら今日までやってきた。しかし森島朋三氏は、役員に就任して最初の仕事は、川本八郎前理事長の指示での一時金カットであり、慰労金支給基準の倍加であった。それはまだ「自分を採用して、登用してくれた川本理事長には逆らえなかった」という言いわけも出来る。しかし茨木キャンパス、長岡キャンパスなどは川本八郎前理事長とは関係がない。長田豊臣理事長とのコンビで新しく独自に進めたことである。彼は責任上、懲戒解雇の対象になることはあれ、理事長就任など論外である。
今夏の理事改選で重要なことは、2005年の一時金の一方的な一カ月カット強行以来、立命館に混乱をもたらしてきた長田豊臣氏ならびに森島朋三氏を、事前の理事解任を含めて、理事に選ばしてはならないことである。その点で学外理事の皆さんを含めて団結することが重要である。思想信条の違い、学内外の違いを越えて統一して闘う必要がある。これ以上の長田豊臣理事長、森島朋三専務体制の継続は、立命館にとっては「百害あって一利無し」である、学内関係者の奮起を期待している。

鈴木元。立命館大学総長理事長室室長、大阪初芝学園副理事長、中国(上海)同済大学アジア太平洋研究センター顧問教授、JICA中国人材アドバイザリー、私立大学連盟アドミニストレ―タ研修アドバイザリーなどを歴任。
 現在、日本ペンクラブ会員、日本ジャーナリスト会議会員、かもがわ出版取締役、国際環境整備機構理事長、京都高齢者大学校幹事会副代表。
 『像とともに 未来を守れ』(かもがわ出版)『立命館の再生を願って 正・続』(風涛社)『もう一つの大学紛争』(かもがわ出版)『大学の国際協力』(文理閣)など著書多数。


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