つらいと思う日々に

いたずらにわが身世にふる・・・

愛情の力

2017-07-11 | Weblog
私たちはもう後戻りができないところまで来ている。
偽善でもって並べ立てられた愛情は悉く見破られて、
多くの痛みが伴う。
数年前より数々の災害、それは、人災、天災、その因は人の裏切りからくるものである。
「信じるものは救われる」神はそう諭した。
この言葉の真実は、善が前提である。
善神であるが故の救いである。
もし、悪神であるなら疑いは晴れることはなく、
信心は洗脳ということになる。
ただ、高度に発達した知的生命は、世の道理をことごとく知りて、
エネルギーの法則が善運動であること理解している。
善悪のない運動であることを承知しているために、
この法則に従って、もって、法に反する行為を滅して、
正しい浄化の行為となっている。
言葉通り「信じるものは救われる」に従っていれば、
人類の歴史に、地獄絵はなかったろう。
過去を見て、歴史は戦争、殺戮の悲惨さを明らかにしている。
さればまた、未来も何らそのままを引き継ぐ。
さてどうだろ、現在も地上のどこかで争いが絶えず、
戦争をしている。そこから逃げていく者を、
受け入れるとか受け入れないとかという人道にあるまじき行為にさえ迷っている。
迷いは間違いの始まりである。
善運動に沿うものに迷いはなく、すべて即断できるものである。
迷いにある人の世に、正常な未来はない。
神は言う。
裏切りによって多くの痛みは伴うが、
まだ善は残されている。その方便は、
愛情である。

絶望にある者の身を、他人事と捉えることしかできないなら、
神々は、人の誤った自由に手を差し伸べることはない。
愛情というのは、生命にとってあまりに重い意味である。
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