つらいと思う日々に

いたずらにわが身世にふる・・・

路傍の石を見て嘆く

2017-05-06 | Weblog
日本人ほど平和ボケしている民族は無い。
この人間社会というものも弱肉強食の世界には変わりはない。
ただ偽善的にして、本音と建て前というものがあって生きている。
だから、共存共栄を謳いながら矛盾だらけで、その中でも特にずる賢いものが生き易い世の中となっている。
共にといいながら、他人を押しのけ蹴飛ばして這い上がっていく非情な心の持ち主が権力という座に就くのである。
よって権力を握るものは実は冷酷であり、現実にそぐわないものである。
修羅に身を置き、その妄執に焼かれるために、気の休まることはなく孤独である。

人間「他人の不幸は蜜の味」と昔から言われるように、
そんな嫌らしい心を持って生きているものでもある。そんな人たちの集まりで社会は作られていて、
だから、個人が権力の悪に気が付いて正そうとしても
太刀打ちできるものではないとなる。
それは何とも憐れなものである。だからこそ、倫理を全うして生きてあらねばならないのである。
精進努力があり、人間として憐れなものになってはならないのである。
倫理は人の生きる道である。その行動の規範たる道徳観を正しく持たねばならない。
一途に保ち生きていれば、道理が守ってくれるものである。それは、絶対である。

平和ボケしている日本人は、何に対しても危機感があまりない。
それは単独民族の島国であるからで、情報社会でありながら、平和ボケの基準からのものさしばかりで、
巷のほころびに見て見ぬふりというか、対岸の火事的感覚で歪んできていることに気が付かない。
とても近い将来、内外的に崩壊していく様にある事に鈍感である。
打つ手はすでに遅かりしであり、荒んでいくばかりである。
そのようなニュースばかりを耳にするはずである。
正されるのは(立ち直るのは)、一旦崩壊してからのみである。

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