つらいと思う日々に

いたずらにわが身世にふる・・・

〇〇など無い為に!

2016-09-15 | Weblog
十五夜である。
月は神の構造物。
現時点での人知では計り知ることのできない船である。
地上にある生命体の成り行きは、
どのようにあるのか見守るための位置にある。
人類がやがて月を訪れ、頻繁に行き来できるような技術を持つとき、
月がどのような存在意義を持つのかを知るようになる。
見守るというのには、監視という意味もある。
とある道を踏み外さないようにという
良い意味での言葉であるが、互いの立場状においては
逆にもなる。
「不自由を常と思えべ不足なし」、この智恵を覚えたごく僅かな人数は、
神がどのような存在であるかを明らかに見るようになる。
道理からしてそれほど驚愕するものではなかったが、
卓越していくことにより、相反性を内包する一つにして二つ、
二つにして一つづつを覚る。
それは、真に極めて、二つにして一つづつであることの自由を知る。
正義は、どちらにもあるが、エネルギーの法則の自由は、
二つにして一つづつの道理である。
それは、まさに絶対なる自由である。
法則はそれが正義である。善悪など無い為に!
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