つらいと思う日々に

いたずらにわが身世にふる・・・

年の瀬

2014-12-30 | Weblog
どれだけの人が年相応に老いているのだろうか。
年を取ればそれなりに世間の付き合いも知れてくる。そして、
敬老に値する道程は、
人としての付き合い方であり、渡世の義理人情にあふれた生き方である。
辛く苦しい思いをしてきた人ほど人情味があり義理堅い者であるのは、
つぶさに、謙虚にしてまっとうであることを知ったからである。
皆同じであるとする自然に対する平等をよく学び得て、客体を敬い、
慎ましくしてよろしく生きられることを知り得た人である。
それは案外難しくあり、敬老に値する生き方をしている人は少ないものである。
辛く苦しい思いを自分だけに止めようとせず、
寧ろ人にもさせようとする。
苦しみから喜びを学ぶことなく、憎しみだけを抱く人。
多くはいまだ浅ましく、年取って尚浅ましく生きているものである。
それは、真に情けなく、惨めに憐れでならない。
その人の格、人格は何として持ち得たのだろうか。
人は皆同じであるからとして、
我が身に置き換えて、喜怒哀楽を考えられなかったのだろうか。
ただただ我が身が愛しいのみと生きてきたのだろうか?
それこそせつないものである。

世の中は苦楽が共にあり、平等にして辻褄が合うものである。
ある時分、その割合多かれ少なかれにても、生涯は辻褄が合うものとなっている。
不仕合せと見るのは自分の至らなさ、そこにのみ起因するのである。

年齢というものをうまく越せない人のなんと多いことか。
見かけは大人でも中身は餓鬼。

年の瀬=(それをうまく越せるかどうかが問題である)清算期としての年末。と辞書にある。
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1 コメント

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同感 (花恵)
2015-01-01 07:47:39
あなたのブログに出会えてうれしく思います。
ほんとに正しく年老いるということは難しく思います。
特に何か節目というときには、人の素性がよく現れて見えるものだと思います。年末時のあわただしさにはしみじみそう思われることに多々出会います。人を押しのけてまでという我の強さ、人のいけない面を見てしまいます。浅ましいというのは、ほんとに醜いものだと、人の振り見て我が振り直せとつくづく思うものです。年々人の世が荒んでいくようで哀しく思います。あなたのように善いことへの進めというか、ほっこりします。そんな方もいるんだと!

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