つらいと思う日々に

いたずらにわが身世にふる・・・

心が生命

2017-08-13 | Weblog
経験が記憶となり、記憶が心となる。

経験の積み重ねが心の模様となっていく。
その模様が合わさって心根となる。
意の地が作られていき、心思となり判断となる。

記憶が心を作っていくために、正しい記憶として作られていけば、
心根は良くなるが、
悪い記憶が多くなれば意地は悪くなる。
意地の汚い人というのは、良い経験をしてこなかった人である。

現在の自分の心の良し悪しは、
いままでの経験の記憶の統一されたものの果となる。
今までの経験の記憶というのは、一代限りの経験の記憶というのではない。
何代にもわたり受け継がれてきたものである。
それは、心が老いるということがなく、死というのがないからである。
なぜなら、心は経験という記憶のエネルギーであるからで、
エネルギーが無くなることのない法則であるためである。



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