つらいと思う日々に

いたずらにわが身世にふる・・・

思い込み

2016-01-30 | Weblog
洗脳というのは、恐ろしいことだ。
宗教によく見られることで、
あるいは、悪事においてなされる手法である。
悪いことでもよい事であると自分で思い込んでしまう。
自分で思い込むよう仕向ける企み。
洗脳されてしまうと、それを解くのは難易である。

一日が一旦ゼロになり、新たに始まることを見て真理と為し、
その時点に心を注ぎ込んで、気を付けることである。
夜と朝の狭間に要がある。
一瞬という間ではあれども、狭間にして虚空蔵でもある。
それを理解して、洗いざらいを浄化とする。

貧しき心を少年の心とし、素直と置き換えて幸いと為し、
悲しき心を故に、愛の行為に換えて幸いと為し、妙所である。

経験も知識も持たない人こそ正しく受け入れていくものである。
地獄の世界となっている人ほど愛を思うものである。

真理は善悪は無く、そのために絶対善となっていることを覚り、
幸福というのは、与えられるものではないと知ること。
金品によるものというのでもなく、神から仏から或は人から与えられるというのでもない。
幸福である世界というのは、愛の行為の世界。‘自らの’という行為による世界。
愛の浄化の行為である。神の愛というのではない。
神というのは、人の自由による主観の存在である。肯定否定も自由である。
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