丹波の村寺 浄土真宗竹内山真證寺 (連絡先 SGL02242@yahoo.co.jp)音楽法要・念仏瞑想のお寺です

京都府亀岡市曽我部町にある真宗寺院。
アクセス 亀岡駅から学園大行きバス10分、南条局前下車、徒歩3分。

瞑想実践の理論と技法

2016-12-13 15:09:18 | 日記
呼吸瞑想(呼吸観察)は集中力を増し、三昧(サマディ)に達する為に行うが、それだけでも呼吸が静まり、深い禅の境地を味わえる。しかし、無意識の我の働きは、静かにしている(砂を混ぜた水をかき混ぜて、それが沈殿して行く)だけ。砂(煩悩や渇愛)は無くなっていない。そこで、煩悩や渇愛自体を自分で観察し、それを自己で癒す技法が観察瞑想(ブッダが初転法輪で覚った瞑想法:ヴィパッサナー瞑想)が必要と考えられます。呼吸から体ー心の観察と進み、最後に慈悲の瞑想に繋ぐという方法は、いろんな瞑想の方法で一般的なようですね。小池龍之介さんの座禅の指導書を見てみますと、ちようど上記のような方法が実践的に描かれています。 ただ、瞑想の方法の是非は、理論や著述だけを読んで、どれが正しいとか、そうでないと言っても意味がありません。実際にご自分で体験されて、判断されるべきだと思います。ちょうど、真宗の教義に「修行は不要である」と描かれてあり、親鸞も修行を通じての救いを否定し他力へ翻ったから、修行(実践)が不要な訳ではありません。理論的に頭でわかったものは、それまでのことで、日常生活に活き、救い(タンハー渇愛と嫌悪)からの解放があってこそ、2600年息づく、釈尊の御教えであると思います。来年こそ、古くからのブッダの実践が今に残る国と聞きます「ミャンマーのバガン」に行こうと思っています。
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