YBR125 おっさんリターンライダー

50歳代。YAMAHA YBR125とPENTAX K系デジカメと鉄道オタクのブログ初心者。 気の向くままに書いてます。

鉄道の廃線跡 道路転用の一例。

2017-05-14 18:25:15 | 日記

鉄道の廃線跡のルートを高速道路に転用した例を先日の記事に書いたが、現場検証に行って来た。 以下、先日の記事を再掲。

京都駅から東海道本線上りは、現在は東山トンネル-山科駅-逢坂山トンネル-大津のルートだが、明治の開業時は現在のJR奈良線稲荷駅南方から東進するルートだった。

上画像で奈良線は稲荷駅から南下、名神道をくぐって府道35号をオーバーパスするが、その東側で府道35号が不自然に南側にカーブした後に名神道と併走してるのがお解りだと思う。

交差部分のアップ。 府道35号の深草谷口町交差点から北西方向に走る道路があるが、これが旧東海道本線の跡。

旧線はここから東へカーブして現在の府道35号を進み、現在は名神道となったルートで大津まで走ってた。 ←ここまでが再掲記事。

上画像の深草谷口町交差点から北西方向を撮影。

 

進むと名神道にぶつかる。  名神道をくぐったあと、道なりに進むとJR奈良線稲荷駅。

駅前の道は北行き一方通行1.5車線の狭路。 日曜日なので、駅前の伏見稲荷大社への観光客で大混雑。

駅構内には準鉄道記念物のレンガ造りのランプ小屋。 明治時代に石油ランプや石油の保管庫として使用されてた。

 

この辺りの鉄道敷設事情はかなり複雑である。 現在の路線図。

上画像で、先述の通り、東海道本線は元々現JR奈良線稲荷駅南方から現在の名神道ルートを東へ。

旧国鉄奈良線は、現在の近鉄京都線東寺-伏見-JR桃山駅ルートだった。

桃山駅以東と京阪宇治線が東側へ迂回しているのは、旧巨椋池を避けるため。 近鉄京都線は池の干拓後なので、真っ直ぐ南下している。

東山TN開通後、東海道本線が京都駅より東へ直進したので、旧国鉄奈良線の京都-桃山間を近鉄(当時は奈良電気鉄道)に売却。

旧国鉄は稲荷-桃山間を新たに敷設して、ほぼ現在の奈良線の姿になった。

 

伏見方面へ行ったついでに、大手筋商店街にある献血ルームに寄る。 いつもは京都駅前の献血ルームだが、2015年3月以来、久しぶりの訪問。

   狭いながら、和風テイストで落ち着く雰囲気。

近くの鴨川沿いの疎水。 

 かつては大阪から淀川-伏見港・三十石船の水運路。

 坂本龍馬襲撃事件の寺田屋の近くだが、当時の建屋ではない(焼失後に復元された)。 詳細は2015年3月の記事に書いたので割愛する。

 

廃線跡ネタの続き。 R24近鉄伏見駅東方の加賀屋敷町交差点を南下した【棒鼻】交差点。

ここから南と南南西に分岐する細い道があるが、左側は北行一方通行・右側は南行一方通行。

棒鼻交差点を北へ合流する地点。 赤いクルマが出て来た北行一方通行道路は、もと京都市電伏見線専用軌道だった。

狭そうに見えるが、(実際1.5車線くらい) ここを複線で!市電が現在の京阪電鉄中ノ島駅まで通っていた。

途中にある疎水を渡る橋を東側の道路より撮影。

市電運行時のネット画像を拝借。

水路は変わってしまったが、現在の道路の橋桁と当時の線路下の橋桁(デッキガーダー)と、左岸の石造りの法面がかろうじて当時の面影を残している。

北上してJR奈良線京都-東福寺間の鴨川橋梁をくぐり、京都駅前に出る。 

前回と前々回ツーリングの給油トリップ479.6km 給油量8.51L 燃費56.36L。 前回雨に降られたので、グローブとシューズにニベアクリームでお手入れw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 変態的大回りのビワイチツー... | トップ | 変態的 若狭路大回りツーリン... »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。