烏山寺町通りの北側に近いところに浄土真宗本願寺派「天護山妙祐寺」はある。当寺は弘安9年(1286)一遍上人建立の時宗であった。当時は「天護山円証寺」であったが大永年間(1521~27)に兵災で廃寺となるも、寛永2年(1625)浄土真宗の僧「了頓法師」が再建。渋谷宮益坂の土中より阿弥陀仏像を発見し本尊とし「満歳山額恩寺」と称した。寺では了頓を中興の開山として後に「妙祐寺」と改めて「天護山」に戻した。昭和20年の世界大戦の際、戦火により全堂を消失した為、昭和21年に現在地に移転した。26ヶ寺ある寺町の中で当寺だけは見慣れている寺院建築ではなく古代インド様式の「本堂」が聳え建ち、まるで「仏舎利塔」のようである。威風堂々とした概観ながら独特の雰囲気がある。本堂の扉は蟹梅の家紋が記され、本堂横には庫裡と客間がある。当時吉宗筆の墨絵などが残されている。また将軍や諸大名が駒場野鷹狩時には立ち寄ったと言われている。(1701)
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