相模太夫の旅録=Tabi Log

☆ 旅は一枚の写真から始まる!!
☆ 旅先での四季彩々一期一会の被写体を瞬撮!!

「相模原慰霊塔」は美しい桜ベールに包まれて!!

2017-04-04 11:36:46 | 石碑・顕彰碑
国道16号線沿いの相模原警察署前の大沼に「相模原慰霊塔」がある。ここは昭和16年に始まった太平洋戦争にここ大沼からも多くの若者が出兵し尊い命が戦禍に散った。昭和18年(1943)戦争で亡くなった人たちの霊を慰めるため陸軍の手によって忠霊塔が建てられ、昭和27年(1952)より相模原市が慰霊塔として管理下におかれた。塔内には戦死した人々の遺品や名簿が収められているという。毎年秋には慰霊と世界平和を願って慰霊祭が行われている。参道と慰霊塔は満開のとなった「桜のベール」で包み込まれていた。英霊たちもこの美しい桜景色をきっと見ているに違いない。(1704)






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鎌倉に「道元禅師顕彰碑」がある!!

2016-11-30 15:28:16 | 石碑・顕彰碑
鶴岡八幡宮の西の鳥居を出て小袋坂方面へ向かった左側にひと際大く美しい「道元禅師顕彰碑」が建てられている。鎌倉仏教曹洞宗の開祖「道元」は北条時頼に招かれ鎌倉において約半年の教化を行っている。この史跡は道元禅師と鎌倉教化を顕彰するもので道元禅師の750回大遠忌を記念して平成14年(2002年)に建立された。この碑には「只管打坐(しかんたざ)」と刻まれている。道元の禅はただひたすら「坐禅」することである。「坐禅」に打ち込むことが「修行」であると主張されている。「正法眼蔵」の著書には87巻にも及び日本における曹洞宗の真髄が記されている。(1611)






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「相模原慰霊塔」の桜 英霊に手向けられた献花!!

2016-03-31 15:52:24 | 石碑・顕彰碑
JR横浜線古淵駅から国道16号線沿いを南下すると相模原警察署前の大沼に「相模原慰霊塔」がある。ここは昭和16年に始まった太平洋戦争にここ大沼からも多くの若者が出兵し尊い命が戦禍に散った。昭和18年(1943)戦争で亡くなった人たちの霊を慰めるため陸軍の手によって忠霊塔が建てられ、昭和27年(1952)より相模原市が慰霊塔として管理するようになった。塔の中には戦死した人々の遺品や名簿が収められているという。毎年秋には慰霊と世界平和を願って慰霊祭が行われている。参道と慰霊塔の廻りには白いベールで覆うように満開の桜が寄り添っていた。まるで英霊に手向けられた自然の桜花、安らかにと手を合わせるのみであった。(1603)










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上九沢出身「南山禅師」の遺徳を称える建碑

2016-03-03 21:08:39 | 石碑・顕彰碑
橋本市上九沢の「梅宗寺」の入口、「大沢幼稚園」の隣に「南山古梁禅師顕彰碑」がある。南山禅師は1756年(宝暦6)ここ上九沢村名主笹野政右衛門の次男として生まれ、9歳の時、長徳寺(上大島)で出家する。11歳の時に江戸「東禅寺」で修行する。38歳の時、仙台藩主伊達重村公より仙台瑞鳳寺14世の住職として迎えられる。54歳の折、京都妙心寺に入山し、朝廷より紫衣を賜る。帰藩後瑞鳳寺・覚範寺の両寺の住職、伊達公より顧問格として推重され、 その学徳は多くの人々に尊敬されるに至る。南山は天保10年瑞鳳寺支院(雄心院)にて84歳で遷化した。この碑は南山禅師の遺徳を称えるため昭和37年に建碑されたものである。碑文「天下有山水 各擅一方美 衆美帰松州 天下無山水」(天下山水あり おのおの一方の美を擅にす 衆美松州に帰し 天下山水なし)と刻まれている。凡人には難解な五言絶句である。同じエリアには20年間相模原市長を務めた「故・舘盛静光氏」の胸像もある。(1602)








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