星降るベランダ

めざせ、アルプスの空気、体内ツェルマット
クロネコチャンは月に~夜空には人の運命の数だけ星がまたたいている

VIVA LA VIDA

2017-06-30 19:23:20 | POST CARD
人生の最後に何が食べたい?って聞かれて、「スイカ」と答える人は、私の他に何人くらいいるのだろう。多分その人は、小さい頃スイカ丸ごと一個食べた原体験を持っている。
私は冬には死ねない。

スイカの季節がやってきた。一度買い求めると、それはもう暑くてたまらない季節が来たことを認めることになるから、いや冷蔵庫にいつもスペース確保しないといけないから、できるだけ先に延ばす。
6月になると、店頭にスイカが並んでいるのを気にしながら、河内晩柑を買い、枇杷を買い、サクランボを買い、オーストラリア産のマンデリンにまで手を出して、「もうそろそろかな、いやまだ早い。」を何度か繰り返して、ついに、「こんな日はスイカ食べなくっちゃ」となる。
今年の解禁日は6月25日。例年より気温は低いのに、解禁日が早い。
それは、メキシコの旅土産にこんな絵葉書が届いたからかもしれない。

    
            フリーダ・カーロ(1907~54)「VIVA LA VIDA」1954

血の色のようなスイカである。
フリーダ・カーロは6才でポリオにより右足の成長がとまり18才で鉄棒が身体を貫く大事故に遭い、3度も流産している。彼女にとって、生きることは太い眉がうねる痛みに絶えることであり、その痛みを伴う人生に真正面から取り組んだ絵を描いた。あのディエゴ・リヴェラと結婚し、あのイサム・ノグチや、あのレフ・トロツキーとつかの間恋をした。(思わず「あの」とつけてしまうほど個性的な男性達)。彼女の多くの自画像は、身体の痛みだけでなく女として生きる心の痛みから生まれた、まさにリアルな自画像である。

この絵の制作は1954年、ベッドに横になったまま描いた、ほぼ絶筆である。
痛い人生の最後の絵に、自ら「VIVA LA VIDA」(美しき生命、人生万歳、生きるって素晴らしい)という言葉を書いていることに、感動する。この絵が絶筆なら辞世の句である。
彼女の死は自殺かもしれないとも言われているらしいけれど、この絵を描いた時、確かに「VIVA LA VIDA」と描きたかった彼女がいた。

もしかしたら、彼女も人生の最後にスイカが食べたいほど大好きだったのかもしれない。
VIVA LA VIDA =スイカのある人生、万歳!
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