38歳からの百姓志願~実践編。

霊峰・石鎚を仰ぎ、瀬戸内の陽光を望む愛媛県西条市、「有機菜園 藤田家族」無農薬・無化学肥料の野菜と暮らし。

今春初、じゃが芋を植える。

2012年01月30日 | 農と暮らしの日記
本日の野菜セットの材料から、主に根菜類を並べて。
ご覧のとおり、胸を張って「これがうちの根菜類です」と言えるような状態でないものばかり。明らかにもう、「端境期の苦しみ」を身を挺して示すような野菜たちの姿だ。

「大根(だいこ)引く大地偽りなかりけり」。
枝澤聖文さんの句であると、今朝の朝日新聞「天声人語」が紹介している。「大根」に「大地」と重ね、その力強さが印象的だ。人語子は続けて、「根菜の季節である。通年で出回るダイコンやニンジンも滋味を増す。サトイモ、カブ、レンコンあたりを乱切りにして炊けば、和洋中どんな味付けでもうまい。地中で肥える野菜たちのほっこりした土の匂いこそ、偽りなき大地の刻印だ」と。ほんとにそうだなぁ、と思う。

昨晩、宅配便でお届けしているお客さんから電話があった。
要件のついでに、「白菜がおいしかったですよ。切ったらもうその匂いがして」。なんて言われると、小さくなるしかない。白菜を切ってその匂いがするというのは、「おいしい」ということと全く同一のことだとは思えない。逆にそれは、理想的な白菜ではないことの証のような気さえする。だけれど、それはそれなりにして「おいしい」と思ってもらえるのはありがたいこと。

ちょうどおととい僕は食卓で、「この白菜、案外柔らかいなぁ」と言った。
それは十分に結球せずに野菜セットに入れられなかったのを僕が揚げと炊いたもの。そしたら薫が、「うん、でも苦いなぁ」。その通り、苦みがある。だけれど僕としてはこのくらいの苦みというか、苦みが走る香りは好きだ。先のお客さんがいう「匂い」とこの苦みが同じものかどうか、確かにはわからないけれど、天声人語の「偽りなき大地の刻印」に含まれてもよいのではないかと、言い訳してもよさそうな心持ちになる。



月曜、曇り時々晴れ、一時小雨。
午前:7時過ぎからセット荷造り。
11時頃に仕上がって薫が市内配達に出る。僕は宅配便のセットの箱詰め、そして温室の整理。

午後:13時頃から昼ごはん。
春作のじゃが芋、初の植え付け。キタアカリを2列植え、トンネルを掛ける。そのあと明日出荷分の収穫をして、17時頃に戻り。

夜:18時過ぎに家を出て、市内西部のまんがら農園・野満さんちへ。
45分で到着、19時から、県議の青野勝さんを囲んで話す会。主に原子力発電にどう向き合うかというような話。

青野議員は合併前の旧東予市長で、合併後の新西条市の選挙区の代表の一人として県政に携っておられる。
東予市長時代のブログを、会社員だった僕はよく読ませて頂いていた。その青野さん、震災後の毎日新聞による県議選挙候補者アンケートで、「伊方原発について、安全確認のため、いったん運転を停止することに賛成ですか反対ですか」の問いに「停止に賛成」と答え、「事故を機に、原発中心のエネルギー政策の変更もとりざたされています。エネルギー政策の変更に賛成ですか、反対ですか」の問いに、「エネルギー政策の変更に賛成」と答えている。愛媛県議会の多数を占める自民党の議員さんたちのなかで、この回答はかなり思い切ったものであるように感じられる。

さて、今晩の意見交換の内容はまた今度、余裕があれば整理して書きます。
いろいろな話ができて、とても勉強になった。青野さんを含めて約10人、約2時間の有意義な時間。立場が違う、基になる認識が違う、考え方が違う、だからこそ、話をして学ぶところが多い。

21時終了、そのあと残った人たちで他の話もあれこれして解散。
22時半過ぎに帰宅。珍しくひとりで晩ごはん。



夕方のラジオに八神純子が出ていた。
二十数年ぶりだかで日本での音楽活動を再開、最近よくメディアに出ている。小学校5年くらいの頃だろうか。「思い出のスクリーン」や「水色の雨」で子どもの僕は音楽の海に船を漕ぎ出した、といえる。当時、大町小学校の教室で「八神純子が好き」と僕が言ったら「ああいう人が好みなの?」とクラスの女の子に言われた。それが誰だったか忘れたけれど、「ああいう人が好み」という概念を知ったのがその時だったと思う。でも、「好み」とかじゃなくて、その音楽が「素晴らしかった」のだ。
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