日々是ぶった切り~非モテ男のせつなさみだれうち!

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(読書感想文)「残念な教員」

2017-05-16 11:20:14 | 政治・経済・社会ネタ

林 純次,「残念な教員 学校教育の失敗学」,光文社新書,2015/2/17

私は別に教育の専門家でもなんでもないが、さまざまな社会問題で「教育で解決するのがいいと思います」という言説を耳にすることが多い。

教育というのがまるでドラえもんのポケットのごとくなんでも解決できるような道具が全部入っていると錯覚されているような気がしてならない。

一方で、「教員の質」という問題はよく言われていることもあり、じゃあ「残念な教員」ってどんな人だろうと気になってこの本を手に取った。

著者は新聞記者から転職した教員ということである。そして、主に小学校から高校までの教員について書かれているのだが、主張点は

「教育に遅効性などない。卒業した段階で力をつけているかが目標」

「ある程度の水準まで到達したいのであれば確立された方法論がある」

「教員は忙しいが、それを理由に勉強できないなどというのはいいわけである。現に私は年300冊くらい本を読んでいる。」

といったようなことである。

 第一に、興味深かったのは「確立された方法論の存在」である。実際に「板書をどのように書くか」というシュミレーションをする際に、ノートを横にして使ってみるという方法を提示していたが、一定水準までなら確かに「訓練すれば」それなりに伝える技術は身につくだろう。そして、これは「大学教員」の採用などの際にはぜひ応用すべきである。なぜなら、大学教員は研究業績を基準に採用されるため、まともに「教育技能」を評価していないことが多いからだ。その点、一定水準の「教育技能」を単位化すれば、最低限の水準を身に着けることはできよう。

 また、客観的評価こそ困難であるが、「卒業した時に学生が力(考える力や自主的に学ぶ力)を身に着けているかどうか」を評価基準にするというのも、面白いといえば面白い。ここで「政府が統一的に」などと遣り出すと問題だが、各大学でこの基準を応用してゼミ生の評価をしてみるというのも一つだろう。特に、卒論の発表などは結構どれだけ学んだかが「出そうと思えば出てくる」モノだ。

 一つ残念であった点は、「教員の忙しさ」を「言い訳」の一言で片づけてしまったことである。これは、年300冊以上の本を読んでいる著者なら当然理解しているだろうが、ワタミの社長の考え方に通じるものがある。(ワタミの社長であればどんな環境でも体力と根性で乗り越えられるだろうが、多くの人はそうではない)「超志が高いひとが必死こく」だけが世の中に貢献する道ではない。「大して志が高くないやつが適当に頑張る」のだって、ある程度世の中に貢献できるし、そういう人たちがたくさんいれば続く者たちもまた世の中に貢献する気になろうというものである。第一、この教員のように朝から晩まで「教員」していたらこの人の「家庭人」としての側面や「地域人」としての側面はどうなってしまうのだろうか。そして、すべての職業分野でそのような高水準な志と仕事を求めていったら、社会そのものはどのようになってしまうのか。「教員」としてのみならず「ジャーナリスト」として、多忙すぎる教員の状況を「システム的に」解決する提案がほしかった。

 

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