続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

マグリット『新聞を読む男』

2016-12-10 06:37:10 | 美術ノート

 『新聞を読む男』

 画面は4分割され、同じ景が4つの画面に描かれている。
 同じ空間が等しく提示されるという困惑、戸惑い。少なくとも間違い探しではないが、差異を探し出そうとする感覚は否定できない。

『新聞を読む男』は確かに存在している、4つの画面の中の一つに新聞を読む男が認められる。この4分の1の画面で事足りるはずの作品ではないか・・・。
 なぜ4分の3(3つの画面)に不在の画面を並べたのだろう。

 存在(新聞を読む男)は、不在によって証明されるものだろうか。存在と非存在の差・・・。
 不在の部屋には寂寥感が漂う、とも清々しているとも言える。
 存在の部屋には充足感が漂う、とも邪魔であるとも言える。

 この絵の不思議は黒枠で囲まれ、且つ分割の線も太い黒枠であること。不穏、明るい光景に隠れた悲しみに見える。
 存在しているけれど非存在の人、あるいは非存在になった人の追想かもしれない。

 新聞を読む男は確かに存在しているが、4分の3ほど欠けている。微妙な心理の揺れがある。
 新聞を読む男(父)への追慕、記憶の中の『新聞を読む男』である可能性を隠蔽した絵である。

※仮に父への追憶であるとしたなら、心象の景であり、父親の存在感の薄さ(4分の1)や新聞(ニュース/社会=仕事)ばかりに向けられた父の日常を暗示したものではないかと思う。


(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)

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