続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

マグリット《9月16日》

2017-05-12 06:49:46 | 美術ノート

 《9月16日》

 9月16日というタイトル、916はひっくり返しても916である。
 これは夜の景だろうか。
 三日月が南中しているが、三日月が地上に見えるようになるのは日没近くの西空である。
 日食の時に木漏れ日の影が日食の形(例えば三日月型)に悉くなることは知られているが、繁った樹木や葉の間から三日月が手前に見えることはありえない。

 現実にはあり得ない風景としての月のあり様(三日月)を、どう納得すればいいのか。物理的現実に奇跡や奇遇の異変は起らない。

 自然界に精神界の景(思い)を被せた風景は、一つの祈りの形にも見える。
 9月16日を逆さにすると、記号上は同じに感じても明らかに点(.)の位置は動かしがたく意味を同じにすることはない。
《ありそうで、決してない》のである。

 しかし(決してない)、そういう景が精神界では成立可能な風景として成就する。わたしたちは眼球の機能をもって対象を把握するけれど、精神の機能も同時に無意識に働いている。この絵はその告知でもある。


(写真は『マグリット』東京美術より)

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