鬼灯

2007年08月16日 | 筆すさび ‥俳画
 
 夏の暑さが耐えられないものであればあるほど、秋を待つ気持ちは高まります。芙蓉の初花、精霊流し、法師蝉と秋の虫の音、鰯雲、とんぼ‥ と、残暑の厳しい日々のひとコマに、ちいさな秋をひとつ、ふたつ‥と見つけるのは楽しいものです。わたしにとって、いまは初夏の次に好きな季節。みなさまの身のまわりにも、秋は見つかりますか?


 俳画教室の画題も、「鬼灯(ほおずき)」「蛍袋」「オクラ」「きりぎりす」「虫籠」‥と、夏の季語になる「蛍袋」をのぞいてみな初秋の季に入る風物で、残暑お見舞いに好適な絵がつづきました。オクラの絵って、なんだかユーモアがあるでしょう? 切り口が五稜形(星形)のオクラは手ぬぐいの図案にも見えます。鬼灯は、ご先祖さまをお迎えするお燈明に、またその色は厄除の色に見立てられるのだとか。毎年七月の四万六千日(しまんろくせんにち)に行われる浅草観音の鬼灯市に出まわる風鈴も、いまでは色とりどりですけど、かつては赤色のものばかりだったそうです。

 あかあかと日はつれなくも秋の風 (芭蕉)

 鬼灯の俳画にあるのは、夏深むの思いに秋の気を重ねた句。これは、「秋立つ日よめる 秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」(『古今集』 藤原敏行朝臣)をふまえた句であることはよく知られています。『古今集』のほうは視覚から聴覚にうったえているのに対し、芭蕉は夏の光の中でとらえた秋の“質感”を詠じており、色に着目すれば、和歌においては風が強調されて白(白秋)のイメージにかたむき、句のほうは朱(朱夏)にわずかなすきま風が吹く印象でしょうか。
 鬼灯の色は、あるいは太陽の光り輝くさまを表す「茜(あかね)色」といったほうがふさわしいかもしれません。古くは『古事記』に「あかがち」という古名で登場する鬼灯。もしかすると、先生はそのことを知っていて、この「あかあかと‥」の句を添えたのかもしれません。「あか」は「あけ(緋)」のことで、これもまた茜色につながってゆきます。

 「茜」という色について、江戸小紋染師で重要無形文化財保持者(人間国宝)の小宮康孝氏が興味深いことを述べています。長い時間を経ても変色しない染料を追求した結果、? 天然染料の中でも、色焼けしない藍や茜の成分をもとに合成した染料で染めた反物はいつまでも色褪せないことをつきとめ、さらに、? その染料によって、自然界にあって人間にはつくり出せない「集めれば無色透明になる光の色」に近い色を出せるようになった、というのですね。とても深くて重みのある言葉だと思うのですけど、自然界のつくり出す「集めれば無色透明になる光の色」とは、いったいどんな色なのでしょうね。鬼灯は、この光の色をきっと含んでいるのでしょう。


 送り火や無限の闇に幾千仏 (雪月花)

 十六日夜、京都では盂蘭盆会をしめくくる五山送り火が行われます。この日の午後7:30より、NHK総合とNHKBSハイビジョンで「京都・五山送り火」が放映されますので、ぜひご覧ください。魂送りが済めば、ひときわ暑かったこの夏もすこしずつ遠のいてゆくことでしょう。みなさま、くれぐれもご自愛ください。

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15 コメント

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五山送り火 (吉天)
2007-08-16 14:22:07
今宵、NHKの放送で見ます。
俳画、味が出てますね。
オクラは、日本での栽培はごく近年ながら、初秋の季語にも有りますね。日本人に馴染みやすい野菜だったのでしょう。あと1ヶ月余で名月、この暑さもそのころには、すっかりわすれられることと存じます。
夏への挽歌、鬼灯。 (道草)
2007-08-16 16:13:41
赤い鬼灯の実の付いた枝を浴衣の帯に差して、同級生の女の子がお盆の踊りを踊っていました。仄かな提灯に照らされた櫓の上から、「……千百年の昔から、寂滅為楽と響けども……」浄瑠璃崩しの音頭がゆるやかに流れ来て、そして拝殿の屋根を越えて漆黒の杉木立へ消えて行きます。音頭の合間には、「アラ、ヨーホイセーノ、ドッコイセー」とお囃子が入り、踊り手の団扇が前後左右に或いは斜め上下に揺らめいて幻の世界に居るようでした。逝く夏を惜しんで、哀調溢れる旋律が夜更けまで休むことなく続くのでした。帰り際に、口の中で「ギュギュ」と鬼灯の笛を鳴らしながら去って行った同級生。いつか真似して鬼灯の笛を鳴らしてみましたが、上手に音が出る訳がありません。私の小学校6年生の夏は、鬼灯の微かな音を残して終わりました。
赤色・紅色・朱色・橙色・茜色・・・鬼灯は何色がふさわしいのでしょう。雪月花さんのご推薦は茜色。薔薇色や牡丹色と呼ぶ色があるように、鬼灯色と呼びましょうか。赤い色は火の色でありまた血の色。人間が「物の色」として最初に名付けたのが、赤色だったとの説があります(「色名進化論」B.Berlin & P.Kay)。私達の祖先は、赤色から色彩の旅を始めた。人間が赤色を初めて心に刻んだのは、火を目撃した時ではなかったか。したがって、赤い色には畏怖の感情が篭められているのではないか、とのことです。日本語の「赤」も「大」と「火」の組み合わせ。やがてそれが宗教的な儀式や祝祭に結び付き、松明や篝火・灯明そして火祭りや送り火などで象徴されるようになったのでしょう。「鬼灯」もまさに「赤」色の化身なのかも知れません。                                
「『五大力恋緘』に哀れな物語りを伝へた、曾根崎新地の菊野の殺された茶屋は、今年五十六になる私の母が、子供の頃までは残つて居たさうだ。芝居で見て知るよりも以前から、既に、私等は此話を聞いてゐた。其は曾祖母から口移しの話で、菊野がほおづきを含んで鳴して居る処へ、源五兵衛が来て、斬り殺したと云ふ事で、其執念が残つて、其茶屋の縁の下には、今でも鬼灯が生えるといふ物語りを、母が其まゝ、私等に聞かせた。子供の時分は、北の新地へさへ行けば、何時でも、菊野のかたみの鬼灯が見られるものと信じて居た。」(『三郷巷談/六・執念の鬼灯』折口信夫)。
私は植木鉢で鬼灯を育てていますのに、いつも青い間に虫に食べられて赤く実ったことがありません。今年は二度ばかり殺虫剤を撒いたので、今は赤い実青い実が三つ四つ五つ・・・。今年はどうやら無事に実が成りそうです。過ぎし昔を偲んで鬼灯笛を作りましょうか。上手に鳴らす自信はありません。自信はなくても、耳の中にはあの「ギュギユ」と鳴る淋しい音が残っていますから。

「酸漿の詩」   東條耿一

ほほづき、ほほづさ
そは圓らかなるかの赤きメノウ
はた麗はしきかの珊瑚。

われ、その美しさに魂(こころ)うばはれ
その麗はしさにそと接吻けみて
ああ かくも手痛き
そが苦味を知れり。

されど
われいまだ若く人の世の
まことの憂さを知らず
沁々とその苦味を忘れ得ず。

ほほづき、ほほづき
そは赤く、苦き
はた忘れ得ぬ、思い出の苦味
ああ、さればわれ
ほほづきの
その苦味を愛す。

(作者は30歳でハンセン病にて死去)。
Unknown (道草②)
2007-08-16 16:18:10
*訂正してください。
ほほづき、ほほづさ→ほほづき ほほづき
送り盆ですね (ひなぎく)
2007-08-16 16:36:01
よいお盆でしたでしょうか。

秋田も暑いです。
今は夕立がきそうな空です。
さっぱりとしたものが食べたいと思っても、オクラにしても素麺にしても茹でてる間の暑いこと暑いこと。

楽しみにしていた実家の送り火が見れないので、「京都・五山送り火」を見ながらお盆を締めくくりたいと思います。
なんだか、しみじみとしてきますね。


送り火 (まさお)
2007-08-16 18:28:57
昨日深夜、必死に山道を駆け下り、高速を飛ばして花脊から戻ってきたのに、今朝はまた同じ道を辿って銀閣寺町まで出向き、今日の送り火で使われる薪を奉納してきました。親族・友人。この一年で鬼籍に入った人のことを思い出しつつ、送り火そのものはTVで拝見と、なりそうです。
はじめまして! (恵美)
2007-08-16 20:18:36
「酔うて候」の恵美と申します。
TBありがとうございました。
すてきなブログですね。お勉強させていただきます。
またゆっくりと、拝見させていただきたく存じますので、リンクさせていただきます。
今後とも宜しくお願いいたします。
五山の送り火 (uragojp)
2007-08-16 21:40:12
NHKで「五山の送り火」拝見いたしました。
それぞれの思いをこめて、準備から着火の様子細かく放映されてましたね。
「妙」と「法」に同時に着火するために、ビルからライトで合図されること、「船」にたずさわる若者のリーダーの思いとか、亡くなった方への思いいれが伝わってきました。

俳画も素晴らしいです。先日の「お葉書」も有難うございました。

>>魂送りがすめば、夏もすこしづつ遠ざかり<<
の、お言葉のように、こちらも「精霊流し」も終わり
夏も終わりをつげるようです。

秋草や秋の虫の音が待ち遠しいこの頃です。
しなやかな俳画 (boa !)
2007-08-17 06:19:48
次回は「鬼灯」が画題とお書きになっていたので、いつかと期待して待っていました。
愛らしい鬼灯に思わず口元がほころびました。これなら童女が手の中でやさしく揉む手つきも連想できます。
私の描く、鬼のような雰囲気とはなんという違いでしょう。雪月花さんの柔軟な生き方がすでに画に出てきましたね。身に付いた文字が達筆すぎるのが逆に気になります。

「おくら」は、私には憧れていても出せない風情で、俳画らしい俳画になっていますね。線にも迷いがなくなって、大小の形にも配置、線のリズムも新鮮さを感じました。
ただ折角のリズムです。涼納まで変化をつけた斜め配置はバランスが取れすぎるのでは。と、自分には決して描けない瀟洒が妬ましくての難癖です。無視なさってください。

昨晩はTVで準備段階からの五山の送り火を拝みました。謹慎の15日、そしてこの魂送りの火で私の重い8月は線引きです。

40度を超える熱暑の日々ももう長くはないでしょうが、お体大切にお過ごしくださいませ。
グレーゾーンに生きる (雪月花)
2007-08-17 12:22:03
NHKの五山送り火の中継を見ている間、番組の中で解説者として出演された宗教学者の山折哲雄先生のお話のとおり、この世とあの世との境目があいまいな場所に自分が置かれているような、不思議な感覚になりました。貴重な体験でした。実際に京都で初めて送り火を見ましたときは、歴史的瞬間にただただ呆然とし、ほとんど放心状態でしたから、このような気持ちになった覚えはありません。
八月は、原爆の日、終戦記念の日、盂蘭盆会と、過去と現在の対話の機会がたくさんあり、またそのことの重要性に気づくべきときでもあります。漆黒の闇に浮かぶ五山の灯火に手を合わせる人たちの祈りの深さとその姿に、「死」と隣り合わせだった時代の人々の暮らしに思いを寄せることがどんなにたいせつなことか、考えずにはいられません。平和ボケしないよう、こころしたいものです。

> 吉天さん、こんにちは。
送り火の中継はご覧になったことと思います。
オクラのレモン色の花は木槿に似ていますよね。実のつきかたは、まるで逆立ちをしているように見えて面白いです。原産地はアフリカとか、もともと熱帯の植物なのですね。調理が簡単ですし、栄養豊富で整腸作用もあると聞いておりますから、たっぷりといただいています ^^
今年の名月は9月25日ですね。暑さもお彼岸まで。ゆく夏を惜しみましょう。

> 道草さん、
(貴コメントをご指示どおり修正することができませんでした。後続のコメントがありますと個別に修正ができないのです。ご了承ください)
晩夏の夜の思い出は、浴衣の帯に鬼灯の実のついた枝を挿した少女の姿‥とは、道草さんらしい艶のあるお話ですこと ^^ 盆踊りもまた送り火と同じようにこの世とあの世の境目があいまいになるときでしょうから、帯の鬼灯は一種の結界であり、お守りでもあったのでしょうか。鬼灯の簪があってもいい気がしますけど、見たことはありません。
日本の色について書かれた本をいくつかひもときますと、むかしは染料になる植物の名で色名を表したため、赤は茜(赤根)色だったわけですけども、道草さんのおっしゃるように、もっとさかのぼって色名が細分化されるまでは、色はどれも「赤」と表現されていたようで、赤は身近な、根源的な色と考えられていたのでしょうね、きっと。実際の「茜色」は赤にわずかに黄がさしこんだ色ですから、茜=赤(炎の色)+黄(太陽の光(金色)がにぶった色)と考えますと、お盆のころの季節にぴったりです。おすすめのとおり、植物名をそのまま使って「鬼灯色」とすることにいたしましょう。
「酸漿」はその実の味覚からついた漢名とか。そんな味を好む虫もいるのですね。実の入った袋の部分だけを食べてしまう虫もいるようで、穴だらけのレース状になった袋とその中の実を描いた俳画もあるんですよ。その絵こそ「鬼灯」の名がふさわしい気がいたします。
このたびも有難うございました。

> ひなぎくさん、
秋田もフェーン現象で猛暑にみまわれたようですけど、お元気そうで何よりです。京都の送り火のようすをテレビでご覧になっていかがでしたか。送り火を見つめながら、さまざまなことに思いを寄せることがたいせつなのでしょうね。わが家もついにお盆の間に里へ帰ることができず、墓参はお彼岸まで待つことにしました。秋田ならではのお盆の習俗などはありますのでしょうか。
そうそう、この季節の台所仕事とアイロンがけはたいへんです! 火を使うときは、どうしても換気扇だけでは不安なので小窓を開けますから、エアコンもあまり役に立ちませんし。お互いにがんばりましょう ^^;
後日またそちらへうかがわせてくださいね。

> まさおさん、
酷暑の中、奈良、そして花脊からの速達便を有難うございました。蝋燭の灯、お松明、送り火、そして原爆や戦争も含めて、この季節は過去との対話、そして人間と火の関わりをあらためて考えさせられます。
お盆の間、ご親族さまやご友人さまとともにすごされたのですね。西方への道を送り火がしっかりと照らしていましたから、みなさまご無事にあちらへたどり着いたことでしょう。
昨夜はいくらか風が涼しかったです。ひとつの季節が終わったという気がしています。お疲れが出ませんように、大事になさってくださいね。

> 恵美さん、はじめまして。
名古屋からようこそ、コメントをうれしく拝見しました。さっそく当ブログへリンクしていただいて有難うございます。こちらからも「酔うて候」へリンクさせてくださいね。リンクが完了しましたら、そちらへうかがってお知らせいたします。歌舞伎や季節の花のお話を聞かせてください ^^
酷暑の折柄ご自愛ください。今後もよろしくお願いいたします。

> uragojpさん、
送り火は数年前に京都の東山から見ましたけれども、今回テレビで放映されました五山の現場のようすや、送り火の燃えさかる音を聞くのは初めてでしたから、人々のさまざまな思いがひしひしと伝わってきて、奥底からこみあげてくるものがありました。原爆の日、終戦記念日をすぎ、そして送り火が済みますと、ひとつの季節が閉じた気がいたします。でも、人々のたいせつな思いは消えることなく、今後もともに生きてゆくのでしょう。
不幸な出来事のつづいた長崎では、この夏の市長の平和宣言や精霊流しにこめられた祈りは格別だったことと思います。すべてを風化させないよう、今後はわたしたちの世代が努力しなくては‥と思っております。

> boa!さん、
このたびも率直なご感想をお寄せいただきまして有難うございます。俳画は、いつもお稽古のときに描いたものでなく自宅で復習したものを載せますため、いつも遅くなってしまって‥、ほぼひと月遅れのアップですね ^^ゞ
「鬼灯」は、先月初旬に鈴木紅鴎先生から再びご教示いただいたときの画題で、芭蕉句のかな書も紅鴎先生の写しです。やはりboa!さんのお好みに合わないようですね~(笑 この「鬼灯」は、輪郭線の微妙な濃淡や、左のほうの絵の朱と黄草の重なり(ぼかし)の入れ方がポイントでした。「オクラ」は副題だったものですから(主題は「蛍袋」でした)、力が抜けてまずまずの絵になりました。先生のお手本の賛は、左に縦書きで「暑気払い」なのですけど、わたしの絵が左に寄りすぎてしまい、「暑気払い」がうまく入りませんでした。とはいえ、斜めのレイアウトは遊びすぎでしたかしら ^^ゞ はがきは、レイアウトと余白、落款の位置のバランスを事前によく吟味しておく必要がありますね。毎回むつかしいです。
日本人にとって、あらゆる意味で重みのある八月も半分がすぎました。こちらは明日から雨もよいの日がつづく予報になっており、ほっとしております。空にウロコ雲が出ていますから、予報どおり天気は下り坂なのでしょう。boa!さまはまだブラジルの熱い太陽とサンバの中にいらっしゃいますね。日本のささやかな?猛暑など吹き飛ばして、ご主人さまともどもお元気におすごしください。またそちらへうかがわせてください。
夏はなぜ火や花火か (向日葵)
2007-08-19 10:18:22
雪月花さん、お久しぶりです。
お盆や花火、そして鬼灯、日本の夏は火に関わるのですね。それは何故ですかね!こちらは考え中です。
それに、ご文章を拝読して、とても日本の詩的な出来事に憧れました。何とか、全てのものを詩化してしまいますという感覚。
みなさんが、詩的な所にて生活できて、いかにも幸せなことでしょう。
秋の気配 (カリン)
2007-08-19 23:22:31
こんばんは。
雪月花さん、お久しぶりです~

昨日は連日の猛暑が嘘のように涼しい日でしたね。
庭のお花にいつものように水やりをしていたところ、もう秋の虫の鳴く声が聞こえてきました・・・
夏の終わりを感じるとなんとなく淋しいものですね・・・

俳画も秋らしくスッキリとしていて素敵ですね~
暦ではもうとっくに秋なんですよね・・・
オクラ・ほおずき (こきゃ)
2007-08-19 23:47:08
ほおずき(酸漿)難しい漢字です。
先日 萩・津和野・宮島と旅行して、泊まったお部屋の名前が酸漿と言う宿がありました。
オクラの俳画もいいですね~私達は「暑気払い」と賛を入れました。
五山の送り火の中継 旅先で観ました。戦争でご主人を亡くされた方が一心に手を合わせて拝んでいる姿が印象的でした。
日本の夏と火のこと (雪月花)
2007-08-20 10:32:57
> 向日葵さん、こんにちは。
日本の夏は記録的な猛暑で、熱中症で倒れた人がたくさん出ました。中国ではあちこちで水の被害が出ていると聞いております。向日葵さんにはお変わりなく、お元気そうで何よりです。
日本の夏と火との関係のこと、わたしも考えてみました。人間だけが火を扱うことのできる生物であること、そして火の発見によって(良くも悪くも)文明が発展したことは世界共通の認識と思いますけど、それよりもまず、人間が初めて火(灯)を得たよろこびというのは大きかっただろうと想像します。太陽の光がもっともつよくなる夏は、火への感謝の気持ちを表現するのにふさわしい季節であると同時に、その対局にある闇の世界が強調されるときでもあります。自然のゆたかな日本においては、夏はとくに大雨や河川の氾濫による洪水や疫病の蔓延に長年悩まされてきました。ですので、人々にとって、夏は「死」(=闇の世界)と隣り合わせの季節であったといえます。ところが、日本人は、その闇の世界にいる死者の霊魂とか幽霊のような目に見えない恐ろしいものを忌み嫌うことを避け、共存することを考えたのだろうと思います。わたしたちが生きるこの世と、その闇の世界とをつなぐのが火(灯)の役割のようです。実際、お盆の迎え火と送り火、お燈明に見立てられる鬼灯などは、闇の世界との交信の手がかりになっています。また、花火や火祭りは火への感謝の気持ちを表したものでしょう。火そのものを神さまと考えたむかしの人たちの思いが、いまもこうした形で息づいているのだと思います。
中国の人たちにとっては、火とはどんなものなのでしょう。火に関するお祭りなどがありますか? 機会がありましたら教えてくださいね。

> カリンさん、こんにちは。
こちらこそご無沙汰していました。この夏はいかがおすごしでしたか。カリンさんのお庭の草花たちも、この猛暑にまいっていることでしょうね。お水やりとお手入れがたいへんだったことと思います。ようやく、朝夕に秋めいた風が吹くようになりましたね。
去りゆく夏を惜しむ季節は好きなのですけど、夏の思い出が光り輝いている分だけさみしい気持ちになります。秋になればなったで、単純なわたしはすぐにお月さまや秋の草花、そして食欲のことで頭がいっぱいになりそうですから、忘れないようブログに書いておきましょう ^^ゞ
季節の変わり目ですから、お気をつけておすごしくださいね。またそちらへうかがわせてください。

> こきゃさん、こんにちは。
お帰りなさい、萩~津和野~宮島の旅の記は貴ブログにて拝見しました。水のゆたかな場所ばかりで、猛暑にかかわらず涼やかな旅だったことでしょう。帰京後は、あまりの猛暑にがっかりなさったのではないですか。
先生のお手本の「オクラ」の賛は「暑気払い」だったのですけど、絵とのバランスを考えて変えました。少々遊びすぎたかもしれません ^^ゞ
Windows Vistaを購入されたとか、使い心地はいかがですか。わたしはいまだWindows Meをだましだまし使用していて、セキュリティの無い状態でいつまで耐えられるのか不安です‥(笑
今月は二点でしたか (neko)
2007-08-20 17:05:17
雪月花様今月の俳画は線で表現するので難しい作品を二点も描き上げられたのですね、線が多いと大変でしたでしょう、いつも素晴らしい作品を見せていただき参考になります。
毎日暑い日が続いておりますのでくれぐれもお体にお気を付け下さい。
nekoさんへ (雪月花)
2007-08-22 12:23:48
> nekoさん、
お返事がたいへん遅くなりました。
拝見いただき有難うございます。はい、ご指摘のとおり、二題とも線描の勉強になりました。線がいのちの絵は、納得する線が引けるまで時間がかかります。オクラなんて、黄草に青草色をひっかけた線ばかりを何度も試し描きをしなくてはいけませんでした ^^ゞ
また猛暑がぶりかえしましたね。今日の午後~明日あたり、予想どおり雨が降ってくれるとよいのですけど。nekoさんもお大事になさってくださいね。

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