呉服商に勤めていた友人の案内で足を踏み入れたきものの世界。そこで出合ったのは小紋でした。
お茶のお稽古を始めたばかりのころで、きものの基本すら知らなかったわたしにとって、決め手は色と柄。手からこぼれる落ちる質感の、退紅(あらぞめ)に桃をかけたような色目の縮緬地にところどころ宝尽くしの柄がごく淡く浮かぶのをながめながら、京言葉で「はんなり」というのはこういうものかしらと勝手な思いこみをして、初めて誂えたきものです。
じつは長い間封印してきたきもので、この春ほんとうに久しぶりに畳紙を開いて風をとおし、できるだけ袖をとおしています。
「花の色はうつりにけりないたづらに‥」の歌のごとく、きものが眠っている間にすっかりわたしは色あせて(泣)しまったのに、衣桁にかけたとたんにすぅーっと皺が消え、しどけなく、やがてふっくらとつやを増すきものに、嫉妬どころか畏敬の念さえ覚えてしまうのです。
でも、最近ちまたはシックな色柄のきものであふれていますのに、この年齢で全身にこの色をまとい街を歩くのは勇気の要るものです。白、紅、桃、桜、黄、山吹、土色‥ あらゆる春の色を凝縮し「宝尽くし」という名の蝶を舞わせた色柄のきものに、少々とまどうけれど、桜花のうつろうまでせいいっぱい春風をとおしてやりましょう。青葉の季節を迎えたら、悉皆屋さんにたのんで色をかけてもらうつもりです。
いまのわたしの気分なら、どんな色かな。 ‥と、精々悩むのも、楽しいきもの時間です。