『にごりえ・たけくらべ』 一葉忌に寄せて

2005年11月26日 | 本の森
 十一月二十三日は樋口一葉(1872~1896)の命日でした。東京の「一葉記念館」(台東区)と法真寺(文京区)では、毎年この日に一葉忌が営まれます。(今年「一葉記念館」は改築のため行事を休止しました) 明治女流文学の第一人者であり天才とまでいわれた作家・一葉の、哀しみに彩られた美しい言の葉に触れる作品です。(岩波文庫、新潮文庫)

 新潮文庫版は全8編からなる短編集。どの作品も「自由のない女の哀しみ、救いようのない貧困」というふたつのテーマが底辺にあり、一葉自身、結核を患い二十四歳の若さでこの世を去るまで生涯を不遇のまますごしました。
 子どもの世界を詩情豊かに描いた『たけくらべ』には、いずれ遊女となり客をとるさだめの少女・美登利と僧侶の息子・信如の、大黒屋の格子門を隔てたこころの葛藤がゆれています。吉原遊郭に降る時雨に滲む友禅の紅が美登利なら、霜の朝に清い姿のみを残した水仙の白は信如。遊郭とは背中合わせ、自らも身売り寸前の暮らしを余儀なくされた一葉の、小品に織りこまれた美しい季節の欠片は淡くせつない余韻を残します。そして、落ちぶれた愛人への思いに殉じた『にごりえ』のお力、貧しい一家の糊口のために盗みを犯してしまう『大つごもり』のお峯、横暴な夫との暮らしと親兄弟の恩愛の狭間で惑う『十三夜』のお関‥、彼女たちのゆく末に救いも解決もいっさい期待されないまま、物語は閉じられています。読みながら、全作品にしずかに流れる短調のひびき、どん底の暮らしをじっと見つめつづけた一葉のこころの叫びが聞こえてくるのです。


 収録されている作品は一葉晩年のたった一年間、いわゆる“奇蹟の十四ヶ月”に生まれたいのちの名作です。

 「我れは人の世に痛苦と失望とをなくさんために生まれ来つる詩のかみの子なり」
 (明治27年の一葉の残簡より)

 貧苦の中で強靭な精神力と感性を養い、研ぎ澄ませていった一葉。もっと生きて、その慟哭をいつか昇華させてほしかった。

 塵に散る野菊慕いて一葉忌


雪月花のWeb書店でも紹介しています。

※ 日本の美しいもの(文化、伝統芸能なども含む)、季節感、歴史に関連のあるもので、みなさまのおすすめの本をご紹介ください。いつでも受け付けます。
コメント (9)