あるくみるきく_瀬戸内シーカヤック日記

瀬戸内を中心とした、『旅するシーカヤック』の記録

瀬戸内シーカヤック日記: あるくみるきく_旅する櫂伝馬(1) 木江〜阿賀

2010年06月08日 | 旅するシーカヤック
2010年6月5日(土) 前日夜から大崎上島に入り、啓志君の家に泊めさせてもらった。 夜は何人かの関係者と啓志君の家で軽く飲み、静かに迎えた朝。 窓から外を見ると、ちょうど日の出の時間。 一人そっと玄関を出る。 『なんてきれいな日の出だろう』 太陽に手を合わせ、朝の新鮮な空気を深く吸い込んだ。

空には雲一つなく、無風で海はべた凪。 これ以上ない、最高のコンディションである。 『ああ、ようやくこの日がやって来たのだ』

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2008年9月2日。 私のブログに一通のメッセージが入ってきた。

『はじめまして。 突然のメッセージ失礼します。 日記に櫂伝馬の事が何件か書いてあり、櫂伝馬に興味を持たれているということでメッセージを送らせてもらいました。 大崎上島には日本全体の櫂伝馬の三割以上が残っており櫂伝馬が一番盛んな場所です。 私自身小さい頃から櫂伝馬にずっと乗っており、今でも櫂伝馬の時期になると休みをもらい練習に出て本番まで参加しています。 なので櫂伝馬に興味を持ってくれていることをすごく嬉しく思います。 そこで、もしよろしかったら一緒に櫂伝馬に乗ってみませんか? もし興味がございましたらメールください。』

祝島の神舞で櫂伝馬を漕いだブログを見て、送っていただいたメッセージ。 これが全ての始まりであった。
当時は知る由もないが、今になって思い返すと、これまで何度も経験した、しかもその中でも極めつけの『偶然を装った必然』であったのだ。
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朝食をいただき、着替えて足袋を履く。 『では、行ってきます』 瀬戸内の離島らしい、狭くて急な坂を下る。

待ちに待った日がとうとうやってきたという誇らしい想い。 これから二日間、櫂伝馬で初となる長旅が、どんな航海になるのだろうかという期待と高揚感。 その反面、安全に航海を成し遂げないといけないという責任感。 そしてなにより、こればかりは自力ではどうしようもなく、神頼みであった天候に、それも最高の晴天に恵まれた嬉しさ。 これらが入り交じった複雑な気持ちで天満港へと向かう。

6時半集合の少し前に到着すると、既にメンバーが集まりはじめていた。 『おはようございます』 『おはよう』
『いい天気ですねえ』 『ようやくこの日が来たねえ』 『楽しみだねえ』
 
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メンバーが揃うと、準備を整え、海を漕いで厳島神社へと向かう。
そう、この旅は、『大崎上島の厳島神社』を出発し、『いつくしま』という櫂伝馬で一泊二日の旅をして、所縁のある『宮島の厳島神社』に向かうという、意味のある旅なのだ。 またかつては、小早川水軍の備中船手衆の中で『大崎衆』として名を馳せ、宮島沖合戦で毛利元就を助けたという歴史もあることから、この海旅の意義は、よりいっそう深いものになっている。

厳島神社では、大崎上島町長さんを始め、多くの地元の重鎮の方々が集まられ、厳かでかつ盛大な出発式が執り行われた。 様々な方のご挨拶から、『旅する櫂伝馬』の意義を再認識し、身が引き締まる思いがした。
また、特に印象的だったのは、『普段は競漕で敵となる各地区の若者が、同じ舟に乗り、力を合わせて目標達成に向けて力を合わせるということは、画期的な事である』、『このプロジェクトは、大崎上島の歴史としても快挙になるであろう』という言葉。 なんと素晴らしい事なのだろうか。
 

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桟橋に戻り、再び準備をして、ほぼ予定通り8時過ぎに出発。 地元の方々に見送られながら、港を漕ぎ出した。

木江から潮に乗って南下し、中ノ鼻を回るとそこからは西へ。 沖浦の港で休憩して再び漕ぎ出す。 この辺りは私のツーリングエリアであり、庭の様な海ではあるが、櫂伝馬で漕ぐのはまた特別の感慨がある。

明石から岡村島に渡り、大崎下島、三角島、豊島、上蒲刈、下蒲刈へ。
 
瀬戸内横断隊の経験から、基本は50分漕いで10分休憩という事にしている。 そして、その休憩時間に水分を補給したり、漕ぎ手を交代しながら漕ぎ進んだ。

ほぼ予定通りの時間に猫瀬戸超え。 周囲をワッチしながら、力を合わせて弱い逆潮を漕ぎ上がる。

猫瀬戸の手前で、まず1艇のシーカヤックを見かけ、安芸灘大橋の下では、2艇のシーカヤックが待っていて下さった。 2艇のシーカヤックには声を掛け、しばし競漕を楽しんだ。 『お疲れさまでした。 そして、ありがとうございました』
櫂伝馬の巡航速度は10〜12km/h程度なので、打ち込んで漕げばシーカヤックより早いのである。
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お昼は仁方桟橋へ。 そこでは、瀬戸内カヤック横断隊でもいつもお世話になっていた”Iさん”が待って下さっていた。 ”Iさん”には、準備段階でお世話になった上、うれしい差し入れまでいただき、感謝感激。 本当にありがとうございました。
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陸上班と合流してお昼ご飯を食べ、しばし休憩。 午後1時15分に再び漕ぎ出し、岸沿いに漕ぎ進む。 仁方から小須磨の間は、人家も多く、沿道を走るクルマもあって、様々な方が手を振って応援して下さった。 これはほんとうにうれしく、励みになる。

長浜を超え、広、そしてとうとう阿賀へ。 阿賀は私の地元。 本当に櫂伝馬で阿賀まで漕いできたんだ!
 
ゴールが近付き、見学や出迎えに多くの方が来ておられるのを見ると、自然とピッチも上がってくる。 『エイサ エイサ エイサ エイサ』

到着! ほぼ予定通りの時間である。
阿賀漁港の前には、大勢の地元の方が出迎えに来ていただいていた。 予想外の盛り上がり。 本当にありがたいことである。
地元の人間としても、うれしい限り。 私にとっては凱旋だ!

舟を雁木に着け、陸に上がる。 一旦集合し、代表の啓志君が挨拶。
そして、櫂伝馬競漕の雰囲気を味わっていただこうと、再び乗り込んで今度は全力漕ぎ。 打ち込んで全力で漕ぐと、結構なスピードが出るので、観客の方々も驚いていたようだ。

その後は、地元の子供達の櫂伝馬体験。 これが結構盛り上がり、喜んでいただけたので良かった。

またここ阿賀には、四国のシーカヤック仲間であるMさんが、遠路遥々来て下さっていた。 挨拶を交わし、2回目の櫂伝馬体験には乗船していただいた。 その後、自治会館での炊き出しや夕食の準備まで手伝っていただき、これまた感謝感激。 日帰りで疲れているのに、本当にありがとうございました!

この旅は、本当に様々な方々にお世話になり、支えていただいていることを再認識。
 
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一旦、自治会館に集合し、着替えてメンバーは銭湯に。 そして陸上班と伴走船メンバー、啓志君と私は音戸の瀬戸の下見へ。
事前に決めておいた陸上班のワッチポイントと留意事項を説明し、当日の連絡体制を決めて一段落。

最後のグループとして銭湯へ行き、1日の疲れを癒し、ビールを堪能した。 『お疲れ様でした!』 『グビリ、グビグビーッ』

夕食は、自治会館に集まって、うちの親戚を中心とした地元の方々に炊き出していただいた、おでんと唐揚げ、カレー。 そしてなにより美味いのはビール!ビール!ビール!

『乾杯!』 『お疲れさま!』 『ほんまに阿賀まで来たなあ!』 『阿賀でもあんなに人が集まってくれて、そして気さくな人たちばかりで嬉しかった! やって良かったなあ』などなど。 最高の盛り上がり。
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最高の晴天&海況に恵まれ、はたまた地元の方々の温かい出迎えをいただき、これ以上ないという『旅する櫂伝馬プロジェクト』最高の初日であった。
さて、明日はどんな海旅が待っているのだろう。

瀬戸内シーカヤック日記: 『旅する櫂伝馬』の原点

2010年02月14日 | 旅するシーカヤック
大崎上島の『旅する櫂伝馬プロジェクト』の準備が、徐々にではあるが進みはじめた。

古来、櫂伝馬は、伝令船として瀬戸内の島々を結ぶ情報ネットワークの要となる、重要な役割を果たしていたはずである。
大崎上島は、日本に現存する櫂伝馬の半数近くを保有し、また地域の祭礼の神事として櫂伝馬競漕の行事を受け継いできた。 しかしながら近年、櫂伝馬行事を支える若手の不足による、伝統文化の後継者問題が顕在化している。 今回のプロジェクトは一回限りのものにするつもりはなく、この旅する櫂伝馬プロジェクトを通じて、櫂伝馬行事の担い手となる若者を支援するとともに結束を強め、また次世代の担い手となる子供達の目標となる様なプロジェクトに育てたいと考えている。
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『瀬戸内海洋文化の復興、創造そして継承』を実践する、『旅する櫂伝馬』
この原点を思い返すと、『内田隊長(内田正洋さん)』、『ホクレア号』そして『沖縄』の、3つのキーワードが浮かんでくる。

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2007年4月24日 ゴールデンウイークに引っ掛けて5年振りのリフレッシュ休暇を取り、約半月ほど沖縄を旅している途中、偶然にもホクレア号が糸満に到着したとの情報が入った。
すぐに内田隊長に電話したところ、『糸満のホテルに居るから、来ていいよ』との返事をいただき、クルマを飛ばして糸満へ。 その後数日間、内田隊長やホクレアクルー達と一緒に糸満で過ごしたのだが、その時に初めて『サバニ』の工房を見学し、またホクレア号歓迎イベントでサバニを漕がせていただいた。
瀬戸内 シーカヤック日記: 沖縄編-5日目(2)_はじめての『サバニ』


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その時に内田さんから、『今、沖縄でサバニレースに関わってんだ』 『古式のサバニはもうほとんど残っていない。 このままいくと、サバニを造れる職人も居なくなってしまう』
『レースの参加者が増えて、サバニの注文が入るようになったら、職人も食べていけるようになるし、伝統的なフネと、それを作る技術が残る』 『シーカヤックもいいが、伝統的な舟の文化を残すのも、俺たちの役割だ』

この話を伺った時、瀬戸内の海洋文化について知識がなかった自分は、『いやあ、まさにその通りだ! 俺もそういう貢献がしたいなあ。 でも沖縄はサバニとハーリー、長崎にはペーロンがあるが、瀬戸内の伝統的な舟って何なんだろう?』と思っていた。
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その後、ホクレア号が広島に寄港したとき、村上水軍商会も関わって復活させた『打瀬舟』が姿を現した。 『なるほど、こういう舟があったんだ』
ホクレア号と並んだその姿は美しく、威厳さえ感じさせたが、ホクレア号歓迎が最後の航海となった。 残念な事である。
瀬戸内 シーカヤック日記: ホクレア_Welcom to Hiroshima!


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2008年8月 山口県の祝島で神舞が行われた。 この神舞では、2艘の櫂伝馬が出るのだが、最近は高齢化で漕ぎ手が足りないと言う事で瀬戸内カヤック横断隊メンバーにも声が掛かり、入船、出船の神事で漕がせていただくことができた。
『そうか、櫂伝馬という舟があったんだ』

この入船神事のとき、私は内田隊長の前を漕いでいたのだが、『内田さん、今は漁船で大分まで迎えに行きよりますが、昔は櫂伝馬で漕いでいったんでしょうねえ』 『そうやろうのう。 大分まで30キロちょっとか。 わしらシーカヤッカーが漕ぎ手じゃったら行けるじゃろうのお』 『ほうですねえ。 いやあ、いつかこれで漕いで行ってみたいもんですねえ』
という会話を交わした事を良く覚えている。

ただ祝島では、昔やっていたという競漕も今は行われておらず、またこの櫂伝馬は神様船であるため4年に一度の神舞の時にしか海に出す事はできないとのこと。
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祝島の神舞で櫂伝馬を漕いだ事を綴ったブログにコメントをくれたのが、大崎上島出身の啓志君。
櫂伝馬をこよなく愛する啓志君は、『櫂伝馬に興味があるのなら、一度大崎上島に来てみませんか?』と、見ず知らずの私を誘ってくれたのである。 これが大きな転機となった。

櫂伝馬も、昔は瀬戸内の島々をつないでいたはず。 瀬戸内の島々を、手漕ぎのシーカヤックで旅している経験から、『旅する櫂伝馬プロジェクト』を提案すると、快く賛同してくれた。

その後何度か大崎上島を訪れ、交流会や打ち合わせを行った。 その過程で、ビジョンや志の共通するF親分とも話をさせていただくようになり、大崎上島一周、約32kmのトライアル航海も無事終えることができた。

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こうやって振り返ってみると、ホクレア号が日本に到着した糸満でのサバニ体験と、内田隊長がサバニレースに関わる志について伺った事が、原点になっていることがわかる。

そしてその後の、祝島の神舞での櫂伝馬神事への参加、そしてそれをきっかけにした大崎上島の櫂伝馬との出会い。
まさに縁が縁を呼び、人と人とが繋がっていく、これまで何度も経験してきた『偶然を装った必然』を実感している。

『瀬戸内海洋文化の復興、創造そして継承』 まさに今年は実践の年。 艱難辛苦を乗り越えて、是非とも実現させたいと、強く思っている。

瀬戸内シーカヤック日記: しまなみキャンプツーリング(1)

2009年11月01日 | 旅するシーカヤック
2009年10月31日(土) この週末は、しまなみ一番のお気に入りの島である『生名島』をベースにしたキャンプツーリング。 ご一緒させていただくのは、カヤック仲間のマサさん。
マサさんと出会ったのは、祝島の神舞の時。 私が櫂伝馬を漕がせていただいている間、一緒に祝島に行っていた妻が、櫂伝馬を追っての祝島散策を同行させていただき、いろいろとお世話になった。
それを切っ掛けに、とある3連休に私が長男と一緒に生名島に行った時、マサさんもお誘いしたのだが、その時は猛烈な風が三日間吹き続けて結局一度も海に出る事ができず、自転車と定期船で上島町を隅から隅まで巡った苦い思い出がある。

そのため家族の間では『もしかして風女(笑)?』と密かに噂のマサさんとのツーリング。 さて、今回はどんな天気が待っているのだろうか?
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9時半、キャンプ場の駐車場に集合。 いつも大変お世話になっているキャンプ場の管理人さんに挨拶してキャンプの手続きを済ませ、カヤックを浜に降ろし、出発した。
天気は快晴。 風もなく瀬戸内らしい穏やかな海。 絶好のツーリング日和である。
 
下げ潮に乗り、岩城島の東岸に沿って南下し、赤穂根島を越えて津波島へ。 津波島でしばし休憩した後、いつもの岩城島の浜に上陸。

少し歩くと、そこは『浜』 なんと分かりやすい地名だろうか。
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時間はちょうどお昼時。 お気に入りの『よし正』さんに行き、定番の『よし正定食』を注文。
 
650円でこのボリュームと味! 『ごちそうさまでした』 大満足のお昼ご飯。
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ターミナルに立ち寄り、夕食の鍋用に『レモン豚』を購入して再び浜に戻る。
その途中、これまたお気に入りの『タムラ食品』に立ち寄り、最近オレンジページでも紹介された『芋菓子』を購入。
 
見ると、いつもは見かけない『芋せんべい』というのがある。 イモを薄切りにして揚げたお菓子のようだ。
『これ、初めて見ましたけど何ですか?』 するといつも居られるご主人とは違う若主人が『これは、秋だけの季節限定商品です』 『そうなんですか! じゃあ買ってみます』
その後、シーカヤックで生名島から年に何度も来てはこの芋菓子を買っている事を伝えると話が盛り上がり、『芋菓子』に使われている芋は、芋焼酎に使われている芋であること、芋せんべいは普通のサツマイモであること、タムラ食品の芋菓子がオレンジページで紹介された経緯、1月だけで地元でも人気だと言う冬限定商品の話などなどを伺った。 『え、そんな1月限定商品があったんですか!』
いやあ、様々なお話を伺うことができ、なかなか楽しい一時。 これぞ、シーカヤック旅の醍醐味である。 支払いをすると、ラッキーな事に芋菓子の値段もサービスしていただいた。 これはぜひ、密かに地元で人気だと言う1月の限定商品を買いに来ねばなるまい!
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ここからは、岩城島の西岸を北上して生名島に戻るルート。
 
時に複雑な潮流に遊び、しまなみの景色を楽しみ、秋らしい澄んだ海での漕ぎを堪能した。
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浜に戻ると道具を片付け、着替えて自転車で因島に渡り、いつも潮を流している銭湯へ。
大きな湯船に浸かり、体を伸ばして疲れを癒す。 ヒゲを剃っていると、横に居られたもう一人のおじいさんに話し掛けられた。 『そこは、鏡が見えにくいやろ。 こっちと変わっちゃろうか?』 『あ、ありがとうございます。 こっちで充分見えますから』

そこから、なんとも言えず私好みの良い雰囲気を醸し出しているおじいちゃんとの話が盛り上がる。

若い時分、大阪に出てヤンチャしていた時期の話。 とある事情で因島に戻ってきてからの商売と様々な武勇伝。 息子に代を譲ってからの事などなど。
『なあ兄ちゃん。 やっぱり男いうのは苦労して、世間を知らんといけん』 『そりゃあ造船が良かった頃は、笑いが止まらんくらい儲かりよったわ』
『上手くいって勢いがある時には人は寄って来る。 でもなあ、やっぱり人の本性が分かるのは困っとるときや。 人生には山谷があるが、困っとる時に助けてくれるんがほんまの男よ』

様々な経験を積まれた年配の方々から、そのような昔話を伺うのが大好きな私は、『いやあ、ほんまですね』 『へー、そんな事があるんですか!』 『そりゃあそうですよねえ。 いやあ面白い。 ワッハッハ!』 などと、二人で盛り上がった。

一緒に浴槽から上がり、体を拭いて脱衣所へ。 『いやあ、今日は久し振りに笑うたの』とそのおじいちゃん。 『ほんま、面白い話を聞かせてもろうてありがとうございました。 わしゃあ、そがあな話を聞かせてもらうんが大好きなんじゃけえ。 またこの銭湯で会うたら、相手してやってつかあさい』と私。
『ほうか。 兄ちゃん、またここへ来いや』 『はい!』

因島の銭湯で出会ったおじいちゃんに伺った波瀾万丈の一代記。 なぜだか銭湯やおでん屋さんなどで、そういう過去を歩んで来られた経験豊かな方々に話し掛けられ、話が盛り上がる事が多いのが不思議である。 一番好きな映画が『仁義なき戦い』シリーズである私(ちなみに2番目に好きな映画は『世界最速のインディアン』、そして『男はつらいよ』シリーズ)。 これも縁である。
旅するシーカヤックで、私が一番好きな時間の一つ。 ありがとうございました!
 
スーパーで買い出しし、フェリーで生名島に戻るときれいな夕日。 いやあ、最高のパドリング日和のツーリングと銭湯での『あるくみるきく』 最高の一日であった。 マサさんは風女じゃなかったんだ(まあそりゃそうだ)。 失礼しました!
さあて、じゃあそろそろ晩ご飯の準備に取り掛かるか。

瀬戸内シーカヤック日記: 秋のお月見キャンプツーリング(1)

2009年10月04日 | 旅するシーカヤック
2009年10月3日 今日は、中秋の名月。 ということで、もちろんテーマは『秋のお月見キャンプツーリング』

11時前、竹原の的場海水浴場から出艇。 晴れで、風もそよそよ程度。 波もなく、秋らしい絶好のツーリング日和りである。 穏やかな瀬戸内の海を、手に馴染んだ名パドル、アークティックウインドでゆったりと漕ぎ進む。
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私にとってシーカヤックは、海を旅する道具であり、また、海からの視点で『あるくみるきく』を実践するための大切な道具でもある。

カヤックと出会ってから17年。 家族と川下りやシーカヤックツーリングを楽しんだ時代、毎年沖縄のケラマに通っていた時代、横浜単身赴任で三浦半島や伊豆、外房など日本のカヤックのメッカを経験した時代。
横浜から広島に戻り、フェザークラフトK-1で、瀬戸内海を『尺取り虫方式』で兵庫県の家島から山口県の関門海峡まで漕いだことで、瀬戸内の良さを再認識した。 更には友人の誘いがきっかけで、思いもかけず『あるくみるきく_旅するシーカヤック』の原点となった、下関から島根半島までつないだ『古代人ツアー』

第1次瀬戸内カヤック横断隊との衝撃の出会い。 豊島の家船に関する『あるくみるきく』 ホクレア号船長ナイノア氏との出合い。 シーカヤックで訪れた島々での様々な人との出合い。 島の子供たちとの楽しい夏のシーカヤック教室。 祝島、そして大崎上島の櫂伝馬との出会いと、新たな目標となった『旅する櫂伝馬プロジェクト』

カヤックに初めて乗ったのは、1992年にボーナスで中古のファルトボートを買った後(それまで乗った事もなかったのに、妻に了解を得て、ボーナスの残り10万円をはたいて購入)。
妻とまだ幼稚園だった長男を連れてショップに行き、購入したファルトを組み立て、ショップの近くの河口で漕ぎ方を教えてもらった。
初めてカヤックに乗り込み、水に浮かんだ時に、『これこれ、この感じや。 思うた通り!』と、イメージ通りの動きとなんとも言えない開放感、自由な感じがうれしくて興奮した事を今でもはっきりと覚えている。

シーカヤックに出会ったことで、私のライフスタイルや考え方は大きく変わった。 本当に運命的な出合いであったと感じている。
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穏やかな海を漕ぎ進み、寄り道をしながら40分程で生野島に到着。 浜を眺めるが、誰も上陸していないようだ。 ホッと一安心。 沖縄のシーカヤックツアーでは常識だが、他のシーカヤックグループが上陸している浜に後から上がってキャンプすることは避けるのが暗黙の約束。

何度も往復して荷物を運び、片づいたらお昼ご飯。 お気に入りの東屋の下に陣取り、瀬戸内らしいお気に入りの景色を眺めながらビールをグビリと飲り、お弁当を食べる。 あー、最高やなあ!
 
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ここ一ヶ月ほどは、休日出勤や妻との旅行、旅する櫂伝馬プロジェクト、宮本常一写真講座などなどで、シーカヤックツーリングにでていなかった。 合間を縫って日帰りツーリングに出かけるチャンスは何度かあったのだが、私の場合はキャンプツーリングを基本としているので、あえてシーカヤックを海に浮かべることはしなかった。

予定の入っていないこの週末は、幸運にも最高のツーリング日和りとなる予報! 盆連休以降多忙な日々が続いており、バランスを取るためにも、自然の中で、何も考えず、自分と向き合う独りきりの時間が必要なのだ。
 
この生野島は、もう約10年前になるが、フェザークラフトのK−1を使った尺取り虫方式での瀬戸内横断を始めた最初の2泊3日の旅の初日、地元呉の海水浴場から出発し、最初の夜に泊まった想い出の島。 初めてのソロキャンプツーリングで初めて泊まった島だから、それは特別な思いがある。
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お気に入りのテラスでプライベートバーを店開きし、最高の景色の中、ビールを片手に本を開く静かで贅沢な時間。 今日のお供は、『海流のなかの島々(ヘミングウェイ)』

海辺で過ごす休暇のお供としては、ヘミングウェイはピタリとはまる。 『老人と海』に代表される彼の海に関する小説は、リアルな海での生活を知っており、海を、そして海に関わる人々を愛している人のみが書ける本物だ。
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本を閉じると浜を散策し、カメラでお気に入りの景色を切り取る。 東屋に戻るとiPodで音楽を聴きながら、pomeraでメモをとる。
 
最新のiPodは、あの小さなボディできれいな動画が撮れるようになり、驚きのAppleワールドが確実に進化している。
また、つい昨日手に入れたpomeraは今日が初デビュー。 これまで使っていた旅先でのフィールドノートの替わりとして、これからどんな実力を発揮してくれるのか楽しみだ。
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日が傾くと夕食の準備。 今日も簡単なソロツーリングメニュー。 鯖の味噌煮缶を使った一人鍋。 鯖の味噌煮缶を開けて、トランギアのストームクッカーに入れ、豆腐、白ネギ、春菊、しめじを投入。
 
もう一品は、『マルシンハンバーグ』 今朝立ち寄ったスーパーで見つけて、『おー、懐かしい!』と購入したもの。 ストームクッカーのフライパンで焼くと、これが、なんとも懐かしくておいしい味である。

今日はお月見ツーリング。 もちろん『月見だんご』も買ってきた。
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食事を終え、ふと海をみると満月が!
 
月が昇るとともに雲と絡み合って様々な表情を見せてくれる。 月が海に金色の道を架ける。 素晴らしい夜景。
独り静かに酒を飲み、月を眺める。 これぞ、キャンプツーリングの醍醐味だ。
 
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シーカヤックで島に渡っても、釣りをする訳でもなく、友人と騒ぐ訳でもない。 独り静かに海を眺め、カメラでお気に入りの風景を切り取り、酒を飲み、月を眺め、そして静かにもの想う。
ただそれだけ。 ああ、なんという最高の週末よ!

瀬戸内シーカヤック日記: 『旅する櫂伝馬プロジェクト』 大崎上島一周、航海トライアル

2009年09月22日 | 旅するシーカヤック
2009年9月21日(月) 幌を下ろしたロードスターを走らせ、大崎上島へと向かう。 今日は、待ちに待った『旅する櫂伝馬』の航海トライアルの日。

祝島の神舞で櫂伝馬を漕いだブログを読んでくださった大崎上島出身のFさんから『櫂伝馬に興味があるのなら、ぜひ一度、日本の1/3の櫂伝馬が残っている大崎上島に櫂伝馬競漕を見に来て下さい』とのお誘いを受けて始まった交流。
いろいろとやりとりしているうちに、普段から瀬戸内をシーカヤックで旅している事を話し、『せっかくだから、櫂伝馬で瀬戸内を旅したいですねえ』と言った事がきっかけで、Fさんも乗り気になり、『旅する櫂伝馬プロジェクト』の構想具体化を進めて来た。
 
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最初のミーティングで決定した目的地の島までの距離は、約70km。 一泊二日で漕ぐとして、一日30km強を漕ぐ必要がある。 櫂伝馬は競漕には使われており、全力漕ぎで15分程度は13km/h程度のスピードが出せる事は分かっているが、長距離を漕いだことがほどんどないとのこと。
『シーカヤックなら実力が分かっていますが、櫂伝馬プロジェクトを実行するためには、櫂伝馬の航海性能をチェックする必要がありますねえ。 潮流や風の影響、巡航速度を確認する必要がありますよ。 大崎上島一周は30kmオーバーなので、テスト航海に丁度いいんじゃないですか』と提案し、今日の航海トライアルに至ったのだ。
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9時の出発に向け、櫂伝馬の艇庫から『いなずま』を海に出す。 驚くほど立派な艇庫。 まるで、サンダーバードの秘密基地のようだ。 電動ウインチでつり上げられた櫂伝馬を、海に降ろす。
 
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9時10分。 出発準備が完了し、出発!
先日調べた潮汐から、今日は半時計回りのコースをFさんに提言している。 少し沖合に出て、潮流に乗って漕ぎ進む。
片側7人、計14人の漕ぎ手と、リズムを取る太鼓、舵取りをする大櫂。 私は、太鼓側の3番櫂。 普段のシーカヤックツーリングでは使わないのだが、今日は様々な状況でのスピードを確認し、データを収集するため、GPSも持って来た。
 
中ノ浦を出発し、上げ潮に乗って鮴崎へ。 なんと時速は12-13km! でも、漕ぐのを止めてみると、それでも潮に乗って5km/h程度の速度で押されているので、実質は7-8km/h程度である。
じゃあ、ということで打ち込んで漕いで見ると、なんと時速15km/hを記録。 追い潮での櫂伝馬、早いなあ!

鮴崎を越えて舳先を西に向けると、ここからはしばらく向かい潮。 それも結構流れている。 GPSをチェックすると、7-9km/h。 うん、向かい潮でもなかなかいい感じである。
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垂水、白水を越えて、大串へ。 ここでしばらく上陸して、お昼ご飯。
『なかなかキツいのう』 『もう半分以上来ましたよ』 『いろんな状況でのスピードが分かりました。 こりゃあなかなかええ感じじゃないですか』

いろいろとお話を伺うと、地元の方々が知っている限り、これまで櫂伝馬で大崎上島を一周した人はいないとの事!
『こりゃあ、凄い事で! あんたら、歴史に残るわ!』と、伴走していただいている櫂伝馬の大先輩。 『ほうですか! じゃあ、今日は絶対やり遂げんといけんですね』と私。
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お昼ご飯を含めて30分弱で再び出発。 大崎上島の西岸を南下し、明石瀬戸へ。
漕ぎ続けて来た疲れと、向かい潮で、なかなかスピードが乗らない。 時速は、6-8km/h。
太鼓が気合いを入れ、みんなで声を出し、頑張って漕ぎ進む。 こりゃあ、ほんまにキツーイ!!!
 
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明石港で休憩し、清風荘の建つ岬を越えると、ゴールは目の前。 水軍の舟は気勢を上げ、ゴールを目指して打ち込み、漕ぎ進む。
午後1時半。 出発した桟橋に戻って来た。 『やったー、到着! 大崎上島を一周したどー!』
 
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みんなで喜びを分かち合い、頑張りを讃え合う。 最高の瞬間だ。
『トライアル航海は大成功でしたね。 いろんな状況でのスピードも確認できたし、天気次第だけど一日30kmくらいの航海なら大丈夫だと分かりました』 『来年、島へ行きましょう!』

大崎下島の櫂伝馬の歴史に、新たな1ページを加えた今日の航海。 そんな大事な時間を共有させていただくことができ、『瀬戸内海洋文化の復興、創造、そして継承』をテーマに海を漕ぎ続けている私にとっては、生涯忘れる事のできない一日となった!
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夕方からの打ち上げにも参加させていただいた。 櫂伝馬が大好きなメンバーと飲み話す楽しい時間。
地元の方から、漁業の抱える問題や、櫂伝馬の歴史、大崎上島にとっての今日の櫂伝馬一周の持つ意味などなどを伺う。

大崎上島の明石にかつて栄えていた槙皮舟の話、櫂を造るための原木の『蜜柑割り』の話、竹原の的場で聞いていた、昔は子供の遊び用に使っていたと言う『三枚舟』の話、大崎上島を訪れた宮本常一の話などなど、瀬戸内海洋文化に関わる貴重なお話が次から次へと飛び出してくる。

大崎上島。 瀬戸内海洋文化を語る上で欠かせない重要な島である事を再認識した。 『あるくみるきく』をテーマに、もっともっとこの島に深く関わって、貴重な話を発掘して行きたいと思う。
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さあて、今日の航海トライアルの成功で、来年の『旅する櫂伝馬プロジェクト』の実行がグッと現実的になってきた。
海上保安庁への連絡、目的地の島への連絡なども動き始めており、徐々に町を上げてのプロジェクトとして盛り上がりつつあるとのこと。 来年の初夏が楽しみだ!

瀬戸内シーカヤック日記: 刎島、馬島ツーリング&周防大島ドライブ

2009年08月22日 | 旅するシーカヤック
2009年8月21日(金) 今日の目的地は山口県の平生町。 お気に入りのエリアの一つ、刎島周辺をのんびりと漕ぐ事にしよう。

海水浴シーズンは、『旅するシーカヤッカー』にとっては出艇場所に悩む時期。 海水浴の人が多く、また駐車場の問題などから海水浴場からシーカヤックを出す事は難しい場合が多く、また普段目的地にしている浜も、サメ避けや安全対策のために沖にネットが張られているため上陸できない場合もある。

そのため、島根半島に行ったり生名島に行ったりするのだが、今回は夏の定番の一つ、刎島を訪れることにした。

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下道を走り、10時過ぎにいつもの出艇場所に到着。 少し風があり、山の上に設置されている風力発電機の羽根は勢い良く回っているが、幸い南寄りの風。 ここは、西風が吹くと手がつけられないのだが、これなら問題なく出せそうだ。

まずは馬島に向かい、刎島との間を抜ける。 正面に、牛島と祝島が見える。 刎島の裏を抜けて佐合島へ。
 
再び刎島に戻り、いつもキャンプする浜に上陸した。
 
暑い。 シーカヤックを引き揚げるとTシャツを脱ぎ、海へドボン。 あー、気持ちイイ!
ここの海は透明で、泳いでいても気持ちが良い。 しばし、プライベートビーチ状態の夏の海を堪能する。
 
キャンプしたいところなのだが、大潮で満潮時の浜が狭く、また雷注意報が出ているので、今回は残念ながら日帰りツーリング。 次回はゆっくり訪れたいものだ。

再びシーカヤックに乗り込み、馬島の裏側を回って、1時半に出発地点へと戻ってきた。 約3時間ほどのお散歩ツーリング。
***
道具を片付け、周防大島へ。

周防大島では、最近お気に入りのお店に行き、少し遅めのランチ。 メニューは日替わりだが、500円/ワンコインでおいしいランチが楽しめるのがこのお店。 今回は、+150円で食後のコーヒーもゆっくりと楽しんだ。 『ごちそうさまでした!』
  
4時過ぎに『星野哲郎記念館』へ。 その後は、これまたお決まりの『竜崎温泉』にゆっくりと浸かり、汗と潮を流す。
 
今日は、周防大島で久し振りの車中泊。 せっかくだから、外で食事をすることにしよう。
お店は、これまで何度か訪れた事のある『慶』 メニューを開くと、『のんた定食(平日のみ)』というのを見つけた。 店員さんに聞くと、3品の定食だとか。 『じゃあ、のんた定食をお願いします』

やってきた定食を見て驚いた。 刺身に、アジの塩焼きが2匹、タイの餡掛けも2匹。 たしかにメインは3品だが、そのうち2品は2匹ずつとは。。。
それに茶碗蒸し、漬け物、みそ汁、ご飯とボリュームたっぷり。 これで1100円! 安いなあ。

冷えた生ビールと、おいしい魚。 これまた絶品の茶碗蒸し。 あー、タマラんなあ。 来て良かった。
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翌朝。 クルマの中で目を覚ます。 今年は夜が涼しいので、この時期の車中泊でもなんとか寝ることができた。
空は曇り。 天気予報では、雷注意報が出ており、午前中は雨が降るかもしれないとの事。

車中泊した海岸付近を1時間ほどウオーキングした後、沖にある島へと続く防波堤で海を眺めていると、地元のおじいさんが歩いてこられた。 『おはようございます』と挨拶すると、『おはようございましたのんた』と返ってきた。

『この道は、昔はなかったんよ。 昔は、潮が引いたら向こうの島まで釣りに行きよった』 『そうなんですか。 いつ頃この防波堤ができたんですか?』
『そうじゃなあ。 わしがこっちに帰ってきたんが昭和35年ころじゃから、たしかその頃じゃなかったかの』 『この辺じゃあ、真珠の養殖をしよったらしいですね』 『ほうよ。 じゃけえこの防波堤の道を造る前は、竹を組んで並べて、向こうの島まで歩いて行けるようにしとったよ。 わしらも、前は釣りに行っても潮が満ちる前に帰らんといけんかったが、竹の橋ができてからは、いつでも帰られるようになったけえ便利じゃったよ。 その頃は、竹の橋に筵を敷いて、その上に座って釣りしよったなあ』

『この辺りは2回に分けて埋め立てられとるんじゃ』 『ええ、前に聞いたことがあります。 昔は下田神社のすぐ下が海じゃったそうですね』 『ほうよ。 最初は国道のとこまで。 その次はこの道の駅の方まで』
『この防波堤ができるまでは、このあたりはええ浜で、アサリがえっと採れよった。 あそこの集落の人らは、干潮になったら掘りに来て、えっと背中に背負って帰りよったもんよ』 『そんなにたくさん採れたんですか!』 『ほうよ』
『それとな、干潮の時には杖を突いて歩くんよ。 そしたら、所々でシャーッと潮が噴き上げる。 そこを掘って、大きな貝を獲りよったなあ。 あれは、なんちゅう貝じゃったろうか』

『昔はそがあに貝や魚が居ったんですねえ。 埋め立てたり、防波堤を造ったりしたら潮の流れが変わる言いますけん、そういう影響があるんでしょうね』 『そうじゃろう。 アサリの小さいのを撒いたりしよったが、それでも最近は育たんらしい。 それに昔は、この辺りでも浜のすぐ傍まで大きなチヌが寄りよったもんじゃが、最近は滅多に見んようになったよ』 『ほうですか。 さっき、ここの前にこれくらいのチヌは一匹だけ見かけました』
***
その後しばらく話すと、おじいさんは帰っていかれた。 『いろいろ聞かせてもろうて、ありがとうございました!』
今日は、この辺りを漕ぐつもりだったのだが、空は次第に暗くなり、風も出て、小さい雨粒も落ち始めた。 ほんと、今年は安定した天気が長続きしない。

昨日は晴天の中、刎島付近を漕いで海水浴も楽しんだし、周防大島では温泉と食事を堪能して、短い時間ではあったが地元の方からこの辺りの昔のお話を伺うことができた。 満足満足。 さて、ゆっくり帰るとするか。

瀬戸内シーカヤック日記: 大崎上島_住吉祭り&櫂伝馬競漕

2009年08月13日 | 旅するロードスター/アテンザ
2009年8月13日(木) 今日は大崎上島で住吉祭りが行われる。 祭りでは、櫂伝馬競漕も行われるということなので、見学に行くこととした。

ロードスターの幌を降ろし、海沿いの道を快適なドライブ。
 
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竹原港にロードスターを停め、フェリーで大崎上島へ。
 
白水港に着くと、そのすぐ傍には飾り立てた海賊船が! 白水と書いた旗が見えているので、これは櫂伝馬競漕に関係のある船に間違いない。 大崎上島は、櫂伝馬競漕でかなり盛り上がっているようだ。

海賊船の前にたむろしている人々の中に、先日櫂伝馬の練習で訪れた木江でお世話になった方々の一人を発見。 『こんにちは。 先日はいろいろお世話になりました』と挨拶。 立ち話で伺ってみると、競漕に参加する各地区では、この日のために小型のフェリーや客船などをチャーターし、予備の漕ぎ手や飲み物などを積んで海上で待機しておくのだそうだ。
 
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その後、『旅する櫂伝馬プロジェクト』の最初の打ち合わせと櫂伝馬体験で訪れた古江に行くと、いつもお世話になっているFさんが居られた。 挨拶を交わし、先日の木江での競漕の結果や、一緒に櫂伝馬プロジェクトに関わっており、木江に長期滞在して連取に参加し、櫂伝馬競漕では漕ぎ手にもなったAさんの話などを伺った。 『今日は頑張って下さい!』
 
開会の式典が行われ、神輿を船に運び、スタートの準備。
 
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13時40分。 スタート!
私は、教えていただいたゴール付近の桟橋に陣取り、カメラを構えた。 少し風はあるが、薄曇りから時折晴れ間がのぞく、快適な天気である。
 
だんだんと近付いて来る。 追い風に乗って、なかなか良いペースだ。
 
桟橋を越えると、生野島との間にある旗の立ったブイを回って戻って来る。 ここでのターンも見所の一つ。
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桟橋前では、ゴール前のデッドヒート! 抜きつ抜かれつの全力競漕である。
 
ゴールした櫂伝馬を、観客みんなで拍手でねぎらう。 スタートからゴールまで、全力漕ぎでなんと15分の長丁場。
これはキツいなあ。 若くないと漕げないと言うのが納得できる。
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競漕が終わり、桟橋から上がろうとした時、これまた先日の木江でお世話になった方を見かけた。 『こんにちは。 先日はお世話になりました。 ごちそうにもなって、ほんとありがとうございました!』 『お、今日は見に来たん?』 『ほうなんですよ』

『今日は島に泊まるん?』 『いいえ、今日は帰るんです。 ところで今日のは出られんかったんですか?』 『おお、今日のは長いけん。 きついわ』 『ほうですよねえ。 時計を見よったら、15分くらい掛かりよったですね』
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『じゃあ、失礼します。 また遊びに来ますけん』
今日は、これまで二度の島訪問で顔見知りになった、何人もの方にお会いすることができた。 櫂伝馬が結ぶ縁。 本当にうれしいことである。
大崎上島の櫂伝馬競漕、必見です! でもやっぱり本音は、見るよりも漕ぎたいなあ!!!

*** 備考 ***

 
↑ この角度から見ると、大崎上島の櫂伝馬は競漕用にスピードを重視した幅の狭い船である事が分かる。 櫂はワイドブレード。
 
↑ こちらは祝島の櫂伝馬。 こちらは神事が主な用途であり、今では競漕には使われていない。 大崎上島の櫂伝馬に比べて幅が広く、船の高さも高い。 櫂はナローブレード。 大崎上島の中でも地区によって舟底の形は違うそうだから、櫂伝馬の地域と舟形の分析も、なかなか興味深いものである。

また、昨年の横断隊で祝島を訪ね、島の方々と酒を酌み交わしながらお話を伺ったとき、かつて祝島の櫂伝馬が老朽化し、新しい舟を造るまでの間、大崎上島の木江まで櫂伝馬を借りにいったことがあるとのお話を伺って驚いたことがある。
瀬戸内における櫂伝馬の歴史を紐解いてみるのも、これまた面白い話が発掘できそうな予感。

瀬戸内シーカヤック日記: 『旅する櫂伝馬プロジェクト』_大崎上島、櫂伝馬競漕練習参加

2009年07月26日 | 旅するシーカヤック
2009年7月24日(金) フレックスを利用して少し早めに仕事を上がり、ロードスターでそのまま大崎上島へと向かう。

祝島の神舞で櫂伝馬を漕いだ時の私のブログを見て、大崎上島出身のFさんに声を掛けていただき、メールや電話でやりとりしている内に『瀬戸内カヤック横断隊』のように櫂伝馬で旅をしたいね、という話で盛り上がり、静かに始動した『旅する櫂伝馬プロジェクト

今日は、その一環として、8/1に行われる櫂伝馬競漕に向けた練習を体験させていただくのである。 ただし基本的に、一週間行われる練習に全て参加しないと競漕には出られないということなので、私の場合は体験参加である。
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大崎上島は、日本の櫂伝馬の約1/3が残っていると言われるほど櫂伝馬競漕が盛んな島。 櫂伝馬の時期が近付くと血が騒ぐという人も多く、伝統行事として長く続いている。

練習は、月曜日から土曜日まで、午後7時から9時までの2時間。 今回は、22日にフネを降ろして練習を始めたと言うことで、3日目の練習参加となった。
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午後6時過ぎ。 櫂伝馬が舫ってある港に着くと、練習の準備が始まっていた。 午後7時からの練習に向け、徐々に人が集まって来る。
次々と来られる方に、『こんにちは』と会釈したが、日に焼けた坊主頭の人や、いかつそうな人が多く、私は少々ビビり気味。
私を誘ってくれたFさんも来られ、『今日、呉から来てくれたNさんです』と紹介していただく。 『よろしくお願いします!』と私。

しばらくすると、今年船頭を勤めるというFさんと、ベテランの地元の方が櫂伝馬に乗り込み、なにやらやり取りしている。 聞いていると、櫂をロープで固定する穴の位置について議論しているようだ。 昔と今の漕ぎ方の違いや、それによって異なる漕ぎ易い穴の位置などなど、途中からはメジャーを取り出し、あと何センチこっちにとか、何番の櫂の穴の位置は云々だとか、真剣なやり取りが続く。
いやあ、大崎上島の人たちにとって、櫂伝馬はとても大切な行事なんだなあ!
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7時になり、雨の中の練習開始。 みんな裸足になって、櫂伝馬に乗り込む。 そう、櫂伝馬は神聖な神様舟なので、履物を脱いで乗り込むことになっているのだ。
今年初めて船頭を勤めるFさんがリーダーとなり、港の周りを漕ぐ。 私は、太鼓側の3番を漕がせていただく。 ベテランの方が一緒に乗り込み、櫂の漕ぎ方や、船頭の大櫂の操作について指導して下さる。

暗くなると、舳先に取り付けた懐中電灯を点けて練習を続け、午後9時頃に練習終了。
***
練習が終わると、近くの集会所に移動してくつろぐ。 毎日、練習後にはこのように集まって軽く打ち上げをやっておられるとの事。 卓を囲み、ビールで乾杯。 ベテランの方も同席され、櫂伝馬についての話で盛り上がる。

『あの櫂は重すぎる。 少し削った方がええんじゃないか』 『もう、全体が太いわい。 あんなんじゃあ、グッと力を入れて進ませよう思うても難しい。 昔の櫂いうたら、片手で軽う持てよったもんじゃが、今の櫂は両手でしっかり持って渡すような感じじゃもんのう』 『細うて折れるのは駄目じゃが、こんな硬いと漕ぎにくいわ』
『櫂を削るいうて、自分達でやられるんですか?』と私。 『そうよ。 鉋を使うて削る』 『柿渋を塗るんも自分らでやりよった』 『そうですよね。 たしかに前は、あの何番いうて書いてある字が読めんようになるくらいまで削りよったですよね』
『柿渋は、何のために塗るんですか?』 『水が染み込まんようによ。 少しでも軽い方がええけえの』 『なるほど』

『競漕前の二日間は、櫂伝馬を陸に揚げて乾かすんよ』 『やっぱり軽うなったら違いますか?』 『そりゃあ違う。 浮き方がぜんぜん違うわ。 でも、2レースくらいしたら、水が染み込んで結局同じになるんじゃがの』
***
私はシーカヤックで瀬戸内を旅しており、この付近では生野島に良く行っている事や、竹原から出て大三島の台海水浴場でキャンプしたりしている事をお話しすると、『ええ、台まで漕ぐ! ようやるのお』 『あれですよ、竹原から岡村島まで漕ぐ事もあるんですよ』

また、シーカヤックでも硬すぎるパドルは漕ぎにくい事や、先日お話を伺った大崎下島での櫂造り職人さんの話、昔は祝島から木江まで櫂伝馬を借りに来た事があるという話などなどを交えつつ、更に櫂伝馬のお話を伺う。

『柿渋は、フネにも塗るんよ』 『ほうですか! 沖縄のサバニを造る所を見に行った時には、サバニにはサメの脂を塗る言うて聞きました』 『へえ、そうなんね』

『あの、櫂を取り付ける所の木は松を使うんよ。 毎年取り替えるんじゃが、昔は自分らで山に取りに行きよった。 ええ木ががあったら、ノコで切ってもって帰りよったもんよ。 昔はだれも文句いうもんはおらんだった』 『そうでしょうねえ、上島で櫂伝馬の人らじゃいうたら、文句は言えんかったでしょう』

『櫂伝馬でも、底の形でぜんぜん違う。 漕いだとき、舳先が浮き上がって疾走するけど、漕ぐのを止めたらすぐに停まる舟もあるし、最初の加速は悪いが漕ぐのを止めてもそのまま進む舟もある』 『シーカヤックも一緒です! ダッシュがええフネもあるし、なかなかスピードには乗らんけど巡航速度は決して遅くないフネもあるんですよ。 ちょっとした底の形や長さと幅の比率で違う』
***
その後も、昔の櫂伝馬競漕の話や、島の産業の事などなど、四方山話で盛り上がり、楽しい交流会は終了。
最初港で見た時は、いかつい人ばかりで内心ビビッていたが、熱くて濃くて良い人ばかり。 打ち解けることができて良かった!
『あんた。 また、漕ぎに来んさい』 『はい、ありがとうございます!』

一部の人は2次会に行くと言う事で、『あんたも一緒に行こうや』と誘っていただき、近くの店で再び盛り上がる。

こんな櫂伝馬好きの人たちが住む大崎上島で進める『旅する櫂伝馬プロジェクト』 これは楽しい企画になりそうだ!

瀬戸内シーカヤック日記: オルガン座上映会、カヤック&フィッシング

2009年05月31日 | 旅するシーカヤック
2009年5月30日(土) 10時過ぎのバスに乗り、妻と二人でワーナーマイカルシネマズに行き、午後一番の『天使と悪魔』を見る。 『天使と悪魔』 スピード感があり、ハラハラドキドキのシーンも多く、なかなか面白い映画であった。 家に帰る妻をバス停まで送ったら、一人、街まで歩く。
今日のメインは、「すおうにうかぶあおいしま〜祝島のそらとうみをおもう上映会〜」。 祝島出身の明子さんのお誘いを受け、夜は『オルガン座』で行われる上映会に行く予定。

たっぷり時間があったので、街までウオーキング。 日頃歩かない裏通りを散策し、古書店を巡り、街を楽しむ。

そろそろ良い時間。 原爆ドームの前を通って、オルガン座に向かう。
 
明子さんに挨拶し、ビールを注文して、2階部分に相当する場所へ。 最初は、『ぶんぶん通信vol.1』の上映。 10分の休憩を挟んでトークセッション。 ぶんぶん通信は、神舞の櫂伝馬のシーンもあり、櫂伝馬を通じて知り合った祝島の方々が多く出ておられたので、楽しめた。 うん、やっぱり祝島は好いなあ!
***
本当は、打ち上げに参加させていただく予定だったのだが、終了したのが10時半過ぎと、私の想定よりかなり遅かったので、打ち上げ参加は諦めた。 『明子さん、ごめんねー。 呉の家まで帰れんようになるけん。 誘ってくれてありがとう。 また、祝島ででも、ゆっくり話ができるといいねえ』

最終の市電で広島駅まで行き、JR、タクシーと乗り継いで家に戻ったのが0時半。 朝は10時過ぎに家を出て、久方ぶりの午前様。 風呂に入り、1時過ぎに就寝。 バタンキュー!
***
2009年5月31日(日) さすがにいつもの5時には目が覚めず、7時過ぎに起床。 今週は土曜日に予定が入っていたので、久し振りに日帰りツーリングの予定。

キャンプツーリング/泊付きツーリングと日帰りツーリングは全く別ものであり、楽しみの深さは比べようもないが、たまにはそういう週末もある。
かの野田知佑氏も言っているではないか、『(全略)それも日帰りの川下りではなく、何日かかけて川を旅するリバーツーリングがいい』、『汚い水の川でちょっと漕いでごまかすより、一年に一回でいいから、理想的な川でフルに楽しんだ方がいいと思う』 

せっかくなので、そういう時には何か一つ小さな楽しみを加える事にしている。 例えば、昔使っていた懐かしいガソリンストーブやアルコールバーナーを引っ張り出してきて使ってみるとか、持って行くお菓子や食材に一工夫加えてみるとか、知り合いの漁師さんが居る島に行ってみるとか。
『カヌーをただ漕ぐだけでは楽しみに幅がないし、底が浅い。 カヌーに色々な遊びをとり入れると面白さが倍加する。 カヌーに釣り、潜り、泳ぎ、山菜採り、食べる事、キャンプ、旅行をつけ加えたものがリバーツーリングである(野田知佑)』

そして今回は、『カヤック&フィッシング』 春に訪れた島の駅で、店じまい3割引の格安釣り道具セットを手に入れていたので、それを引っ張り出してきた。 ということは、いつものあの浜だな!
***
途中で、青ゴカイを300円ほど購入し、出艇場所となる浜へと向かう。

準備を終えて漕ぎ出すが、今日は体が重い。 『あれれ。 やっぱ昨日の疲れが残ってるんだ。 もう若くはないなあ。。。』
浜に到着すると、さっそく竿を取り出し、仕掛けを付け、投げてみる。
 
10秒ほど待つと、竿を持つ手にビクビクと振動が伝わってきた。 もうちょい。 よし。
グイッと竿をあおり、リールを巻く。 ギザミ/ベラである。 20センチオーバー。 なかなか大きいじゃないか。 出足は好調!

カヤックで誰も居ない浜に行き、釣りをするとき、私は竿一本派である。 竿を何本も投げてクルマの所で待っている人をよく見かけるが、あれは数を釣るのが楽しいんだろうなあ。 私は、『魚が釣れた』よりも、『魚を釣った!』という方が楽しい。

本当は、釣りよりも潜って銛/ヤスで魚を突く方が好きなのだが、どうせ釣るなら手応えをリアルタイムに感じられる持ち竿の方が好きである。 ピクピク、ビクビクと魚が餌をつつく感触を確かめ、タイミングを見計らって竿をあおり、グイッと魚が掛かった重みを感じるとき、狩猟本能が満たされるのだ。
***
今日は、岩場での釣りと言う事で、先日試作した、『フェルトソール付きサンダル』を履いてみた。
 
カヤックを漕ぐ時も違和感なく、海藻が生えている岩場でもガッチリとグリップしてくれ、全く不安感なく釣りを楽しめた。 これはなかなか良いなあ。
***
投げて、少し待つと、毎回ビクビク、ピクピクと当たりがある。 やはりここは良い釣り場だ。
 
小さなコチ。 20センチ級のキス。 たまにクサフグや、カナコギが混じるが、ほとんど入れ食い状態。
***
釣りをしていると、徐々に空が暗くなり、南風も強くなってきた。 気温も下がり、あまりうれしくない状態。
家族で夕食に食べるくらいは確保したし、そろそろ引き揚げるとするか。

久し振りとなる日帰りツーリングであったが、『カヤック&フィッシング』にして正解だったなあ。 夜は、キスの塩焼きでビールをグイッと飲りますか!

瀬戸内シーカヤック日記: 大崎上島_櫂伝馬プロジェクト、始動

2009年05月10日 | 旅するシーカヤック
2009年5月9日(土) 今日の目的地は、大崎上島。 瀬戸内らしい眺めが楽しめるフェリーで島へ。
 
シーカヤックを積んでは来たが、今回の目的は『櫂伝馬プロジェクト』の打ち合わせと、櫂伝馬の体験である。
***
今回声を掛けて下さったのは、大崎上島出身の熱烈な櫂伝馬フリークであるKさん。 若いが、人望もあり、熱い人だ!
昨年祝島の神舞で櫂伝馬を漕いだブログを見て連絡をいただき、それ以来やりとりをさせていただいていた。 また、島外からは、私以外にもう一人、櫂伝馬に関心をお持ちだというプロの船乗りであるAさんも招かれていた。
 
島の居酒屋に有志が集まって酒を酌み交わし、櫂伝馬の話で盛り上がる。 今回のプロジェクトはまだまだ柔らかい構想段階だが、今は競漕にのみ使われている櫂伝馬で、2日か3日の旅をしてみようというのが最終目標である。

そう、本プロジェクトのテーマは『旅する櫂伝馬』 リーダーはもちろん、言い出しっぺのKさん。

と言う訳で、途中からはテーブルの上に海図を広げ、酒を飲みながら、島の人たちはこれまで櫂伝馬を漕いだ経験から、そしてAさんはプロの船乗りの視点から、はたまた私は尺取り虫方式での瀬戸内横断旅や、瀬戸内カヤック横断隊での経験などを踏まえて、 『あそこに行ってみるのはどうだろう?』 『こっちのルートは?』 『ここは潮流が厳しいですよ』 『巡航速度はどれくらい?』 『泊まりはどうします?』 『こういう目的で旅をするのはどうでしょう』 『あそこにも声を掛けてみたら』 などなど、夢が広がる楽しい一時。

まずはあせらず、数年掛かってもよいから徐々に距離を伸ばして、櫂伝馬の航海性能を確かめてみようと言う事に。
そして最終目的地は○○(上記のディスカッションを経て、当初の目的地から変更しました)。 旅する櫂伝馬プロジェクト。 楽しみだなあ、今からワクワクするよ!
***
翌朝。 櫂伝馬を漕がせていただけると言う事で、艇庫のある場所に移動。
そこには、すでに地元の方々が数名待っていただいていた。 島外から来た私たち二人のために、わざわざ櫂伝馬を出して下さり、漕ぎ手としても加勢してやろうとのうれしい心遣い。 感謝感謝!
 
ここの艇庫がなんともいい感じ。 下が水路となっており、満潮時にはチェーンブロックを使ってそのまま櫂伝馬が海に浮かべられるようになっている。 なんだか、サンダーバードの秘密基地のようである。

また、ここの櫂伝馬は幅が狭く、ハルはV字。 さすが競漕用のフネ、なんとも早そうだ。
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キャッチの良さそうなワイドブレードの櫂。 そしてなんともいえない威圧感の感じられる『大櫂』
***
 
大櫂を櫂伝馬に留めるための部品は、地元のおじいさんの手作り。 『これは作られたんですか』 『そうよ。 針金を芯にしてロープを編み込んでつくるんよ。 ここは色を変えてあるけえ見た目がええじゃろう!』 『ほんまですね。 かっこええです』 『ここの所は、赤と白に塗ってもかっこええでえ。 わしがつくったんじゃけえ、塗ってもええ言うて言いよるんじゃがのお』 『そりゃあ、紅白じゃったら映えるでしょうねえ』
昔はバリバリ漕いでおられたという、いかにも櫂伝馬が好きだというオーラがでている大先輩である。 ええなあ。
***
準備をして海へ出る。
 
今日はまだ本格的な練習が始まる前の時期に、Kさんの計らいで特別に櫂伝馬を出していただいたと言う事で、大櫂と太鼓、そして漕ぎ手は6人程度で3番櫂まで。 それでも、私たちのために貴重な時間を割いていただいているのである。
本当にありがたいことだ。
 
太鼓に合わせて声を出し、漕いでみる。 うん、祝島の時の感覚を体が徐々に思い出してくる。 Aさんも、カッターや櫓櫂船を漕いで居られるという事で、うまく漕いでおられる様子。
休憩のとき、私たちに対して、『おお、最初にしちゃあなかなかええじゃない。 初めての人じゃったら、櫂がぶれたり、なかなか合わせられんもんじゃが』
***
『どうや。 大櫂もやってみるか?』 『はい、ええんですか?』 『せっかくじゃけえ』 ということで、大事な役目である大櫂も初めて体験させていただくことに。
『曲げる時は少し深めに沈めて。 回り終わったら浅めに。 肩幅で足を開いて。 そう、こんな感じ』

太鼓に合わせて6人が漕ぎ、私が大櫂で舵を取る。 漕いでいる間、徐々に舳先が曲がろうとする。
そこを、舳先と行きたい方向を見て、まっすぐ進むように大櫂を微妙にあやつる。 ラダーを上げたシーカヤックで、バウが左右に振れながら、微妙にパドリングで調節し、真っ直ぐ進むようにする感じである。
『お、なかなか上手いじゃない。 真っ直ぐ進ませるんが難しいんで。 ええ感じじゃあ』 『ありがとうございます。 少し左右に捻るだけで充分コントロールできますねえ。 舳先の振れ方、修正の仕方なんか、シーカヤックと似た感じです』
『ほうか、シーカヤックやっとるんか。 それで感じが分かるんじゃな』

再び漕ぎ手に戻り、穏やかな瀬戸内の海を 漕ぐ、漕ぐ、漕ぐ。
最後は、櫂伝馬競漕の雰囲気を味わおうという事で、数分間の全力漕ぎ。 顔からは汗が噴き出し、息が上がる。
フーッ、こりゃあキツいが楽しいのう!

『ありがとうございました。 これはええですねえ。 楽しかったです』
櫂伝馬を片付け、Kさん、Aさんにシーカヤックを体験していただいた後は、島の方々も交えてしばし歓談。 それにしても皆さん、本当に櫂伝馬が好きなんだなあ。 ええ島や!
***
Kさんに声を掛けていただいてスタートした櫂伝馬プロジェクト。
まだまだ始まったばかりで、これからいろいろなハードルが待ち受けているだろうが、それらを一つ一つ乗り越えていくのも楽しみだ。 櫂伝馬の航海性能についても興味津々。

『瀬戸内海洋文化の復興、創造、そして継承』 瀬戸内の海を、シーカヤックが、そして櫂伝馬が、ごくごく普通に旅する姿が見られるようになるといいなあ。