ガタゴトぷすぷす~外道教育学研究日誌

川口幸宏の鶴猫荘日記第2版改題

休息の一日

2016年10月11日 | 日記
○7時15分起床、起床時室温20度。夜中、頻繁に目覚め。
*毛布を一枚重ねたが、冷えを感じることもあった。いよいよ本格的に寒くなりゆくのかな。
*強い疲れを覚えた昨夕。休息もリハビリだ。かといって、食っちゃ寝は止めましょう。
○運動を兼ねて、お昼の買い出し。新柏・東武ストアーへ。足取りが軽い時と重い時とが混じり合うお散歩。ぜーんぶ、軽くナーレ!
○今日のお昼は思い出の品々からアレンジ-
 ぼくたち夫婦にとって、高知は「第二の故郷」の思いがある。
 ぼくにとっては教育学研究の出発となり、また、10年余高知大学で非常勤として勤めたところ。細君にとっては法政大学湯川和夫ゼミで「植木枝盛研究」に取り組み、生涯の友と呼べる仲間と「大学民主化」に果敢に取り組み、その仲間のお一人が高知に結婚して居を構えている、というところ。ぼくたちは迷うことなく、新婚旅行先に高知を選び、それぞれの研究フィールドを訪ね歩いた。
 細君の友人のお宅にもお世話になり、手作りの料理をいただいた。「カツオのタタキは、七輪と麦藁でタタキ焼をしないと、本物ではないんだけれど、我が家ではそれがなくてもできるオリジナルカツオタタキを作って楽しんでいます。」
 あまりの美味しさにうなったぼく.その後今日まで数度作成チャレンジをしたが、あまり感心した出来ではなかった。しかし、今日もまたチャレンジ!
 添え物に、アボガド、次郎柿。カツオタタキもどきの上には玉葱スライス(当然水戻しをします)、カイワレ。仙台味噌仕立てのしじみ汁。別品には、鱈の白子オリーブオイル焼。
 自分で言うのも何ですが、これはうまい!40数年前の新婚の味を思い出しました。あまり元気が無い朝だったのですが、この料理作りですっかりいつものバカ元気爺さんぶりを取り戻しました。

○「セガン」、ていねいな先行研究批判を記述しなければ、と改めて考えた。何故に、ウソ八百のセガン像がまじめに描き続けられたのか。基本的には、基礎資料を批判的に読むという、言わば研究的常道が実行されてこなかった、ということなのだが、どうしてそうしてしまってきたのか、ということの指摘もちゃんとするべきだろう。要点は、というよりはコアとなることは、「医学博士」肩書きがそうさせた第一要因である、ということ。それを元に、1880年のセガンの葬儀の際に、「医学博士セガン氏」という弔辞が読まれる、語られる業績は「白痴の使徒セガン」。セガンの「白痴教育論」の継承発展に意義を認める研究の世界においては、「医学博士のセガンが白痴教育を開発した」という一行認識になる。しかし、関連研究をするために当時の研究書類を丹念に読んでいれば、「セガンの白痴教育は見事だ。」という賛辞ととともに「セガンは医師ではない」という言葉が添えられていることに気づくはずなのだ。つまり、そこまで、史資料の読み込みはしていないのがセガン研究者たちだった、ということだろう。怠け者なのか、拙速なのか、無能なのか…。こういう「結論」を出したセガン研究者は、当時、20代後半のばりばりの若手だった。だから、気を回すだけの余力は無かったであろう。それは同情する。しかし、その後、数十年にわたって、その「成果」のみで斯界を「支配」しつづけてきて大御所となっているわけだから、この点は無能者との酷評が与えられてもやむを得ないだろう。
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