鶴猫荘日記第2版

リタイア人間の日々の暮らしぶりを綴ります。
      リハビリを楽しもう!

休養日

2017年03月21日 | 日記
○7時起床、起床時室温14℃。セガンの実践記録書の出版の夢。藤井力夫氏の訳本を偉そうにぼくが監修する。
○午前中、書籍恵贈に対する礼状書き。
○午後、シェークスピア劇「真夏の夜の夢」鑑賞。この作品を真っ先に選んだのは、オリヴィア・デ・ハヴィランドが主演だと案内にあったからだ。「風と共に去りぬ」「遙かなる我が子」「女相続人」の演技ですっかりファンになってしまったからだ。「真夏の夜の夢」は彼女の初映画出演だということも惹かれた理由である。コメディー恋愛映画だが映像が幻想的で、これまでに見たこともないような作りで感動することが多くある。不案内な映画だよなーと思いながらも、どこかで鑑賞したという感覚が強くある。何だろう、と頭をひねったが、「今を生きる」の劇中劇であることに気づいた。
*シェークスピア劇といえば、学習院大学在職の初期6年ほど、「シェークスピア・ドラマ・ソサイアティ」という学生劇団の顧問を務めたことがあったな。頼まれ顧問だから2000年度の海外研修を機に辞めることになったけれど。名前だけの顧問といった方がいいだろう。はじめの2年は部長・副部長らと、研究室で台本をめぐって討議したものだったけれど。
○秋山良昭 様 
 「子どもの風出版会」を興されたとのお知らせをいただきました。おめでとうございます。また、記念すべき出版書籍2点をご恵贈賜り、ありがとうございます。いずれの書も、時宜を特に得た主題物でありますので、高い評価を得ることと確信しております。
 ご承知のように、私は現在、加齢黄斑変性症に罹病しており、左目がものを見る機能をほとんど果たしておりません。まるで水の中で目を開けて景色を見ているような視界状況です。それで、ご恵贈いただいた書物をすぐに読み終え寸感を添えてお礼を申し上げなければならないのが本来なのですが、研究者を名乗るに恥ずかしい読みのスピードの現況のため、御礼を申し上げるのが、遅くなりました。申し訳ありません。
以下、乱暴でつたない読後感であります。
☆住友剛著『新しい学校事故・事件学』に関わって
長年、教員養成に携わってきて、「学校事件」「学校事故」を数多く見聞きしてきました。しかしそれらを「学」の目で捉えようとはせず、「教育法」を筆頭とした「法律」分野(限定)としてみてきました。その意味で非常に新鮮さを感じた書名でした。読後感想(印象と申し上げる程度しか理解していないと思いますが)は、非常にきめ細かな分析と「事件・事故」そのものの理解ならびに以後の対応への手引きがなされており、「実践学」だと好印象を得た次第です。
☆野田彩花・山下耕平著『名前のない生きづらさ』に関わって
私の主としてきた専門分野は「生活指導」です。「不登校」は「登校拒否」と言葉化していた時代からの参入者です。私がもっぱら発言してきた「生活指導」内容は、「非行」分野でした。ただし、統計上示される「非行」には括れないような「問題行動の芽」とされるところに興味を強く持ち、関わり事例を「選んで」いたように思います。もちろん、大学生相手で「引きこもり」者や「不登校」者、さらには「生きづらさ」者と関わることを拒否せず、研究室をそうしたサロンのために開放していた、という経験をしてきております。この書物の中にも登場する人物が、そうした私の経験世界におります(ただし、この人物は、卒業して随分経ってからの直接関係でしたけれど)。そういうことから、読み進めながら、関わった小学生、中学生、高校生、引きこもり青年、大学生、その親、きょうだいたちのあれこれの姿を重ねることが出来、それだけに、読むスピードが落ちてしまうほどでした。以下、共感的読後寸感です。
*「ナマモノ」という言葉感覚、とてもよく分かります。どうにも言葉化された(概念で括られた)世界だけで生きていない人間の本質。そして、本書のメインとされている<事例>だけでなく、「ナマモノ」はすべての人間にあてはめて共同的に生活することが出来る、共感言語だと思いました。
*ズレ、という言葉も用いられていますね。私は「ズレ」という言葉そのものが「言葉化の世界」が誕生させたものであり、上に挙げた者たちが盛んに使用していたので、理解はしつつも、自分自身を相対化する言葉でしかなく、かつ「言葉化の世界」に対する「攻撃」性を感じてきました。これでは共同を求めることは難しいなあ、と。共同しなくていいからほおっておいてくれ、というのでしょうか。そのあたりがよく分かりません、関わりを持っていた折りにも、本書を読み終えた今でも。
*私は、「言葉化の世界」にあてはめて生きなければならないと身を焦がしている青年たちと、談笑を繰り返してきました。そして、「言葉化の世界」を「匿名」と仮称し、「匿名からの脱出」が必要であろう、と考えてきています。硬いですけれど、1992年に学習院に着任して以降の、私の教育実践課題としてきました。
 ありがとうございました。ご発展を心から祈念いたします。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 柏にて、曽田君、平野君たち... | トップ | もう一つのセガン生誕二〇〇年祭 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。