鶴猫荘日記第2版

リタイア人間の日々の暮らしぶりを綴ります。
      リハビリを楽しもう!

通所リハビリ

2017年07月29日 | 日記
○6時起床、起床時室温28℃。3度起き、2度寝。
72.1
127 72 50
○粋生倶楽部増尾通所リハビリ
*訓練開始前に、所長さんのご厚意で、「ひまわり畑」の見学。曇り空のせいだろう、全体的に頭を垂れる花姿だった。花顔をこちらに向けているのも少なくなく、車窓からの見学を、一時、楽しむことが出来た。
*昨日の「ジョギングできた」を喜んで下さった。ひまわり畑訪問は、その(機能回復の)記念、ということだと、所長さんのご案合い言葉を理解した。嬉しいことです。
*O脚が改善しつつあることの確認。写真撮り。O脚やがに股は「個性的資質」だと思い込んできたが、そうではないことを感じた。機能改善の運動・リハビリはこういう所にも働くのだな。
*訓練はいつも通り(自転車は出来なかったが)。
*髭話題で複数のご婦人と会話。「似合っている」といわれ、やに下がっております。
○目の不具合を理由にして、しばらくフランス語の読みから「逃げて」いたが、逃げていても始まらず、終わらずであることは事実。少しはフランス語の読みにチャレンジしようと、目の不具合の程度を探ることもかねて、内容理解というより、とにかくフランス語、フランス文化、19世紀に感覚的に触れてみようと、午後からチャレンジ。テキストに選んだのは、挿絵からも理解できるようにと、『19世紀フランス人の自画像』より、「地方」編の中から。見出し単語を追うだけの作業。問題は、辞書引きにあることに気づいた。辞書が読みにくい。辞書は引くものではなく読むもの、という心得の実践はむなしい。しかし、拡大鏡を使えば読み理解することが不能ではないことが分かった。ぼちぼち、目の命のある限り、進めていこうと、改めて決意。ただし、セガンに入り込むのはもう少し時間が必要。
○貼り付けた図版は、とある地方都市に掛けられた(サーカス等)見世物小屋と見学者の列を描いたもの。19世紀前半のフランス。娯楽文化の少ない地方では、見世物小屋が建つと、かなり遠方からも、人々が見学に訪れ、長蛇の列をなした。
 ぼくがこの社会現象に強い関心を抱くようになったのは、一つには「国際博覧会」(「人間博覧会」でもあった)が何故にああも盛況を為したのか、ということにあり、あと一つは、パリの巨大な精神病院の中庭で日光浴をしてこもごもに群れ戯れている精神病者を、まるでお花見をするように、市民が見学する(遠望する)、その「見学料」によって、病院経営の一助としていた、という史実を知ったことにある。
 つまり、「日常」にとって「非日常」とはお金を払ってでも観たい存在だという心理行動の対象でもあった(ある)。人間の「非日常」とは、ずばり、精神障害者、身体障害者など。ここに書くことがはばかれる悲惨かつ非道な方法によって、彼らは「見世物」に仕立てあげられたのである。
 「日常」にある人々は、我先にと、臨時の見世物小屋に押しかけた、添付図版のように。この現象は古今東西の区別なく存在すること。ひょっとしたら、今の我々の心の中にもある、「非日常」への憧憬と同じなのかもしれない。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 快挙!ジョギングが出来るよ... | トップ | 児童公園で運動リハビリ »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。