錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

『浪花の恋の物語』(その14)

2017-05-19 00:42:55 | 錦之助ノート
 この日、錦之助と有馬が出会ったことは、のちに二人が大恋愛の末、結婚したことを考え合わせれば、まさに男と女の運命的な邂逅であった。しかし、それはあとになってから言えることで、この時は二人とも、まさかそんなことになろうとは、思ってもみなかったはずである。
 ただ、錦之助も有馬も、会う前よりはるかに相手のことについて関心を抱き、雑誌の対談のためではなく、二人だけでもっと気兼ねなく話し合いたいと感じていた。
 錦之助は明日の夜京都へ帰って、あさってからは『あばれ振袖』の撮影に取り掛かからなければならず、東京の実家で過ごした10日間の休暇も今日が最後の夜だった。一方、有馬は、現在クランク中の主演作品『胸より胸に』のロケ撮影が台風のため中止になって今日はオフであったが、明日からまた撮影を続けなければならない。
 対談が終わって、これでお別れとなれば、多忙な二人は、もうずっと会えないかもしれない。
「きょうはほんとに楽しかったなあ。このまま家に帰るのはもったいない気分なんで、ぼく、どこかで一杯ひっかけて帰るけど、どう、付き合わない?」
「ちょっとだけなら、いいけど……」
「じゃあ、行こう行こう!近くにいいとこ、あるんだよ」
「でも、酔っ払って、あたしにからまないでよ」
 築地の料亭を出ると、二人は、銀座のクラブへ行き、夜遅くまでグラスを傾け合いながら、語り明かしたのだった。

 錦之助と有馬が二度目に会ったのは、その二年後。昭和32年の夏、場所は神宮外苑であった。「平凡」のグラビアページの写真を錦之助が有馬と二人で撮った時である。
 有馬は、初めての時代劇、松竹京都作品『大忠臣蔵』で内匠頭夫人あぐり役を演じることになり、7月上旬、1週間ほど京都に滞在した。錦之助は有馬に、京都へ来たらあちこち案内すると約束していたのだが、あいにく錦之助はその期間、伊豆で『ゆうれい船』のロケ撮影中だったため、有馬に会えなかった。
 それで、二人は東京で会う約束をして、そのついでに写真撮影の仕事をいっしょにしたのだった。



 この日の午後、撮影が終わって、錦之助は神宮外苑から歩いて10分のところにある青山の実家へ有馬を招いた。お茶を飲みながら話をしていると、有馬が手料理を御馳走するから、自分の家に来ないかと誘った。そこで、錦之助の車で有馬の住む田園調布の新居へ行き、二人は夕食をともにした。
 錦之助と有馬はこの秋に『大成吉思汗』で共演するはずだったが、撮影が延期になって有馬が出演できなくなり、またこの映画自体、製作中止になってしまった。

 それから一年半ほど錦之助と有馬は会う機会がなく、映画俳優としてそれぞれ別の道を歩んできたのだが、機が熟したと言うか、ようやく映画で共演するチャンスがめぐって来たのである。(つづく)


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

『浪花の恋の物語』(その13)

2017-05-18 00:32:42 | 錦之助ノート
 錦之助と有馬は、会ってわずか数分で互いに好感を持ち合った。それから二人の対談は、和気あいあいに一時間ほど続いた。
 有馬の用意してきた質問に対し、錦之助は率直に答え、さらに面白い打ち明け話を次から次へと話した。根が真面目でどんな冗談でも真に受けてしまいそうな有馬は、人をかつぐことが大好きな錦之助にとって、恰好の相手であった。
 この対談が掲載された「近代映画」(昭和31年1月号)から、その一部を紹介しよう。ただし、(  )内のト書きは筆者の補足である。

(対談が始まって、なぜか急に話題が酒のことになって)
有馬:お酒、相当召し上がるんですってね。
(錦之助は、そんなこと誰から聞いたんだろうと思いながら、ここは一つ、有馬の気を引いてやろうと、わざと暗い表情をして)
錦之助:ぼくはこう見えてもとても神経質なんですよ。会社にいてイヤなことがあるでしょ。いろいろありますね。
有馬:うん、あるわね。
錦之助:それがたまらなくなります、考えちゃって。京都にいるときなんか一人だから、それで飲んじゃうんですよ。それにお酒は好きだし、飲んでいろんなことを忘れたいし……。
(錦之助が一人寂しくバーの止まり木に腰かけて、グラスを傾けている姿が有馬の頭に浮かぶ。人気スターの孤独――この気持ちがよく分かる有馬、つい同情的になって)
有馬:ナニ酒?
錦之助:ちょっと泣きが入るんですよ。
有馬:酔うと、からむの?
錦之助:それもありますよ。
(有馬、親身になって心配している様子。錦之助、ここで男っぽいところも誇示しておこうと思い)
錦之助:道を歩いているでしょ。「なんだ、錦之助か」と言われても、普段は平気なんですよ。それが酒を飲んでいると、「このヤロー!」なんて言って、つっかかっちゃう。この間もちょっとやっちゃったんだけど……。
(錦之助、ゲンコツを握り締める。有馬、それを見て)
有馬:喧嘩っぱやいほうね。そんな感じだわ。
(錦之助、ボクシングでパンチを繰り出す真似をして)
錦之助:喧嘩はぼくに任してください!
(有馬、のけぞる。二人とも大笑いする)
有馬:ウワー、うっかりからめないじゃない!
(錦之助、下腹部に手を当て)
錦之助:まだ、こんなところにあざが残ってるんだけど……。
有馬:まあ殴られたの?
錦之助:ちょっとやっちゃいましてね。バーで飲んでいたんですよ。車でバックするのに三人後ろにいてどいてくれない。わざとどかないんだな。それから降りていって、「なんだ!」というわけです。
有馬:あらっ!
錦之助:「このヤロー!」と言うので、殴ったり、殴られたりしましたね。おまわりさんが来てつかまっちゃったんだけど……。
(二人、大笑いする)

 話を聞きながら有馬が目を丸くして驚いたり、腹をかかえて笑うので、錦之助は余計調子が上がって、持ち前の演技力とエンターテイナーぶりを発揮したのである。(つづく)


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

『浪花の恋の物語』(その12)

2017-05-16 00:41:58 | 錦之助ノート
 何度か錦之助に会ったことのある小山編集長は、錦之助のことを「明るくて、ざっくばらんで感じのいい青年」と褒め、久我美子と同じように「きっとネコちゃんも気に入るよ」と言ってくれたが、こればかりは実際会ってみないと分からないと有馬は半信半疑に思っていた。いや、それよりも、あっちが自分のことを気に入るかどうかも問題である。だいたい、自分は久我ちゃんみたいに誰にでも好かれるタイプの女性ではなく、気が強いためどうも人当たりが悪く、思ったことをぶっきら棒に言って、人に嫌われてしまうことがある。このほうが心配だった。やはり、親しくしている俳優と対談したほうがずっと気が楽なのであるが、それでは対談に新鮮味がないし、あまり面白くないのかもしれない。もうこうなったら、初対面の錦之助に嫌われようが構わず、突っ込んだ質問をズバズバして、はらはらするような対談にしてやろうと、ようやく有馬は度胸を決めたのだった。
 対談の仕事ではいつもカジュアルな服装が多い有馬であるが、この日は初対面で独身男性の錦之助に会うということで、ちょっとおシャレをして、淡いグレー地にえんじ色の線模様が入った新調のツーピースを着ていた。トルコ石のイアリングを付け、化粧はほとんどせず、口紅を薄く塗っただけで、素顔に近い。それでも目千両で顔立ちの整った有馬は飛び切りの美人であった。

 錦之助が三浦波夫といっしょに現れた時、さすがの有馬も胸が高鳴った。三浦はずっと有馬の写真を撮ってきたカメラマンで、有馬も親しくしていた。その三浦が有馬に目配せしながら、待たせた詫びを言った。
 スーツ姿の錦之助は襖の前に正座して、両手をつき深々と頭を下げて、挨拶した。有馬もあわてて、座布団から下りて畳の上に正座し、挨拶を返す。
 互いに顔を上げると目と目が合った。わずか二、三秒の間だったが、二人とも無言のまま食い入るように見詰めあった。有馬は素顔の錦之助に獅子丸一平の顔を重ね合わせ、目の前にいるホンモノがスクリーンで見た美少年と同一人物だとは信じがたい思いに捕われていた。一方、錦之助はきょとんとしている有馬を美人だけど奇妙な表情をする女性だなあと思っていた。
 有馬が頭を掻きながら、言った。
「ヤだ、どうしよう。実物の錦之助さんって映画と全然印象が違うんで、頭が混乱しちゃった!」
 戸惑う有馬に、錦之助はにっこりと笑い、
「じゃ、止めちゃいましょう、このへんで」
 と言って腰を浮かせたので、二人は大笑いになった。
 有馬が床の間の前の上座に錦之助を座らせて、対談を始めようとすると、三浦が口を挟んだ。
「初めに写真を撮っちゃいましょう。僕は社に帰って、今日撮った写真を現像しておきたいんでね」
 そこで、早速、二人揃っての写真を撮ることになった。
 三浦が有馬に注文を出した。
「ネコちゃん、錦ちゃんと握手してもらえませんか」
「いいけど、ファンが怒るんじゃない」
 と有馬が言うと、すかさず錦之助が言った。
「かまいませんよ。だけど、嬉しいなあ、有馬さんの手を握り締めてきたって、みんなに吹聴しちゃおう」
 そこで、錦之助と有馬が仲良く寄り添い、固く手を握り合っている証拠写真と相成ったわけである。(つづく)



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

『浪花の恋の物語』(その11)

2017-05-15 17:09:15 | 錦之助ノート
 錦之助が銀座で写真撮影をしている間、有馬稲子は渋谷で映画を観ていた。封切られたばかりの錦之助主演の東映作品『獅子丸一平』(第一部)である。
 実はこれが、有馬が初めて見る錦之助の映画だった。錦之助との対談が急に決まって、聞き手役を務める有馬は、せめて最新作だけは見ておこうと思い、台風の中、映画館へ足を運んだのだ。
 有馬は映画女優としてこれまで時代劇に出演したことがなく、また、個人的にも時代劇をめったに見ることがなかった。正直言って、時代劇というのは古臭いという先入観があり、まったく興味がなかったのである。だから、錦之助のことは新聞や雑誌を読んでわずかに知っている程度で、実際錦之助がどんな俳優であるか何も知らないに等しかった。歌舞伎から映画界に入って、東映時代劇の主演俳優となり、あっという間に人気ナンバーワンの男優スターにのし上がった中村錦之助という若者は、有馬にとって、まるで別世界に住む存在であった。
 しかし、最近になって、錦之助という映画俳優に一度会ってみたいと思う気持ちが起こり、『獅子丸一平』という映画のことも気になっていた。それは、有馬が大変親しくしている女優の久我美子がこのところ時代劇づいて、「新平家物語」で市川雷蔵と共演し、そのあとすぐ『続・獅子丸一平』で錦之助と共演することになって、久我自身からいろいろな話を聞いていたからだった。ついこの間も、東映京都での撮影を済ませ東京に帰って来た久我と有馬は久しぶりに会って、話をしたばかりであったが、真っ先に話題に上ったのは錦之助のことだった。久我は錦之助によほど好印象を持ったらしく、仕事ぶりも人柄も褒めちぎるので、有馬もあきれてしまった。「錦之助に惚れちゃったんじゃない?」と訊くと、久我は真面目な顔をして、「会えば、ネコちゃんだって、きっと好きになるに決まってるわよ」と言った。その言葉が有馬の耳にはっきり残っていた。
 有馬が近代映画社からの突然の依頼を快く引き受けたのも、対談する相手が錦之助だったからで、ほかの相手ならすぐに断っていたにちがいない。
 有馬が見に行った『獅子丸一平』は第一部で、久我は出演していなかった。どうせなら錦之助と久我の共演を見たかったのだが、それはまた封切られてから見れば良いとして、有馬は何はともあれ、錦之助がどんな俳優かを自分の目で確かめに行ったのである。そして、獅子丸一平を演じている錦之助に、衝撃的とも言える強烈な印象を受けたのだった。
 錦之助の扮した獅子丸は、十五歳の前髪立ちの少年剣士であった。
 有馬は、まず、その目映いほどの美しさと凛々しさに驚き、颯爽とした容姿に目を見張った。錦之助が登場すると、画面がパッと輝いて、否応なく錦之助に目を引き付けられてしまう。スターの輝きはこういうものかと有馬は思った。それに、錦之助の身のこなしはキビキビしている上に、いかにも歌舞伎で修業してきただけあって、自然で優美に見える。セリフ回しはメリハリがあって、明瞭で歯切れもよい。また、主演俳優として自信にあふれ、思い切った演技なのである。途中、錦之助が裸になって滝に打たれるシーンがあったが、錦之助本人がやっていたのもすごいことだった。雨の中での立ち回りでも錦之助の気迫がひしひしと伝わって来る。
 有馬は、錦之助の魅力に惹かれ、錦之助の役者ぶりにすっかり感心してしまった。

 映画を見終わって、有馬は銀座へ行き、近代映画社へ寄って、編集長の小山と速記者の女性といっしょに対談の行われる築地の料亭へ向かった。
 座敷で錦之助がやって来るのを待っている間、有馬はいつになく落ち着かない気分であった。今スクリーンで見てきたばかりの俳優錦之助の印象があまりに強く、頭から消えないまま、すぐに錦之助本人に会うかと思うと、心の準備が出来なかったのである。(つづく)


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

『浪花の恋の物語』(その10)

2017-03-07 18:48:06 | 錦之助ノート
 その日の昼過ぎ、まだ風雨の強い中、錦之助は濃紺のスーツにネクタイを締めて、銀座へ向かった。グラビア写真の撮影だけなら普段着にジャンバーで済ますところだが、珍しく洋服の正装をしたのは、言うまでもなく有馬稲子に初めて対面するからである。
 写真家の三浦はいつもと違う錦之助を見て驚いたが、すぐに納得が行って、
「きょうはお見合いでもするみたいですな」と冗談を飛ばした。
 錦之助は照れながら、
「おふくろに言われたんだよ、有馬さんに失礼のないように、きちんとした服装で行きなさいって」と言った。
 スーツ姿の錦之助は、大実業家の子息か華族の御曹司かと見まがうほどで、良家のどんな令嬢とお見合いしても合格間違いなしである。ただ三浦の見たところ、錦之助の頭髪がちょっといただけない。伸びた毛につやがなくボサボサなのだ。
「錦ちゃん、首から下はダンディな紳士なんだけど、その髪、なんとかなりませんかね。貧乏書生みたいで良くないなあ」
「わかったよ。行きゃいいんだろ、床屋へ」
 大の床屋嫌いな錦之助が、この日はどうしたわけか、妙に素直だった。三浦は早速、銀座にある馴染みの店へ錦之助を連れて行き、椅子に座らせると、カメラを手にした。



「ここから撮影開始と行きます。いいですね」
「もうまな板の鯉だ。なんとでもしてくれ!」
 洗髪、カット、ヒゲ剃り、調髪、その時々の錦之助の表情を三浦が順次カメラに納め、すっかりハンサムになった錦之助とともに理髪店を出たのは小一時間後だった。



 それから近くの誰もいない画廊喫茶で何枚か撮って、外へ出た。雨は小降りになっていたが、まだ風が強かった。スーツ姿の錦之助が傘を差しながら銀ブラしているところを撮っても絵にならない。しかし、傘がなければスーツも頭もずぶ濡れになってしまう。錦之助はあいにくレインコートを着て来なかった。すると錦之助はそれを察したのか、裏通りをスタスタ歩いていくと、行きつけの洋服屋へ飛び込んだ。銀座で有名なテーラー「ヤジマ」であった。店員に見立ててもらった英国製のレインコートとハンチング帽を試着するやいなや、錦之助は、「このまま着ていくから」と言って財布を出した。ついでに格子縞のシャレたネクタイを一本買った。有馬と対談する前に締めかえるつもりらしい。



 松坂屋の前の銀座通りは台風の日で閑散としていたが、撮影をしていると、どこからともなく錦之助に気づいた通行人たちが寄って来て、人だかりができ始めた。こうなると引き上げるしかない。そろそろ対談の時間が近づいてきたことでもあり、三浦はタクシーを拾って、錦之助と築地へ向かった。(つづく)


コメント
この記事をはてなブックマークに追加