この世界の憂鬱と気紛れ

タイトルに深い意味はありません。スガシカオの歌に似たようなフレーズがあったかな。日々の雑事と趣味と偏見のブログです。

怪物が存在してもしなくても同じじゃないかと思えた『怪物はささやく』。

2017-06-18 21:14:07 | 新作映画
 フアン・アントニオ・バヨナ監督、ルイス・マクドゥーガル主演、『怪物はささやく』、6/18、KBCシネマにて鑑賞。2017年22本目。


 余命幾許もない母親と二人で暮らす少年コナー。父親はすでに家を去り、学校でもいじめられていた彼はひたすら孤独だった。
 ある夜、彼の元に巨大な木の怪物がやってきてこう告げる。
「私はこれから三つの物語をお前に話す。四つ目の物語はお前が語るのだ…」
 果たして怪物はコナーにどんな物語を話すというのか。そしてコナーの語る“真実”の物語とは…。

 思春期の少年・少女が想像した怪物が具現化し、現実の世界に浸食、影響するダークファンタジーは以前からありました。
 一番有名で、かつ完成度が高いと言えるのは何といってもギレルモ・デル・トロ監督の『パンズ・ラビリンス』ではないでしょうか。
 その美しくも悲しい結末は多くの人を魅了し、本作の宣伝やレビューにおいても引き合いに出されています。

 ただ個人的に思い出したのは、遥か遠い昔に見た『ペーパーハウス 霊少女』という作品でした。
 父親が不在である点やイラストが怪物化する点などが共通するからだと思いますが、二つの作品を比べてみた際、圧倒的に『ペーパーハウス 霊少女』の方がよく出来ていると思いました。

 『怪物はささやく』の何が問題なのか?
 どの作品においても怪物は主人公の想像の産物です。
 ただ他の作品では想像の産物だったはずのものが物語が進むにつれ、本当に存在するのかもしれないと見ているものに思わせるような演出が為されていました。
 しかし本作においては主人公は最初から最後まで自分が悪夢を見ているだけなのだとはっきり自覚しているんですよね。
 なので超現実的なことは何も起こらないのだなということが見ている者に丸わかりです。ある意味ファンタジーですらない。
 もっと現実と幻想の境界線を曖昧にしてもよいのでは、と思いました。

 二つ目、コナーと怪物のやり取りがよくよく考えたら腑に落ちないのです。
 怪物はコナーに、三つの物語を話したら、四つ目の物語を話せというのですが、考えてみたら怪物が三つの物語を話したからと言ってコナーが四つ目の物語を話さなければいけない義理はありません。
 二人(一人と一体?)は取引をしているわけでも駆け引きをしているわけでもないので…。
 ここら辺は原作だとうまく話を持って行ってるんですかねぇ。

 三つ目、これが一番の問題だと思うのですが、結局怪物ってこの作品にいてもいなくても同じではないかって気がするんですよね。
 怪物はこう言います。
 私は母親を治しに来たのではない、お前を癒しに来たのだ、と。
 そうか、怪物はコナーを癒すために来たのか、と思わせといて、その実、コナーを癒すのは結局コナーの母親なんですよね。
 あれ、怪物いらないじゃんって思っちゃいましたよ。

 細かいところをつつきましたが、映画館では結構すすり泣く人もいたので、普通に見る分には感動できるのだと思います。
 個人的には『ペーパーハウス 霊少女』の方を薦めますが…。


 お気に入り度★★★、お薦め度★★★(★は五つで満点、☆は★の半分)です。
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