センソウの個人的思い出とかなんか色々

かくれんぼ同窓会における一大イベント「センソウ」の個人的な思い出等を綴ります。いわゆる「センソウ日記」とは少し違います。

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大阪襲撃(センソウ2011、肥後国)①〜襲撃の背景〜

2017-01-01 22:02:46 | 大阪襲撃(肥後之国、センソウ2...
センソウ2011における一大事件であり、悲劇として語り継がれる寒川事変の伏線ともなった「大阪襲撃」。私も襲撃国の一員として現場に居合わせましたが、あれから5年も経っている上にこの事件については私よりも詳しく舞台裏を記憶しているであろう肥後国民がいるため、敢えて書く必要はないと思っていました。

しかし、間違いなくこれはかくれんぼ同窓会のセンソウ史に残る襲撃の一つでありますが、不思議なことにこの出来事について書かれたセンソウ日記等を目にしたことはなく、現役カクレンジャーもこの襲撃の事実自体は知っていてもその詳細は聞いたことがないという人が殆どだという実態を先日目の当たりにしました。

そこで、このままこの襲撃の裏にあるドラマも忘れ去られていき、やがては自分の記憶から消え去って行ってしまうのはあまりにも惜しいため、少しでも記憶が残っているうちに覚えている限りのことを書き残しておこうという気持ちになりました。かといってセンソウ日記を書くほどの根気はないので、せめてこの大阪襲撃だけでも記録に残しておこうと思います。もし肥後之国の誰かが書いたセンソウ日記があるなら(私が知る限り存在しません)、絶対そっちを読んだ方が良いです。何にしても、自分の記憶を頼りにしての記述なので曖昧なところもありますが、少しでも今後の襲撃の参考になれば、またセンソウというイベントの魅力を伝えることが出来れば幸いです。


…まず、この大阪襲撃のアイディア自体は、センソウ2011が始まる何か月も前に生まれていました。というのも、確か2011年の夏休みくらいに、ユートピアに所属することになる当時一年生の失望禁止が「12月21日に大阪城ホールで行われるsuperflyのライブのチケットを入手した!楽しみだぜー!!」的なことをツイートしており、それを見たもぐら位(肥後国のリーダー)が今年のセンソウで彼を襲撃しようと閃いたそうです。まさかこの時期から一年生がセンソウを見据えてフェイクの情報を入れるとは考えにくく、加えてかくれんぼ同窓会に全く関係のない他大学の生徒とそのライブに一緒に行こうというやりとりをツイッター上で行っていたため、失禁がこのライブに行くのは濃厚でした。

そして、ドラフトでもぐらは失禁を獲得することなく首尾よく別チームとなり、肥後国民にも早い段階でこの襲撃の構想が明かされていました。

しかし、例え失禁が本当にライブに行っても広い会場で彼を発見して襲撃を成功させられるかは分かりませんし、そもそも自国民たちからの反対に遭って行かなくなる可能性もあります。12月21日というセンソウも大詰めを迎えようかという大事な時期に大阪遠征をするのは、失敗した場合のことを考えると小さくないリスクを伴います。成功した時の利益は莫大なものですが、成功の見込みが少ない状況では、なかなかここまでのリスクを冒すことは出来ません。この襲撃を実行するためにも、肥後国はこの時点でかなり余裕を持った位置に付けている必要がありました。

そしていざ開戦してみると、歴戦の強者やフレッシュな即戦力がバランス良く揃った肥後之国は前評判通りに他を圧倒する強さと安定感を見せつけ、序盤から首位付近に定住していました。そして、12月17日にアルバニアに対して行ったハニートラップ襲撃で高得点を叩き出したことが決定打となり、大阪襲撃に向かって動き出すことの出来る余裕が生まれました。こうして我々は、本格的に決行へ向けて舵を切って行くことになったのです。

もしこれが成功すれば、おそらくセンソウ史上最大の遠隔地襲撃です。考えただけで胸が躍ります。優勝を狙う上でも非常に大きいですが、それ以上に、センソウの歴史に残る壮大な襲撃を成功させたい…我々を突き動かす1番の原動力は、その燃えたぎる情熱でした。
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