センソウの個人的思い出とかなんか色々

かくれんぼ同窓会における一大イベント「センソウ」の個人的な思い出等を綴ります。いわゆる「センソウ日記」とは少し違います。

大阪襲撃⑥〜極寒の張り込み、センソウの醍醐味〜

2017-01-02 20:49:33 | 大阪襲撃(肥後之国、センソウ2...
先発隊は、16時過ぎごろにはすでに現地に到着し配置についていました。

電車の中で、我々は駅に着いたらすぐに大阪城ホールに向かってダッシュ出来るように駅からホールへの最短ルートを調べるとともに、東京からPCを使ってサポートしてくれていたニュートンさんに、立命館大学から大阪城ホールまでの他の経路やターゲットが降車する可能性のある全ての駅と、それぞれの駅で降車してからホールまでの徒歩ルートを調べてもらっていました。ターゲットは数分前に「京阪なう」というつぶやきを発していたのですが、もし京阪経由で来ていたとすると我々とほぼ同時に駅に着く可能性がありました。

失禁がもし襲撃を警戒してAさんと合流次第すぐにホール内に向かうようであれば、一瞬の遅れが命取りとなります。我々には、電車から降りた後にホールまでの経路を呑気に調べている時間などありませんでした。到着次第ホールに直行し、2人が必ず通過するであろうポイントに張り込む必要がありました。もぐらが夏から構想を温め、隠Dが長距離を1人で運転し、7人もの国民がお金と時間を犠牲にしてはるばる大阪まで遠征してくれました。東京残留組も、ニュートンさんが情報班としてサポートして下さり、みんなで応援してくれていました。この襲撃に照準を合わせて、肥後国民全員が20日間に渡って準備をして来ました。

肥後の悲願であるこの襲撃を、自転車でぶっちぎられたという奇想天外な理由で失敗してしまうわけには絶対にいきません。是が非でも成功させて、勝利に近づくと共に、肥後のセンソウをより楽しく充実したものにしなければいけません。

電車の乗車時間は1時間ちょっとでしたが、張り詰めた心にはその何倍にも感じられ、快速電車が鈍行に思えました。失禁たちは我々の把握していない最短ルートを使ってとっくに会場に到着してしまっているのではないかという根拠のない不安が頭にまとわりついていました。

常駐さんと私は17時少し前に最寄駅に着いて先発隊と合流し、少ししてABBAンドゥールも無事に到着しました。

幸い、その時点で失禁やAさんの目撃情報はなく、まだホールへの入場も始まっていなかったので、どうやら先回りに成功したようでした。

そうしてニュートンさんが送ってくださった大阪城ホール周辺図のスクショを参考にしながら7人全員がそれぞれの配置に着きましたが、、、この日はとにかく寒かった笑

冬の日没は早く、ただでさえ気温が低い上に、周囲に建物がほとんどないため強烈な風が容赦なく吹きつけ、ただでさえ遠征と怒涛の尾行や張り込みで疲弊している我々の体力をどんどん削っていきました。

しかし、ここまで来て寒さに負ける訳にはいきません。こんな壮大な計画がそう簡単に成就するはずがなく、この試練も望むところです。我々は、襲撃の成功しか見据えていませんでした。

私は奈良池さんと共に、ホールへの階段を昇ったところにあるグッズ売り場のほぼ正面に立ち、時間の経過と共に続々と集まってくる人たちを凝視していました。眼下には大川が流れており、その水の印象により寒さが増幅されていました。

奈良池さんと話しながら延々と人の流れを見つめ続けていましたが、ちょっと川の方を眺めた時には温厚な奈良池さんから少し怒られてしまいました。それほどまでに状況は切迫していたのです。ただ立って群衆を凝視していただけといえばそれまでですが、我々は必死でした。

そして17:55に立ち見席のチケットを持った観客の入場アナウンスが流れ、ほとんど停滞していた人の流れが一気に激しくなり、人数も増えてきました。まだ肥後国民から失禁たちの発見報告はなく、我々も目にしていません。ホールへの全ての経路に抜かりなく人員を配置しているので、見逃してしまうことさえなければ確実に失禁の姿を見つけることが出来る筈です。

18時を少し過ぎた頃には、指定席の入場も始まりました。失禁が立ち見席か指定席かどちらのチケットを取っているのかはもちろん分かりませんでしたが、8月には既にライヴに行く宣言をしていたことや、Superflyの大ファンであるらしいことを考えると、指定席の可能性が高いと思われます。


・・・我々は最大の正念場を迎えていました。最初の方に書いたように、本来であればこのような張り込みに活路を見出そうとするのは避けたい展開でしたが、もう仕方がありません。大事なのは過程ではなく襲撃の成否であり、とにかくやるしかないのです。

この入り待ちでタッチ出来なければ、もう絶望的でした。チケットを持っていない我々はホール内に立ち入ることは出来ませんし、終演後の退場の時は入場時と違い全てのお客さんが一斉に出てくるので、今以上の混雑が予想されたからです。

グッズ売り場はホールのすぐ手前にあったため、ここで見逃してしまうともう殆どチャンスはありませんでした。駅の近くで張っている国民が見逃してしまったとしても、ここで捕まえれば万事オーケーです。私は最後の砦とも言うべき場所に立っていたのです。その責任は重大でした。もう、一瞬たりともホールへ向かう集団から目を離すことが出来ません。肥後国みんなのあらゆるものが懸かった襲撃です。我々が最大級の歓喜と達成感を胸に帰京するか、敗者のような失意を抱いて東京に帰ることになるかの大きな分水嶺に差し掛かっていることを実感しました。もう瞬きさえも惜しい。ただ立って前を見つめているだけの自分に、理由のない無力感を覚え、遠目の位置から目を凝らし続けることしか出来ないことが非常にもどかしく感じました。かといってもちろん、露骨に人の群れを掻き分けて探し回るようなことは失禁に気付かれる可能性が高くなるし、却って見逃す率が高くなる。非参加者への迷惑にもなる。今はただ、その時を信じてじっと目を凝らし続けるのみ。我が両目よ、頼む。ここで真の力を発揮してくれ。君たちの底力を見せてくれ。何とか失禁を見つけ出してくれ。失禁の顔よく知らないけど。

余りにも寒かったですし、当然早く終わらせたいという気持ちがありましたが、一方で人の流れがいつまでも途絶えないでほしいと思っていました。これは一見矛盾するようでも、そうではありません。早く終わってほしいというのは、あくまで早く成功させたいということであり、諦めるという意味ではありません。人の流れが途絶えないで欲しいというのは、人が流れている限り、やがて失禁が現れる可能性があるからです。失禁を見つける前に人の列が途切れてしまったら、もうそれは失禁を見逃してしまっていたことを意味しますから。どれだけ寒くて辛くても、人が現れ続ける限り、失禁を見つけるまで絶対に粘り通す覚悟でした。

しかし、刻一刻と開演時間が迫ってくるにつれて、段々と不安の影を感じるようになってきました。18時15分になっても、20分になっても、失禁の姿を見つけることは出来ませんでした。開演時間は迫ってくる一方です。Aさんは、3時間以上前に立命館大学を出ていました。大学からここまでストレートに向かえば2時間くらいで到着できます。しかも、失禁が少しでも襲撃を警戒していたのだとしたら、なるべく早めに入場をしようと考えるでしょう。もうとっくに2人は合流し、ホールに入ってしまっているのかも知れません。時刻から判断すると、上手く人混みに紛れて包囲網をすり抜けられてしまったとしても何ら不思議はありませんでした。不安と焦りが我々の心を捉え、私も奈良池さんも会話を殆どせずに沈黙していました。頻繁に流れていたメーリスにも、20分近く何の投稿もされていませんでした。張り込んでいる7人も、東京から応援してくれているメンバーも、ただ失禁が現れることを、そして我々が見逃さずに発見出来ることを、ただ祈るばかりでした。


身に刺さるような寒さは強風に乗って我々の体力をもぎ取っていき、不安も増幅させられるように思えました。ガテラルがメーリスに投げた「さむすぎてしんでしまいます」という悲痛な叫びに対し、誰も励ましの返信をすることが出来ませんでした。

しかし、確かに寒さは身に堪えましたが、そんなものに負けるわけにはいきません。2008年のクリスマスに経験した寒中張り込みに較べればまだマシです。襲撃が成功した時の歓びを思えば、この苦難もセンソウの醍醐味です。辛いものは辛いですが、私は必死に気持ちを鼓舞し、目の前の景色に集中しました・・・失禁が出現するかどうか、大事なのはただその一点のみ。


・・・そして、どれほど時間が経過したのかもよく分からなくなった頃ー18時36分、握っていた携帯が音を立てました。全体メーリスでも掲示板でもなく、肥後のチームメーリスです。

私は、群衆から一瞬でも目を離してしまうことのないように、前を見つめたまま、携帯を握った左手を顔の前まで持っていきました。差出人は、ガテラルです。




見つけた
北口






・・・肥後之国のセンソウは、今まさにクライマックスを迎えようとしていました。

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 大阪襲撃⑤〜 走れメロス、そ... | トップ | 大阪襲撃⑦〜肥後之国之閻魔大... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

大阪襲撃(肥後之国、センソウ2...」カテゴリの最新記事