カレンダーによれば、今日、1月9日は「成人の日」らしい。
「成人の日」は、1月15日、その前後ではなかったか?
私はちょっと違和感を感じて、調べてみた。
ウィキペディアによれば、
成人の日 : 1月第 2 月曜日
成人の日 (せいじんのひ) は、日本の国民の祝日の一つである。
ハッピーマンデー制度により、1月の第2月曜日があてられている。
1999年(平成11年)までは1月15日だった。
成人の日は、国民の祝日に関する法律 (祝日法) 第2条によれば
「おとなになったことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝い
はげます」ことを趣旨としている。
本来、成人の日は、前年の成人の日の翌日からその年の成人の日までに
誕生日を迎える人(例:1998年の新成人の場合は1997年1月16日から
1998年1月15日までに20歳になった人)を祝う日だったが、
2000年(平成12年)のハッピーマンデー制度実施以降では、前年の4月2日
から、 その年の4月1日に成人する人を対象にする、 いわゆる「学齢方式」
が定着するようになっている。
<歴史>
・ 1999年まで
1948年公布・施行の「祝日法」によって制定された。
制定から1999年までは毎年1月15日だった。
成人の日を1月15日としたのは、この日が小正月であり、かつて元服の儀が
小正月に行われていたことによるといわれている。
・ 2000年から
ハッピーマンデー制度導入に伴い、2000年から1月第2月曜日、つまりその
年の1月8日から14日までのうち月曜日に該当する日に変更された。
1月第3月曜日にはならなかった。 そのため元々の1月15日には法律を
改正しない限りやってこなくなってしまった。
何のことはない。
いつの間にやら、法律が変わっていたらしい。
まぁ、本来は、真夏の7/24が成人式であっても、別段何の差しさわりもない。
ただ、いきなり、今年から (・・・正確には、17年前なのだが)、 成人の日は
1月第2月曜日 = 1/9ですと言われても、戸惑う人もいる・・・(私だけか !!)
のではないか。 ・・・「戸惑い人間、現在募集中です。」
振り袖姿の女性。
今日、1月9日(月)は「成人の日」。
新成人の諸君、おめでとうございます。
人生とは、一瞬一瞬の積み重ね。
これからは、自分の手で、人生を構築していくことになります。
駅前(?)広場に、祝いの太鼓の音が響く。
勇壮な響き、胸躍り、血が沸き立つとは、このことだろう。
何か、踊り出したい気分になる。
私は、これが大好きだ。
手先で調子を取る。
すぐ横で餅つきをやっている。
それにしても、いつの間に、成人式の日程が変化してしまったのか?
(まぁ、それは「上記参照」ということだが、私に通知が来なかったのは
一体、どういうことなんだ!! )
出会いを求めて、ふらふらと出掛けていくのだが、結果は、ご承知のごとし。
世界は、まるで私を必要としていないようだ。
まっ、恰好つけてみても、所詮 私は、ただの「風来爺さん」でしかない。
大人に成りきれなかった見栄っ張りの年寄りだ。
その名を呼べど、聴き取れず、
その名を知らず、聞けど答えず。
どのみち聞いても、忘れるさだめ。
顔知る仲間の声も無し。
見栄を張ってみても、所詮はその場限りの付き合いでしかない。
しょぼくれ爺様、何を気取ってみせる意味がある?
広場に群れる同年配の方を見るにつけ、自覚するのは自分の白髪。
兄もまた、同じ白髪だが、比べりゃ、落ち込むばかりなり。
貫禄が、まるで違う。
両極端が、目に見える。
今日も私の目の前は、至極当然のごとく空席だ。
ホントにたまに、知る顔と同席しても、当方に話題無く、
相手の語りに頷くばかり。
返す言葉も見つからず、時間ばかりが過ぎていく。
あざけりの薄ら笑いを想像し、顔色ばかり気にかけて、こんなはずでは
なかったはずと、うなだれ姿を見せまいと、無理矢理笑顔で見送って、
あとの半日、行く当てもなく、カバンを肩に店を出る。
風来人生、ふと新発見。
もともと出掛けなかったら、出逢いなぞあるはずもない。
自身に失望した、自信がないなどと、表に出ることを、極力拒んでいた。
ならば、今更、出逢いがなかったと悔やむこともなかろう。
そもそも自分の願望の総てが叶うはずもないことは承知していたはず。
今更、願望が叶わなかったとわめき散らすこともあるまい。
なまじ、目の前に他人が多いから、つい意識してしまっただけのことだ。
他人から無視されるより、こちらで無視する方が傷が浅いと思うのだが。
「新 成人」の向こうを張って、こちらは「新生 人」を演じてみようか。
※[だらだらと、長くなってしまいました。 大反省・・・!!]
「成人の日」は、1月15日、その前後ではなかったか?
私はちょっと違和感を感じて、調べてみた。
ウィキペディアによれば、
成人の日 : 1月第 2 月曜日
成人の日 (せいじんのひ) は、日本の国民の祝日の一つである。
ハッピーマンデー制度により、1月の第2月曜日があてられている。
1999年(平成11年)までは1月15日だった。
成人の日は、国民の祝日に関する法律 (祝日法) 第2条によれば
「おとなになったことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝い
はげます」ことを趣旨としている。
本来、成人の日は、前年の成人の日の翌日からその年の成人の日までに
誕生日を迎える人(例:1998年の新成人の場合は1997年1月16日から
1998年1月15日までに20歳になった人)を祝う日だったが、
2000年(平成12年)のハッピーマンデー制度実施以降では、前年の4月2日
から、 その年の4月1日に成人する人を対象にする、 いわゆる「学齢方式」
が定着するようになっている。
<歴史>
・ 1999年まで
1948年公布・施行の「祝日法」によって制定された。
制定から1999年までは毎年1月15日だった。
成人の日を1月15日としたのは、この日が小正月であり、かつて元服の儀が
小正月に行われていたことによるといわれている。
・ 2000年から
ハッピーマンデー制度導入に伴い、2000年から1月第2月曜日、つまりその
年の1月8日から14日までのうち月曜日に該当する日に変更された。
1月第3月曜日にはならなかった。 そのため元々の1月15日には法律を
改正しない限りやってこなくなってしまった。
何のことはない。
いつの間にやら、法律が変わっていたらしい。
まぁ、本来は、真夏の7/24が成人式であっても、別段何の差しさわりもない。
ただ、いきなり、今年から (・・・正確には、17年前なのだが)、 成人の日は
1月第2月曜日 = 1/9ですと言われても、戸惑う人もいる・・・(私だけか !!)
のではないか。 ・・・「戸惑い人間、現在募集中です。」
振り袖姿の女性。
今日、1月9日(月)は「成人の日」。
新成人の諸君、おめでとうございます。
人生とは、一瞬一瞬の積み重ね。
これからは、自分の手で、人生を構築していくことになります。
駅前(?)広場に、祝いの太鼓の音が響く。
勇壮な響き、胸躍り、血が沸き立つとは、このことだろう。
何か、踊り出したい気分になる。
私は、これが大好きだ。
手先で調子を取る。
すぐ横で餅つきをやっている。
それにしても、いつの間に、成人式の日程が変化してしまったのか?
(まぁ、それは「上記参照」ということだが、私に通知が来なかったのは
一体、どういうことなんだ!! )
出会いを求めて、ふらふらと出掛けていくのだが、結果は、ご承知のごとし。
世界は、まるで私を必要としていないようだ。
まっ、恰好つけてみても、所詮 私は、ただの「風来爺さん」でしかない。
大人に成りきれなかった見栄っ張りの年寄りだ。
その名を呼べど、聴き取れず、
その名を知らず、聞けど答えず。
どのみち聞いても、忘れるさだめ。
顔知る仲間の声も無し。
見栄を張ってみても、所詮はその場限りの付き合いでしかない。
しょぼくれ爺様、何を気取ってみせる意味がある?
広場に群れる同年配の方を見るにつけ、自覚するのは自分の白髪。
兄もまた、同じ白髪だが、比べりゃ、落ち込むばかりなり。
貫禄が、まるで違う。
両極端が、目に見える。
今日も私の目の前は、至極当然のごとく空席だ。
ホントにたまに、知る顔と同席しても、当方に話題無く、
相手の語りに頷くばかり。
返す言葉も見つからず、時間ばかりが過ぎていく。
あざけりの薄ら笑いを想像し、顔色ばかり気にかけて、こんなはずでは
なかったはずと、うなだれ姿を見せまいと、無理矢理笑顔で見送って、
あとの半日、行く当てもなく、カバンを肩に店を出る。
風来人生、ふと新発見。
もともと出掛けなかったら、出逢いなぞあるはずもない。
自身に失望した、自信がないなどと、表に出ることを、極力拒んでいた。
ならば、今更、出逢いがなかったと悔やむこともなかろう。
そもそも自分の願望の総てが叶うはずもないことは承知していたはず。
今更、願望が叶わなかったとわめき散らすこともあるまい。
なまじ、目の前に他人が多いから、つい意識してしまっただけのことだ。
他人から無視されるより、こちらで無視する方が傷が浅いと思うのだが。
「新 成人」の向こうを張って、こちらは「新生 人」を演じてみようか。
※[だらだらと、長くなってしまいました。 大反省・・・!!]
しかも知った理由が「品の受け取り先と連絡がつかない→もしかして祝日?→成人の日か」笑
傷つかない為に出ない…私は嫌いじゃないです(私も似たタイプかと)。
そして寂しくなったりほんの少し関わりたい時に”ブログ書いたりなど手頃で可能なレベルで消化。”→アクセス数とか見て自己満足笑
成人式、懐かしくも思うも、ねたんでもしょうがないと言えど、…羨ましいです、自分も老いたなと汗。
最後に 「新生 人」にクスっと。
などと。
傷ついても、体当たり…!!
「・・・、そうとも、これが青春だぁ~♪」
なんてテレビドラマを見ていました。
夏木陽介さんだったか、
竜 雷太さんだったか・・・?
当時は元気がよかったんですがねぇ。
なんて、やっぱり「爺くさい」ですね。
青春回帰、・・・「人生の素人」様は、どうでしたか?
恋愛とかそういう”いかにも青春”は一切無し。
”ゲーム”(当時モンスターハンター2Gというゲームが流行っていました。)あと ”部活(科学部…なんか畑いじってました)”
…うん、この時点で生き方が固まってしまってましたね。
後悔がないと言えば少しある。でも、もうここまで末期だと開き直っちゃってます。
「もう一度あのころに戻ったとしても、俺は同じことをするだろう…。」
私は、「爺臭い=”青春の輝きよ若さを知っている人”がうらやましくもあるんですよ笑
…みんな体験するはずなのですが…私は知らないのです。そんな人もいるんですよ笑い。だから羨ましい…!
清酒時代が夢なんてぇ~♪
後からぁ、しみじみぃ思うものぉ~♪
なんて歌が思い出されます。
私の、高校時代は、夜間の男子高校。
それこそ、正真正銘の「暗ぁい」学校
生活でした。
女性とも、まるで縁なし。
思い出すと、ため息ばかりです。
バイク通いでしたので、飲んでいません。
これ、ホントに本当・・・!!
信じて・・・!!
女性との縁は…共学だったのに全くなかった汗!
ちょびっと、気持ち、いくらか、等々・・・、
多少は、救われます。