頌作雑感(しゅうさく ざっかん)

荒廃の巷から、繁栄と堕落の時間に生きた老人の愚痴です。

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影を知れ。

2017年05月16日 | 日記

家庭から地域・教育現場から職場社会、

1地方から国家間の世界情勢、

個々に3人の人間が存在すれば、必ず指導的な立場の人が必要です。


今の世界で指導者と言われる人達の多くが、

次のいずれかの間違いを 自覚していません!


 ❶ 

その言動を口にしたり素振りを見せては、いけない時に

表現すること = ガサツな思考の人。


広く大きく発言をしたり行動をすべき時に

何もしない = 隠ぺいを好むか、初めから何もない人。


問題解決や 計画を追行する時に

実情の把握や経緯から事後の想定が

見通せない = 無知蒙昧な人。


以上の過ちを = 参愆(サンケン)

と言われて、古来から力や背景で

指導者の席に就いても、誰一人心底からの

忠節も信頼も値しませんから、

表向きは媚びり、裏側では剣を研いで居る事でしょう。


人間の歴史には

裏切りと謀略の交差する出来事で成り立っていることを

権力が忘れさせる事に仕向けるのです。


此の事は、多くの事に共通します。

大学などの教育現場でも、多く見られます。

故に、一部の大学などは 高等託児所と

陰口を言われるのです。

教授と言われる人間が、時代遅れの自論や学論の範囲から

何等の研究編纂の進化形も持たないことが、

学生達の学力低下と実社会のモラルに至るまで

壊すことに気が付いていません。


これは Destroying Path と 古代ギリシャ文化論から

言われていることです。

日本語に訳せば、「 滅び逝く道 」

今の世界が、多くの人達でこの道を

大行進しているのに、指導者と自負する人間が

一言も、挙手の意図もないことは

人間が他の生物に 席を明け渡す必要性が

芽生えて成長を始めたのでしょう!


本日は此処まで。

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