ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 森岡孝二著 「雇用身分社会」 (岩波新書 2015年10月)

2016年11月20日 | 書評
労働条件の底が抜け、企業の最も都合のいい奴隷的労働市場となり、格差が身分に固定される時代にしていいのか  第3回

序(その3)

森岡孝二著 「就職とは何か」 (岩波新書 2011年)
この書は「新就職氷河期」のただ中、就職を控えた学生に対して学生課(キャリアーセンター)の先生による「最低これぐらいの労働事情を知っておかないとまずいよ」というような「学生に与うる書」(警告の書)であろうかと思う。2010年の労働省調査によると、15-24歳の若年雇用者は1992年の750万人から460万人に激減し、非正社員化は全体で39%に増加した。なかでも15-19歳(中卒、高卒)の非正社員化は91%である。若者の人口減少と大学進学率の増加(51%)によるものと思われる。高度経済成長期には金の卵ともてはやされた若年労働者は今ではごみ扱いである。大学卒業者の就職率は約6割で、大学院進学・海外留学などを除いた就職未定者は約2割を占める。2011年3月での就職内定率91%という数値は、就職を諦めた大学生を母数から除いているために高く見えるだけである。企業の採用活動開始時期が早期化するにつれ学生の就職活動開始時期も早期化し、大学教育が成り立たなくなると心配されるほどである。小泉元首相の規制緩和路線によって、富の分配は大きく企業側に傾いていることは確かである。労働側の格差や中流社会の崩壊、若年労働者の貧困化は目に見えて顕著である。また労働問題は企業と労働の賃金問題だけではなく、政府の福祉政策とペアーで考えなければならない。さらに職業教育(キャリアー)という点では厚生労働省だけの問題ではなく、これまで職業教育に全く無関心であった文部省の政策も長期的に関係している。これまで政府は健康保険・失業保険・年金などの福祉政策や職業教育、扶養家族手当てや子育て・教育費などの生活賃金、さらに源泉徴収など税制面などを企業側に押し付けてきた。企業と政府の負担のバランスは日本的に歪んでいたといえる。そこでグローバル競争の激化から企業側からの負担返上の要求が一方的に内閣へ提出された。 こうしてグローバル経済危機を背景に日本の労働環境の破壊が一方的に進行した。日本の雇用者報酬総額は2010年度で253兆円で2000年以降だらだらと下がり気味である。国税庁の「民間給与実態」では1人平均給与は2009年は406万円であった。男性の給与の落ち込みは著しく1997年に577万円であったが、2009年に499万円に下がった。OECD加盟国主要国で年間賃金が長期的に下降しているのは日本のみであった。雇用とは「賃金や労働時間が法定の基準を満たし、働く権利が保障され安定していて、健康保険・雇用保険・労災保険などの社会的保護が加えられるもので、労働者が使用者の指揮命令下で働き、その対価として賃金を受け取る関係」と定義すれば、日本の雇用は既に崩壊している。それは正社員の絞込みと非正社員化が進んだ結果である。
総務省の「労働力調査」は賃金不払い労働を含めた全労働時間は、1993年に2500時間で2010年には2300時間であった。パート労働者数は1990年から15%も増加した(特に女性パート労働者の増加率は20%以上)。男性正社員に限ると年間で2700時間の労働時間であり少しも改善されていないのだ。週平均労働時間は56時間に及ぶ。年次有給休暇の取得は2004年には46%に下がっている。欧米では90%を超えているので隔世の感がある。若者の過労死の労災申請が増加している。脳・心臓疾患と精神障害による過労死の統計は乏しいが、労災申請で見ると2010年には1983件もあった。過労死ラインは月平均80時間の時間外労働といわれているが、労災認定と会社を相手取った遺族の提訴判決は最近「殺人的給与体系」をとる会社(外食産業が多い)に対して厳しくなった。労働基準法がありながらなぜこのような殺人的労働が放置されているのだろうか。それは基準法第36条によって、例外規定があるからで「労働組合と36協定を結び、労働j基準監督署に届ければ時間外労働の制限は免れる」となっているからだ。ブレーキ役の労働組合と基準局が機能を果たしていないためである。厳しい労働環境を取り上げずに個人の意識にすり替えている。これがいわゆる小泉内閣以来の「自己責任論」であり、「必死に努力しない人間は負け組」という切り捨て論に繋がる。さらに酷い扱い方は「心理カウンセラーに相談」というような若者を病人扱いすることである。うまく行かなければうつ状態になるのは人間らしい当たり前のことである。精神安定剤を飲んで世の中がよくなるわけはない。ただ働き方をめぐる神話は棄てる必要がある。①大企業は安定していて労働条件はいい、②公務員は民間より安定している、③女性は子育てをおこなうべきといった迷信は棄てなければならない。 ILOが唱える"decent work"とはまともな人間らしい生き方のできる労働である。それは労働基準法第1条にいう「労働者が人たるに価する生活を営むための必要を充たす」働き方である。「働きすぎの時代」はグローバル化、情報化、消費社会化、雇用の非正規化という要因がもたらした。ではどうしたら働きすぎを防止できるのだろうか。旗rき方が改善されないのは、政治と政府がこの課題に取り組んでこなかっただけでなく、一連の規制緩和策によってブレーキを加えるのではなく財界の要請に従ってアクセルを踏む役割を担ったからである。「変形労働時間制」「事業所外みなし労働時間」、「裁量労働制」、「名ばかり管理職、「ホワイトカラーエグゼンブション」などの言葉に代表される、表面上はもっともらしいきれいなごまかし言葉で「残業ただ働き」を合法化してきたからである。過労死の犠牲者は年間1万人を超えるという人もいる。有効な対策を打つどころか企業のただ働きを基準局が是認してきたからである。36協定という抜け道を用意し、過労死ライン週80時間労働が常態化した。「まともな働き方」とは次の4条件である事を最後に確認しておこう。① まともな労働時間 ② まともな賃金 ③ まともな雇用 ④ まともな社会保障 である。

(つづく)
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