ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 杉田 敦著 「権力論」 (岩波現代文庫 2015年11月)

2017年02月12日 | 書評
ミシェル・フーコ

ミッシェル・フーコーの政治理論と権力論の系譜 第8回

Ⅱ部  権力の系譜学
1) 政治における「近代」と「脱近代」
   (1) 近代とは


近代とはどの様な生き方であったのだロウという問いで本章は始まる。規律権力の権化である、軍隊と工場と監獄はよく似ている。フーコ―は「監獄の誕生―監視と処罰」(1975年)において、近代における監獄制度の誕生を解説する。そもそも18世紀までの西洋には監獄は存在せず、刑罰は公開処刑が一般的であった。人民主権を謳うフランス革命では国王でさえ断頭台の露に消えた。18世紀末の出現した監獄制度はまたたくまに西欧に広がった。これは近代の人間主義の成果であろうか。フーコ―はそうとは見ない。改革の主眼は経済性に在った。凶悪犯罪者を矯正して再度労働力として使うことであった。こういったエコノミーの導入が、つまり権力のあり方の変容を意味すると考えた。フーコ―が注目したのは、19世紀ベンサムが考案したと言われる監獄の監視塔(パノプティコン」)である。中央の監視塔の周り、あるいは放射線状に牢獄をの建物を配置することである。これによって囚人からは見えない監視人の目にいつも曝されていると感じさせることである。実際監視人がいるかどうかは問題ではなく、現在でいえば監視カメラで24時間監視されているのも同じ効果である。殺す権力から生かして使う権力に変化したとフーコーは見たわけである。日本でも明治以来、富国強兵策に役立つ「リテラシー教育」を重視した。軍隊でも歩き方から教育した。こうして近代に数多く作られた施設、学校、監獄、工場、兵営等は共通の原理で貫かれている。空間・時間・身体の徹底した管理が行われた。産業革命では流れ作業(アダムスミスが言う分業化あるいは科学的管理法)が開始され、生産能率は向上した。このような人間行動の規格化が進行すると、ナチや社会主義にみられる画一化された一斉行動に快感さえ生まれるのである。分業化がもたらす大量生産は当然大量消費によって支えている。アルバート・O・ハーシュマンのよると、19世紀の大量消費生活に対して、知識人層の反発・侮蔑があったという。安価な製品を偽物と呼んだという。生産現場において労働者に加えられた権力が、消費者にも同様に作用した。大量生産の規格品がブランドに転化したのである。トヨタの車、マクドナルドのハンバーガーでなければならなくなった。スーパーマーケットとコンビニという制度が、商品の生産者と販売者の行動を管理するのみならず、消費者の行動をも管理している。近代は時間空間そして人間の身体を徹底して規格化ないし標準化する衝動と共に我々は生活している。

(つづく)
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