千田孝之のブログ「ごまめの歯軋り」

読書子のための、政治・経済・社会・文化・科学・生命の議論の場

文芸散歩 蜂屋邦夫訳注 「老 子」 岩波文庫

2012年02月16日 | 書評
中国戦国時代の「無為自然」を説く思想書  第11回

第16章 「致虚極 守静篤 万物竝作 吾以観復・・・」
心を空虚にし静かな気持ちを持って眺めると、万物が道に復帰する様が見られる。万物が活動させている根元の道に帰ることを「命」、命に帰ることを「恒常なあり方」といい、恒常なあり方を知る事を「明知」という。恒常なあり方を知れば一切を包容し、公平となる。君主が明知であれば天と道に一体化できて永遠である。

第17章 「太上下知有之 其次親而誉之 其次畏之・・・」
最高の支配者は人民をして其の存在を知るのみである。誉められたり畏れられたり馬鹿にされる支配者は下の支配者である。支配者に誠実さがなければ人民は信用しない。(権力は空虚であれ 批判の対象となるな)(君主論)

第18章 「大道廃 有仁義 知恵出 有大偽・・・」
道が廃れて仁義が説かれ、知恵が働いて虚偽が生まれた。家族が不和になって孝行が説かれ、国家が乱れて忠臣が現れた。(逆理)
(つづく)
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