ブログ 「ごまめの歯軋り」

読書子のための、政治・経済・社会・文化・科学・生命の議論の場

文芸散歩 村松 剛 著 「帝王後醍醐」 中公文庫

2012年06月11日 | 書評
建武の中興から南朝滅亡まで 後醍醐帝の光と影 第6回

序(6)
 村松剛氏のプロフィールを見ておこう。フランス文学者で評論家の村松剛氏(1929-1994年)は東京生まれ。父方は江戸時代から続く医家で、父は精神医学者の村松常雄である。第一高等学校理科を経て、1954年に東京大学文学部仏文学科を卒業。同大学院でヴァレリーを研究する傍ら、「世代」「現代評論」同人として活躍した。1962年、アルジェリア独立戦争に従軍するという経歴をもつ。1969年、学園紛争に対する大学側の対応を巡って立教大学と争い、同大学教授を懲戒免職になる。1971年京都産業大学教授となり、1975年筑波大学教授となる。1975年、「死の日本文学史」で第4回平林たい子賞を受賞し、1982年木戸孝允の伝記小説「醒めた炎」で第35回菊池寛賞を受賞した。一方、三島由紀夫氏とは親の代から親交があり、本人も天皇制支持論者であった。1990年今上天皇即位の日に過激派からつくばの自宅を爆破された。著書は多いので最近のものから、「アンドレ・マルロオとその時代」(角川選書、 1985年)、「血と砂と祈り 」(日本工業新聞社、1983年)、「評伝 ポール・ヴァレリー」 (筑摩書房 、1968年)、「ジャンヌ・ダルク」(中公新書 、1967年)などがある。晩年はPHP研究所から出版し、日本を憂う発言が多かった。本書を読んで気がつくのだが、村松剛氏は何度も歴史には禁句の「たられば」を繰り返すのである。「もし・・・・だったら、歴史は多少変わったかもしれない」という感慨は、誰のためのため息かといえば、後醍醐帝の身を憂うからである。よほど村松剛氏は帝への思い入れが激しいようで、多少滑稽である。私としては後醍醐帝という天皇のわが世など知ったことではない。歴代天皇のように意思薄弱ではなかったにせよ、ろくでもない人たちに囲まれ夢よもう一度の(時代錯誤の)人生を誤っただけのことではないかという今様の見解もできるからである。
(つづく)
『本』 ジャンルのランキング
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 読書ノート 斉藤貴男著 「... | トップ | 環境書評 井田徹治・末松竹... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む