ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 山岡耕春著 「南海トラフ地震」 (岩波新書2016年1月)

2017年03月15日 | 書評
M8-9規模の南海トラフを震源域とする巨大地震をどう予測し、何が起きるか、どう備えるかを考える 第1回

序(その1)

2011年3月11日午後2時46分40秒、広い範囲の震源による地震が起きた。マグニチュード9.0という巨大な規模であった。宮城県の最大震度は7、茨城県では震度6弱となった。自宅2階で本を読んでいた私は経験したことない強い揺れに恐怖を感じた。本棚にあった本やCDは飛び出して散乱し、出窓に置いてあった植物(蘭)の鉢はすっ飛んで床は泥だらけになり、棚に乗せてたオーディオのアンプは床に落ち大きな打痕を残していた。フロワースピーカーは大きく揺れていたので、慌てて手で押さえにかかった。すぐに揺れはおさまるだろうと思ってみたが、何時まで経っても揺れは続いた。その時間が非常に長く感じた(後の情報では5分持続したそうだ)。揺れが静まってからは、各部屋の点検を行った。地震が発生した時間帯が昼下がりだったので、ガスやストーブは使っていなかった。1階の座敷の仏壇は倒れて、観音扉は分解し用具が散乱していた。不思議に茶箪笥のガラスや陶器の器などは散乱していなかった。要するに軽いものは吹っ飛んだが、重いものは飛ばなかった。本棚、箪笥類、机、テーブルは動かなかった。直下型地震でなかったから飛び上がらなかったからである。屋根の上から瓦が落ちていたが、フェンスのブロックは崩れていなかった。数日後家の外壁のひびが数か所発生しており、家の内壁のクロス張の紙のはがれは数限りなく発見された。屋根の修理を知り合いの業者に頼んで緊急の青いシートを張ってもらい、数ケ月先の工事を予約した。1年後家のモルタル塗装と家内部の壁クロス張替を専門業者にお願いした。かかった家の修繕費用はあわせて200万円を超えた。これは税控除の対象となるので確定申告を行い、所得課税はゼロとなった。家族にけがはなった。ただ常磐線の動いている範囲の上限であった取手駅まで息子を車で迎えに行く時、信号は停電で点灯されなかったので、交差点で必ず止まって安全確認をするため所要時間は2倍かかった。停電はその日のうちに復旧したが、断水は数日かかったので、学校の校庭で給水を受けるため長蛇の列を並んだ。トイレに流す水は、風呂の水が流さずにあったのでそれで用を足した。スーパーは休業していたが、飲料水は大量に蓄えていたし、食材は冷蔵庫にあったので不自由はなかった。調理用のガスはプロパンボンベ式なので困らなかった。電気はその日のうちに、水道は1週間以内に復旧したが、不幸中の幸いであった。車は日常的に使っていなかったが、ガソリン補給ができたのは数日後のことであった。パソコンなどの通信機器は無事で、その日から使えたが、電話や携帯は使えたがパンク状態でどこにも連絡はつかなかった。以上が3.11東日本大震災による我が家の被災状況です。なお家は築24年(1991年建築)の住友林業の和風建築で1981年耐震基準を満たしていましたので、後日住友林業の人が点検に来てくれましたが大丈夫だそうでした。山岡耕春氏のプロフィールを紹介する。山岡 耕春氏は、日本の地震学・火山学者で名古屋大学大学院環境学研究科教授。専門は固体地球惑星物理学(要するに地球物理学)で地震や地震予知の専門家として著名である。1958年静岡県生まれ。岐阜県立大垣東高等学校、名古屋大学理学部を経て、1986年に名古屋大学大学院理学研究科博士課程(地球科学専攻)修了。「球殻テクトニクス : リソスフェアの沈み込みにおける座屈現象について」で博士学位を取得した。 その後、東京大学地震研究所助手(伊豆大島火山観測所)などを経て、現在、名古屋大学大学院環境学研究科教授(地震火山・防災研究センター)。また、地震予知連絡会、火山噴火予知連絡会の委員などを務めている。

(つづく)
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