ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 吉田千亜著 「ルポ 母子避難ー消されゆく原発事故被害者」 (岩波新書2016年2月)

2017年05月17日 | 書評
子供を守るため自主避難した原発事故被害者への、住宅供給政策と生活支援策の切り捨て 第3回

序(その3)

 つぎに東電福島第1原発事故の被災者の生活の復興政策について、日野行介著 「福島原発事故被災者支援政策の欺瞞」(岩波新書 2014年9月)によって見てゆこう。2012年6月21日に成立した民主党政権時代の議員立法「子ども・被災者生活支援法」がある。支援法の特徴は「年間20ミリシーベルト」を下回るが、「一定の基準以上の放射線量」が計測される地域を『支援対象地域」と名付け、避難・残留・帰還のいずれを選択しても等しく支援するとした点である。しかし内容や基準はすべて政府(官僚)にお任せという法案であった。無視することを含めて、骨抜き、趣旨変更も自由自在というあまりにお粗末な議員立法だったという矛盾が内在していた。そして政権交代で2012年12月自民党が政権に復帰すると原発事故対策自体が大きく変更され、原発再稼働に立った原子力行政が主流となった。 その仕組みは、一定の基準以上の被ばくが見込まれる地域を支援対象地域とし、住民が避難・滞在・帰還のいずれを選んでも等しく支援することである。この法は理念だけの法で、一定の基準となる被曝線量や、支援対象地域はどこか、何を支援するかという中身を決める「基本方針」の策定は復興庁に任された。ところが制定から1年もたつのに、基本方針は示されなかった。被災者の支援法に対する疑念が燃え広がった。復興庁が発表した基本方針案では、一定の基準は示さず、避難指示区域周辺の33市町村に限定し、盛り込まれた119施策(ほとんどは他の法で実施中)のうち、自主避難者向け支援は4つに過ぎなかった。復興庁は2012年8月より避難者に足して意向調査を行ってきた。選択肢から選ぶ調査法にはおのずと誘導がつきものである。世論調査と同じ思惑が仕組まれている。その時点では戻りたいとも戻らないとも判断がつかないが30-40%を占めていた。戻りたいという意見が上位を占める自治体はなかった。帰還に必要な情報としては、放射線量の低下、社会インフラ復旧のメドが一位で、帰還しない人の理由の第1は放射線量に対する不安が一位であった。もともと何ミリシーベルト以下という基準については設問を避けていた。原子力規制委員会の田中俊一委員長は、2013年8月28日「帰還に向けた安全・安心対策に関する検討チーム」の設置を決めた。3月の原子力災害対策本部会議の要請を受けた形である。しかし規制委員会の委員からは「これは規制委員会の役割から踏み出した内容である。規制機関が安全安心の広報活動を行うのはいかがなものか」という批判が出た。検討チームはたった2ヶ月で恥ずかしくも最終提言をまとめた。そしてその提言とは、20ミリシーベルト以下になった地域の避難解除を妥当と結論付けた。個人線量計を重視することなど最初からの政府の方針通りに決められていった。このような提言に手を貸した田中規制委員長の政治的立場は明確となった。これでは政府の宣伝マンであり、原発再稼働認可のはんこを次々押してゆくことだろう。早稲田大学辻内准教授の「深刻さ続く原発被災者の精神的苦痛」と題する調査研究がある。東京都と埼玉県への避難者と福島県内の仮設住宅に住む避難者に対する2012年と2013年のアンケートを2回実施した。2012年度は490回答/1658世帯、2013年度は499回答/4268世帯であった。この調査で避難者は心的ストレス障害PTSD症候が極めて高いことがわかったという。避難解除に当たって許容できる年間被ばく量を尋ねたところ65-70%の人は、追加線量ゼロか1ミリシーベルト以下を選んでいる。政府避難基準の20ミリシーベルト未満を選んだ人はわずか2-6%に過ぎなかった。専門家は住民に線量基準を聞くことは避けているが、知識を与えるという尊大な態度の裏返しに住民をモルモット視しているためで、住民は明確に新たな線量負荷を拒絶している。元に戻せと言いているのであって、どこまでなら辛抱するではないのである。2013年10月放射性医学総合研究所と原子力機構は、避難指示のあった6自治体の調査を7月ごろから行ってきたが、特に解除の近い田村氏と川内村に絞って測定―データを中間報告という形で復興庁支援チームに提出した。ところがこの報告書は公表されていない。なぜかというと、住民の関心が強すぎて結果が思わしくないのでとても出せなかったというのが実情であろう。一番情報を知りたかった人(田村市の帰還住民)には知らせなかったのは許せないという批判が相次いだ。「自らの誤りは決して認めず(官僚無誤謬性の原則)、批判する報道は許さない(知る権利・批判する権利の制限)」という戦前の官僚体質がそのまま維持されている。田村市に続いて、川内村は4月には役場機能を川内村に戻したが、2013年8月1日現在帰還者は1666人/全住民3000人にとどまっている。川内村内は避難指示解除準備区域と居住制限区域が混在する村である。川内村は帰還に向けた準備宿泊が何回か行われたが、だいたい対象者の1-2割の参加率であったという。2013年8月17日政府は川内村東部の避難指示を解除すると決定した。

(つづく)
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