ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 白井 聡著 「戦後の墓碑銘」 (金曜日 2015年10月)

2017年03月13日 | 書評
永続敗戦レジームのなかで対米従属路線と右傾化を強行する安倍政権の終末 第14回

3) 「戦後に挑んだ者たち」 (その2)

② 戦後の告発者としての江藤淳 「1946年憲法―その拘束」

江藤淳が残した仕事のうち文芸批評を除いて、戦後憲法批判と占領期検閲の研究が注目されているという。安倍首相は「戦後レジームからの脱却」を掲げているが、自民党はいよいよその悲願である憲法改正(自主憲法制定)に突き進もうとしている。提示された草案は、戦後憲法の柱である基本的人権の尊重や民主主義の原則を後退させる時代錯誤も甚だしい代物である。つまり「自主憲法」なるものは、あの占領による民主改革の成果を単純に否定するだけのもので、かっての日本帝国の亡霊を呼び戻し、対米従属のまま強権政治を行うという戦前支配者の末裔達の幻想に過ぎない。こういう精神分裂的傾向は権力中枢だけでなく、3.11原発事故によって突き付けられた「平和と繁栄」の時代の終わりへの支配者の不安の表現に過ぎない。安倍首相の取り巻き連中の目の余る右翼的言動は戦前の右翼的国体主義者の叫び声と同じレベルである。「戦後的なるもの」への不条理な憎悪が広範に広がっている。戦後民主主義が色あせたものにしか見えないとすれば、それは平和が米国の核の傘を前提とし、繁栄が米国の需要(軍需をふくめて)に頼った結果であったことをはしなくも認めたことである。3.11原発事故が象徴する支配者ムラの荒廃ぶりが露呈して、戦後の平和と繁栄に止めを刺した。江藤淳著 「1946年憲法―その拘束」(文春学芸ライブラリー 2015)は二つの論点がある。一つは戦後民主主義批判であり。二つは戦後憲法批判である。この本は1980年に書かれ、江藤氏の思考発展の流れが反映されている。戦後憲法批判は現在も受け継がれている「押しつけ憲法論」と同じものである。江藤の憲法批判は良くも悪くも、改憲/護憲論争を活性化したが、そのレベルは一歩も新味はなかった。1961年江藤氏は「戦後知識人の破産」という本で、8・15を悔恨の日、再出発の日と規定しているがこれは欺瞞でしかない。戦前の国家がたった一日で民主主義と平和の理想を掲げる日本に変身できるわけがない。政治的な敗北(敗戦)が直ちに民主主義という倫理に到達することは不可能であり欺瞞である。戦後知識人(丸山眞夫氏を想定しているようだが)の無力が1960年の安保闘争で破たんしたという論が江藤氏の描く戦後知識人論であった。戦後日本ではあらゆる政治的主張が所詮「ごっこ」でしかあり得ないのは、対米従属の構造であると江藤氏は断定する。戦後の思想空間が決して自律的なものでなかったことは、自分たちの歴史がその根幹において自立できないという厳しい現実がある。安保体制の下では日本の命運は自己決定できないのだと江藤氏は言う。公的な価値が起伏されるためには安保条約の発展的解消がなされなければならない。真の主体性回復を実現するためには、日米間の権力構造の変更という政治が必要だと説いている。安倍首相らの親米保守主義者と江藤氏が根本的に違うところは、自分の運命の主である立場を回復する時に、我々はまず「敗者である自己」を認識する点があるかどうかである。負けたということをごまかしてさらに従属を強めるという隠微な心では再生できない。この点が今日の対米隷従型改憲論者と根本的に違う点である。

(つづく)
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