ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート ポアンカレ著 吉田洋一訳 「科学と方法」 (岩波文庫1953)

2016年08月08日 | 書評
「科学と仮説」の姉妹版 自然科学の方法論と教育論 第2回

序(その2)

ジュール=アンリ・ポアンカレ(1854年4月29日 - 1912年7月17日)の概要をおさらいしておこう。彼はナンシー生まれのフランスの数学者。数学、数理物理学、天体力学などの重要な基本原理を確立し、功績を残した。位相幾何学の分野では、トポロジー概念の発見や、ポアンカレ予想など、重要な活躍をしている。また、フックス関数と非ユークリッド幾何学との結びつきについての数学的な発見をした際に、その過程の詳しい叙述を残して、その後の数学研究の心理学的側面の研究にも影響を与えた。その他、ヒルベルトの形式主義に対する批判をして、初期の数学的直観主義の立場を表明した。電子計算機がない時代にカオス的挙動について言及した点でも特筆され、後に「バタフライ効果」と呼ばれる予測不能性などが著書の中で触れられている。彼は広範な範囲で生産的な活動をしたが、その論文には多くの不正確な部分があると指摘されるが、何よりも直感を信じるポアンカレの立場は「数学者とは不正確な図を見ながら正確な推論のできる人間のことである」という彼の言葉が示す通りであった。1904年彼によって提出された有名な「ポアンカレ予想」について述べておこう。(3次元)ポアンカレ予想とは、数学(位相幾何学)における定理の一つで7つのミレニアム懸賞問題のうち唯一解決されている問題である。ポアンカレ予想とは、「単連結な3次元閉多様体は3次元球面(英語版) S^3 に同相である」という予想である。言い換えれば、3次元多様体が3次元球面にホモトピー同値ならば同相である、と言うこともできる。ポアンカレ予想は、ほぼ100年にわたり未解決だったが、2002年から2003年にかけてロシア人数学者グリゴリー・ペレルマンはこれを証明したとする複数の論文をプレプリントサーバに掲載した。これらの論文について2006年の夏頃まで複数の数学者チームによる検証が行われた結果、証明に誤りのないことが明らかになり、ペレルマンには、この業績によって2006年のフィールズ賞が贈られた(ただし本人は受賞を辞退した。考えが変わったか、自信が無くなったか、気分を害したか不明)。数学直感主義とは、数学の基礎を数学者の直観におく立場のことを指し、ヒルベルトに始まる現代数学の形式主義(抽象主義、構造主義)に対する、アンチテーゼであった。これに類する主張は、カントールの集合論に対抗する形で、クロネッカーやポアンカレによってもなされていたが、最も明確に表明したのは、オランダの位相幾何学者、ブラウワーである。ブラウワーの立場に対してポアンカレらの立場は前直観主義と言われることがある。ブラウワーは、数学的概念とは数学者の精神の産物であり、その存在はその構成によって示されるべきだという立場から、無限集合において、背理法によって、非存在の矛盾から存在を示す証明を認めなかった。それ故、無限集合において「排中律」、すなわち、ある命題は真であるか偽であるかのどちらかであるという推論法則を捨てるべきだと主張し、ヒルベルトとの間に有名な論争を引き起こした。 ヒルベルトの形式主義は、直接的にはブラウワーからの批判的主張に対し排中律を守り、数学の無矛盾性を示すためのものと考えることができる。ヒルベルトの形式主義はゲーデルの「不完全性定理」によって脅かされたが、ヒルベルトはこれに答えていない。ポアンカレの業績と言われる位相幾何学・トポロジーは「やわらかい幾何学」として知られる、比較的新しい幾何学の分野である。位相幾何学では、例えばドーナツ(円環体)と取っ手のついたコップは同一視される。つまり粘土で作ったものを考えるような幾何学である。これはドーナツを「連続」的に変形して取っ手のついたコップにすることができ、その逆もできるからである。ここで、「連続」という言葉を強調することには意味がある。連続性は、まさしく位相幾何学の存在理由となる概念であるからである。連続性を、より厳密に定義するために用いられるのが、近さを測る距離の概念を抽象化した位相[4]と呼ばれる概念である。位相(これもまたトポロジーと呼ばれる)とはなんであるかということについて、その基礎づけを与える学問は点集合トポロジー、一般位相あるいは位相空間論と呼ばれ、そこでは位相空間の内在的な性質が浮き彫りにされる。位相幾何学にはいくつかの大きな分科があり、代数的位相幾何学、微分位相幾何学、それから低次元位相幾何学に良く見られる幾何学的位相幾何学などを挙げることができる。ポワンカレは 1895 年に出版した「Analysis Situs」の中で、ホモトピーおよびホモロジーの概念を導入した。これらはいまや代数的位相幾何学の大きな柱であると考えられている。

(つづく)