ブログ 「ごまめの歯軋り」

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吉田武 著 「虚数の情緒ー中学生からの全方位独学法」 (東海大学出版部 2000年2月)

2016年05月22日 | 書評
全人的科学者よ出でよ! 好奇心に満ちた健全なる精神を持った人のために 第18回

第Ⅲ部 振り子の物理学 

第10章 力学 (その4)


質点の運動を記録する座標の見方について考えよう。一定の速度で運動する系(例えば動く船、車)のなかで、真上に打ち上げられ玉(質点)は船の中の人から見ると、上ってまた下に戻る運動にしか見えない。だが舟以外の静止す系(大地)かまみると、打ち上げられた玉は放物線を描いて船の元の位置に落ちる運動に見える。この系を記述すると、水平方向へは s=v0・t、垂直方向へは h=h0-(g/2)t^2で物体の運動はベクトルである。すると時間は共通なのでtを消すとh=h0-(g/2)(s^2/v0^2)すなわち距離sを横軸、高さhを縦軸にとれば、二次曲線(放物線)でるある。さらのボールそのもの座標では何の運動も起きていない。こうした動く座標を「動座標」と呼ぶ。動座標では X=s-v0t=0、h=h0-(g/2)t^2となり、X軸方向の運動はなく、高さ方向への運動のみとなる。こうした座標の変換で運動を消すことを「ガリレオ変換」と呼ぶ。この質点の運動を光の運動に変えたのがアインシュタインの「特殊相対性理論」である。「光はどこまでも直進し、その速さは宇宙で最大の速度で、一定の速度で運動している二つの系で全く同じである。」という仮定から始まった。光だけが絶対的であり、距離も時間も相対になるという転換である。舟や車から発せられた光が光速cで移動し、高さhのところで反射され、Lだけ動いた船(速度v)でキャッチするという想定である。質点の運動なら重力による放物運動であるが、光は直進するので3平方の定理から、光の動く距離は √(h^2+L^2)、船の上の人からみてそれにかかる時間はt=h/cであるが、光から見た所要時間はt'=√(h^2+L^2)/c となる。舟の運動系 L=vt' h=ctを代入して ct'=√((ct)~2+(vt')^2) よってt'=t/√(1-v^2/c^2) これを「ローレンツ変換」という。 つまりアインシュタイン光の絶対性を守るために、時間や空間の普遍性を捨てたということである。ニュートン力学と光の相克がアインシュタインの「相対性理論」をもたらした。特殊相対論は時間と空間が伸び縮みすることを明らかにした。この特殊相対性理論の発表から10年後にアインシュタインは、一般座標系まで含む理論である一般相対性理論を発表した。一般相対性理論は物質の質量も空間を歪め時間を伸び縮みさせるという重力の仕組みを明らかにした。アインシュタイン著 内山龍雄訳 「相対性理論」 (岩波文庫)によると、特殊相対性原理と光速不変の原理というものを導入することで運動座標系における電磁気現象を簡潔に静止座標系におけるマックスウェル方程式に帰着させる理論を提唱した。その理論が特殊相対性理論である。特殊相対性理論により絶対座標系(エーテルの存在)は否定され、その理論的帰結として磁場は電場の相対論効果(変身)であることが示唆された。磁場とは異なる座標系から測定した電場にすぎないという。本論文はニュートン力学の訂正に関する特殊相対性理論だと思ったら、なんと電磁気学から説き始めている。その理由としてローレンツが1904年にエーテル収縮仮説に基づいてローレンツ変換式を公表しているため、アインシュタインはこの電磁気理論の論争に相対性理論から切り込んだためである。話題は電磁気学であるが、アインシュタインは特殊相対性理論から見事に論争に終止符を打つことができることを誇示したかったのである。そういった歴史的いきさつからアインシュタインの1905年の論文は「動いている物体の電気力学」という題名となって、第Ⅰ部は「運動学の部」、第Ⅱ部は「電気力学の部」となっている。時間、空間に対する相対性理論の考え方は、量子力学と併せ20世紀の造り出した誇るべき知的財産である。難しい数学を駆使せず、初等数学(代数学)の知識だけで展開された科学論文としての最高傑作であるといわれる。アインシュタインはこの50頁(文庫本にして)程度の論文を、専門外の人を対象とした物理の啓蒙書として書いたのではなく、平易な表現の科学論文である点が画期的である。あまりに表現が平易すぎて、物理の専門家たちはあっけにとられたであろう。訳者内山龍雄氏は「この論文の第1部は、実に見事で、芸術品と称えてもよいほどに、美しいものである。まさに物理学の最高傑作と言えよう」と解説の冒頭に述べている。

(つづく)