ブログ 「ごまめの歯軋り」

読書子のための、政治・経済・社会・文化・科学・生命の議論の場

カストロ後のキューバの模索

2006年12月03日 | 時事問題
asahi.com 2006年12月03日01時00分
カストロ議長、記念軍事行事に姿見せず キューバ
 キューバの首都ハバナで2日朝(日本時間同夜)、革命の端緒となった小型船グランマ号の上陸50周年を祝う軍事パレードがあったが、7月末に腸の緊急手術を受けて療養中のフィデル・カストロ国家評議会議長(80)は最後まで登場しなかった。回復が思わしくないことが明白となり、「復帰は難しいのでは」との見方が強まっている。すでに進んでいるポスト・カストロ体制への移行が本格化するものと見られる。
 議長から権力を一時的に委譲された実弟のラウル・カストロ第1副議長(75)は 「フィデルと私の名の下にあいさつします」。朝日が照りつける革命広場に野太い声が響いた。「我々の独立を守りつつ平等な立場で、米国との対立を話し合いで解決する用意がある」
 この日は50年前、亡命先のメキシコから革命家チェ・ゲバラらと計82人で船に乗り、キューバに潜入した記念日にあたる。

カストロ後、キューバは政治的には反米路線を堅持するのか、経済的には米国経済圏に入るのか?
  あの懐かしいカストロとチェ・ゲバラの名はもう遠い昔に埋没しそうである。数十万の群集を前に数時間の演説をぶったカストロのカリスマ性と情熱は夢のまた夢に消えてゆく。この巨人が去ったらキューバはどうなるのか。産業といってもサトウキビをソ連に買い上げてもらっていた時代はとうに過ぎ去った。ソ連の援助のみで存在していた小国は果たして自立できるのか。野球やスポーツでは世界一だが、政治的には中南米の反米路線を維持するのか、米国経済圏に入って観光立国や投資を誘致するのか。今その岐路に立たされている。間違っても北朝鮮のような鎖国はせず、世界の空気の中で国の進路を決めてゆきたい。

環境書評  定方正毅著 「中国で環境問題にとりくむ」 岩波新書(2000年)

2006年12月03日 | 書評
東京大学工学部 定方正毅教授のプロフィール
 教授は化学工学、環境工学を専攻された。14年前に日本化学工学会の「石炭利用工学」訪中代表団員として北京にゆかれたことが、中国の環境問題に首を突っ込む機会となった。現在の中国で最も深刻な環境問題は酸性雨問題と砂漠化の問題である。中国の環境破壊はもはや一刻の猶予もゆるされない深刻な状況にある。このまま放置すれば中国は21世紀中に環境汚染で国が滅びるであろう。我が日本が明治維新前に列強の植民地にならずに独立を保てたのは、実は二千年に及ぶ中国文明の洗礼をうけた文明国の状態にあったからで、座して隣国中国の破壊を見るに忍びない。いまこそ環境技術をもって中国に恩をお返しする時だと言うのが教授の使命感である。以来発電所、燃焼炉の脱硫設備建設を中国の身になって計画し、脱硫設備の副産物である石膏を土壌アルカリ化防止に用いた土壌改良事業まで取り組んでこられた。教授のやり方は開発途上国環境技術援助の1つの解法を示すが、近年炭酸ガス排出防止枠組み条約の取引権にも通じることであり、かって日本政府主導で行なった大規模脱硫設備の失敗(設備コストが高すぎる、電力消費量が大きすぎる、水使用量が多すぎるの3つの困難で殆ど使用されていない)にこりず、利己的打算のみで中国に対処することは禍根を歴史に残すことになり兼ねない。現在の中国では日系企業は潮が引くように撤退し、替わって欧米企業の進出が著しいことを考えると、教授のやり方も欧米の戦略も考慮すべき点が多いと考える。

1) 中国の酸性雨の発生要因
 主な中国の酸性雨の発生要因としては次の4点があげられる。
① エネルギー源として石炭が主であること(72%)。
② 汚染物質である窒素酸化物NO xや硫黄酸化物SOxの固定発生源(発電所、燃焼炉など)からの除去がほとんどなされていない(50ある火力発電所の殆どに脱硫設備は付帯されていない)。
③ エネルギーの利用効率が非常に低い。
④ 高煙突化が進んでいない。
  例えば製鉄所での環境対策順位はコークス炉などの省エネルギー対策、脱塵対策、脱硫対策の順となっている。この順序は対策途上として致し方ないが、大気汚染なかんずく酸性雨対策は皆無であった。また設備費と運転費を考えると公害防止設対策を実施するよりは、規制違反課徴税を払ったほうがかなり安くつくことは笑い話といっていられない現実である。(違反に対して操業停止命令がないことが法的不備)<

2) 中国の砂漠化の現実と要因
 中国の森林面積は国土の13.9%にすぎず、砂漠化面積は国土の27.3%を占めている。さらに黄河渇水が日常化しているように山河の保水能力は低下している。中国の砂漠化の要因には①過耕作②過放牧③過度の薪炭採集④水資源の無計画利用⑤風力による砂丘の移動であり、人的要因が87%を占める。つまり人口増と貧困化がきっかけとなって都市、農村、森林間のバランスが崩壊したことが中国環境破壊の最大原因であり、かって古代4大文明が滅びるにいたった同じ経緯をたどっていると言わざるを得ない。

3) 開発途上国の環境対策(中国での経験)
 定方教授は脱硫設備を中国で普及させるための条件を次の3つに要約された。
① 設備コスト1/4化:中国の設計、材料、労働力と平均脱硫率を95%から70%へ低下させることで可能
② 乾式法と有用な副産物利用:水不足に喘ぐ中国では日本の湿式石灰-石膏法は採用できない。
③ 中国側の積極的な参加:中国自ずから2号機を設計製作できる力を養成すること。
日本の発電・製鉄技術移転によれば中国の炭酸ガス低減予測量は3.8億c-トンと見こまれ、我が国の炭酸ガス総発生量の34%に相当する。日本の国際公約である6%削減は極めて容易である。中国の環境問題の解決なくして我が国の立国も難しい

小林秀雄全集第7巻「作家の顔」より「純粋小説について」

2006年12月03日 | 書評
純粋小説について

横光利一「純粋小説論」をきっかけにしているが、西欧の自然主義文学とアンドレ・ジイドの告白小説、ロシアのドストエフスキーのリアリズム小説について考察したものである。日本の純粋小説はこのアンドレ・ジイドを一歩も出ていない輸入品であるからだ。「欧州大戦後にフランスの文学界はひどい混乱に陥った。その中で文藝の純粋化という運動が起こった。小説でなければ現せないことを小説の純粋化という。小説が最も得意とする分野はあらゆる芸術形式のエレメントを持った複合性、内包性のある表現力を持っているので、当然実人生の活写に一番向いているというよう。」アンドレ・ジイドは自然主義文学の人生の切り口に疑問を抱いて、人間の性格や心理を大切にして人間苧行為を離れて心理の世界を描くいわゆる内的独白小説という分野を開拓した。一方ロシアのドストエフスキーは革命的といえる小説の改革が断行した。「罪と罰」の主人公ラスコオリニコフに空想と行為の分裂という近代人の苦痛を洞察した。極度に複雑な心理と極度に単純な行為との劇的な対立を創造した。



書評  酒井邦嘉著 「言語の脳科学」 中公新書(2002年7月初版)

2006年12月03日 | 書評
方法論と必要なテクニカルタームは全て揃った。しかし科学的な解明はできていない。

著者の簡単な略歴を紹介する。学部で物理を専攻し、大学院では生物学(神経発生)と生理学の研究をおこなった。ボストンのMITでチョムスキーに師事して核磁気共鳴映像法を使って言語学を研究したそうである。著者はチョムスキーを言語学におけるガリレオ並の知の巨人だと崇拝されている。茂木健一郎氏のように理学系と文学系を渡り歩いた知的放浪者のようだ。このような人が境界領域の研究に必要な人材なのかもしれない。

「言語は,人間にのみ備わった能力である」ということは多くの識者が指摘するところである。本書で著者は「言語が科学の対象であることを明らかにしたい。言語に規則があるのは、人間が規則的に言語を作ったためではなく,言語が自然法則に従っているためであると考える。チョムスキは50年以上も前から人間い特有な言語能力は、脳の生得的な性質に由来すると主張している。言語能力は一般化された学習のメカニズムでは説明できないようなユニークな特徴を持っており、その秘密は人間の脳にある。」と主張している。言わんとするところは幼児が言語を獲得するのは母親からの学習だけでは説明つかない。なぜなら母親は文法などは教えていないにもかかわらず、幼児は立派に文脈を理解して話を構成する。つまり文法はヒトの脳のメカニズムから生まれるもので、教わるものではない。それを科学的に解明することが言語科学の今後の使命である。

それには言語学的なシステムの理解と、脳科学的に脳の連合野の働きのを解析することである。幸い20年前より脳機能イメージング装置(陽電子断層撮影法PET、機能的磁気共鳴映像法fMRI、光トポグラフィーOT)が相次いで開発され、反応と脳位置の関係が詳細に見ることが出来るようになった。そして猫も杓子も巨額な装置を欲しがり、子供におもちゃを与えた時のようにやたら写真を撮りまくっているのが現状である。テクノロジーの発達のおかげで分析化学は理化学装置メーカーの前に消滅したように、私は脳科学も理化学装置メーカーの前に消滅するのではないかと余計な心配をする。なぜなら言語学的成果があまりにも貧弱で、学者の立てる仮説に天才的ひらめきがない。著者が金科玉条的に崇拝するチョムスキー理論を科学的に実証するには、言語学的現状があまりにもお粗末だということが私が本書を読んでの概括的な印象である。最初から批判めいたことを書いて恐縮であるが、結論を先に書かないと少し読んだだけでは仮説の解明段階と難解性が理解できないかと怖れるからである。しかしながら本書には多くの方法論の概括とテクニカルタームだけは豊富に紹介されているから、これであなたも脳科学者になれる。冗談はここまで。本書の詳細は本を買って読んでください。網羅的研究現状の紹介なんぞ面白くもないので紹介文を紹介する気になれない。